俺に背を向ける彼女。その向こうには、風の音に乗せて花弁を散らす桜の木。辺りは桜色に染まり、振り向いた彼女の柔らかな微笑みに俺は、心と目を奪われたんや。

ひさかたの 光のどけき 春の日に
しづ心なく 花の散るらむ


「謙也ー、この段ボールここでええん?」
「おん。あ、そこに頼むわ!」
18歳、春光うららかな季節。寒波の影響か、淡紅色のソメイヨシノは早くも満開を迎え、この青空によく映えている。そんな日曜日の、午前11時とちょっと。今日は高校を卒業し上京を決めた俺の、記念すべき東京ライフ第1日目。初日となればまだまだ満喫するには至らずっちゅーやつで、いまは同じく上京組の白石&財前に、引っ越し業者の兄ちゃんたちが下ろしてくれた荷物の運搬を手伝ってもろてる最中や。せやけど、これから新生活が始まるんや思たらえらい体がムズムズするっちゅーか、ワクワクしっぱなしやねん。どない出会いがあるんかなあ。とか、ほんま小学生ばりのテンション。ドキドキ、ワクワク、ソワソワ。
それにしても、消しゴムのコレクションとかやっぱり置いてくるべきやったかな……。中身聞かれたら白石のやつ絶対「無駄だらけやん」とか云いそう。

築?年のワンルーム。部屋数は一階に二部屋、二階に三部屋。俺の部屋は二階のド真ん中、202号室。特別広くもなければ狭くもあらへんし、ボロくもなければシャレオツでもあらへん。家賃は…まあ、ぼちぼち。可もなく不可もなく、そないごく普通のアパートやけど。学生っちゅー身分を考えたら、こんくらいがちょうどええんやろ。いつまでも親の脛かじっとるわけにもいかへんし、はよアルバイト探さな。ちゅーてもやりたいのはもう決まってんねん。カフェのウェイターさんや!かっこええやんな。それにモテそうやし。いや別にモテたいからちゃうねんけども!

小さな段ボールを二つ抱え、足元に注意を払いながら階段を上る。そうして上りきったところで、ガチャリ、一番奥の203号室のドアが開いた。あ、だれか出てくる。そういや俺、まだこのアパートの住人さん一人も見てへんな。男、女、どっちやろか。足を止め、中から人が出てきよるのを凝視しとると。

ふわり、優しい黒髪を靡かせ現れた女の子。白いブラウスにフレンチローズのロングスカート。一度こっちに背を向けた彼女はゆっくりと振り返り、その表情と背景にある桜の木々の美しさに、俺は思わず息を呑んだ。抱えとった段ボールはボトンと落下し、我に返った俺は頭に巻いとったタオルを慌てて取る。

あ、挨拶!挨拶せな!

「と、隣に越してきたおしたり……」
謙也です、と続けようとした唇は、彼女の部屋から出てきた男の姿を捉えたところで閉じてもうた。眼鏡にひげ面の…彼氏?俺は後ろでブククと笑っとる白石にタオルを投げつけ、それから彼女の方に軽く頭を下げて部屋に引っ込んだ。
「むっちゃ可愛え……なああれ彼氏なんかな…」
「知らんわ。それより荷物全部運んだみたいやで」
「ほんまか。したら挨拶してくるさかいちょお待っとって」
「そのあとちょい早いっすけど飯行きましょうよ。近くにサイゼありましたよね」
「せやな。ドリンクバーで二時間語ろか」
「女子か」

・・・・・・
「は〜……」
「どないしたんですか謙也さん。顔バグってますよ」
「顔バグってるってどないやねん……」

昼時でガヤガヤ騒がしいファミレスにて。男三人昼飯をがっつり平らげ、俺はメロンソーダ、財前はカルピス、白石はなんやよう分からんお茶で一息ついとるとこ。ほんまどこまでも健康志向やなこいつ……。感心するわ。
「いまの謙也はお隣さんのことで頭いっぱいなんやろ」
はあああ。二度目の溜め息をつくと、鋭い白石はニヤニヤ笑いながら核心を突いてきた。いやまったくその通りです。俺はストローなんて使わずに豪快にメロンソーダを飲み干し、再びうなだれる。お隣さん、お隣さん。表札を見たら、丸っこい字でミョウジと書いとって。下の名前はなんやろ。あいつはやっぱ彼氏なんかな。ミョウジさんも県外から来たんやろか。気になることはぎょうさんあるのに、どないな風に話し掛けたらええんか分からへん。なんとかして仲良うなりたいねんけどな……彼氏おるからってきっぱり云われたら辛すぎる。男友達やったらええのに。

「アパートの人に挨拶はするんやろ?なんか用意した云うとったやん。せやからそんときに色々話してアドレス聞いたらええんちゃう?もし向こうも上京してきたんなら“ここら辺のことよう分からんから一緒に飯行ったりせえへん?”みたいな感じで」

おお……!せや、挨拶回りがあるんやった。その言葉で俺は自分に与えられたまたとないチャンスを思い出し、白石の手を強く握った。

「おおきに白石!自分がともだちで良かったわ……うっうっ」
「そんな泣くことちゃうやろ。まあ頑張り」
「先輩ら周りの目が痛いんでやめてもらえます」
白石大先生の指南を受け、ファミレスを出た俺は二人を駅まで送ると、脳内でシミュレーションを開始した。インターフォンを鳴らして、可愛え可愛え彼女が出てくる。そんで改めて自己紹介をして、何気ない感じで出身はどこかを聞くんや。へー○○県なんや!ちゅーことは大学とかでこっち来たん?俺もそうやねん、ほんま今日こっち来たばっかで〜的なノリで。あ、せやけどまだあの男おったらどないしよ。ピンポン鳴らしてあいつが出てきよったらなんて云うたらええんやろ。ちゅーかハンドタオルなんてしょーもないやつやのうて、もっと女の子が喜びそうなもん用意しとけばよかった。俺のドアホ!あ、待てよ……今から買いに行くっちゅー手があるやん。そういやさっきケーキ屋あったったな。マカロンとか女の子好きちゃうん?いやでも甘いもの苦手やったら逆に迷惑かもしれんし……ああああ……。

結局何も買わずに部屋まで戻ってきてもうた。何渡せばええんかもアドバイスしてもろた方がよかったなんて後悔しつつ、こうなったら己のガッツでどうにか道を切り開くんや!ガッツ!男気!気張りや俺!自分にエールを送り、段ボールの中からハンドタオルの入った包みをひとつだけ取り出した。ドキドキしすぎて心臓が痛い。深呼吸しとこ。吸って、吐いて。よし、いったるで!

スニーカーの靴ひもを結び直し、ドアを開ける。シミュレーション、シミュレーション……。203号室の前まで来るともう一度深呼吸をして、そろそろと人差し指をインターフォンに乗せた。ピンポーン、来客を告げるチャイムの後に“はーい”と彼女の声が聞こえた気がして、緊張はマックス。

ガチャリ、ドアが開く。

「はい……あ、隣の、」
出てきたんは彼女やった。さっきの男はまだ中にいてるんやろか。廊下の先のドアは行儀良く閉められとって確かめられへん。この際(?)やから、おらんものとしとこう。
「さ、さっきはすんません。隣に越してきた忍足謙也いいます!」
「あ、ミョウジナマエです。よろしくお願いします」

ん?声は思っとったよりもずっとハスキーで低かった。歳知らんけど、その若さで酒焼けしとるん?っちゅーくらい。想像やともっとこう、トーンが高くて女の子らしい甘い感じやったんやけど。まあ、それはそれでギャップ萌えってやつやからええ。小さく会釈をするミョウジさんに、あの、これ……とハンドタオルを差し出す。
「タオルとかほんましょーもないもんやけど、良かったら使てください」
「え、ありがとうございます。……あ、そうだ」

こんな生活用品ひとつにもミョウジさんは嬉しそうに受け取ってくれ、ほっこりした気持ちになる。なんや照れ臭くて、むず痒くて、落ち着かない。すると彼女はちょっと待っててくださいね、そう云い残すと一旦室内へ消え、すぐにまた戻ってきた。俺があげたのと同じような、赤いチェックの小さな包みを手にして。

「これ、あとで渡しに行こうと思ってたんです。わたしも、しょうもないものですけど……」
白い両の手が俺の方へ伸び、困ったように笑うミョウジさん。中身がなんであれ、彼女の好意を断るわけがあらへん。心の中でうおおおと雄叫びを上げるも、表向きは平静を装って包みを受け取った。どないしよ、もったいなくて一生使われへんわ。あ、せや!出身聞かな!

「えっと、ミョウジさんはこっちの人なん?」
「いえ…わたしは北海道出身です」

道産子!道産子美人!

「忍足さんは?」
「俺は大阪やで!ほ、ほな大学かなんかでこっちに来たん?」
「はい。こっちのブライダル系の専門学校に入りたくて」

よし、ここまではシミュレーション通りや。あとは、一緒に飯行ったりしません?って誘って、その流れでアドレス聞いて……。

「せ、せやったら、俺もここら辺よう分からんさかい、一緒に飯行ったりせえへん?あ、もし彼氏とかおるんならええんやけど!」

云った。云ったで俺!一瞬驚いたような顔をしたミョウジさんは俺の発言を理解した上でかすぐに破顔し、グロスでツヤツヤしとるベビーピンクの上唇と下唇を離した。その反応はつまり……

「はい、よろしくお願いします」

よっしゃああああ!俺の時代がきたでえええええ!おおきに白石いいいい!見たか財前んんん!歓喜のあまりガッツポーズかましたいのんを堪え、ちゅーても嬉しすぎてキッショイ顔しとるかもしれんけど、アドレス教えて、アドレス教えて、よし二の句の用意はバッチリや!


「あ、でもわたしっていうかぼく実は男なんですけど、それでも良かったら……」



はい?


スプリングショック
某ハウスメイトCMのパロディのはずだった。CMだと軽トラだけどさすがに大阪から軽トラは…

20130322

第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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