こう云っては失礼だけど、彼女はずば抜けて可愛いわけでも美人なわけでもないし、成績も至って普通、運動神経は逆に少し悪い方だ。けど、その笑顔は他のどんな長所短所も霞んでしまうくらい魅力的で、彼女にとっての最大の武器だと、親友のわたしは思う。覗く八重歯と薄桜色の少しふくよかなほっぺたが、なによりも沢山の人から愛されている証なんだろう、きっと。

「俺、あの子が好きやねん」

誰もいない部室で謙也がそう告げたのは、冬将軍の到来を感じ始めた11月も半ばの木曜日。ミーティングも終わり、黙々と日誌を書いているわたしの傍らで、退屈そうにスマホを弄っている謙也。いつもならスピードスターの名の如く真っ先に部室を去るこの男が、なぜかこんな時間まで居残っている。その時点で、わたしに何か話したいことがあり、それも二人きりでなければ困る内容なんだろうということは容易に汲み取れた。ガタガタ、と空っ風が窓を揺らす。空気的には唐突なカミングアウトではあったけど、わたしはさして驚かなかった。謙也が親友を好きだということはなんとなく知っていたし、後は前述の通り。と云うか、謙也は呆れるくらい分かりやすすぎるのだ。周りには内緒にしてほしいのだろうが、ご愁傷さま、白石だって財前だって、たぶんみんな気付いてる。

「ふーん」
「な、なんやねんその反応」
「それ、わたしに恋のキューピッドになれってこと?」

すこしだけ意地悪な、素っ気ない物云いをしてみた。謙也の考えてることなんてなんでもお見通しだけど、逆にわたしの気持ちには、ちっとも気付いてくれない。だからちょっと、八つ当たり。分かってるって。わたしは肩をすくめ、真面目くさった表情で頭を垂れる謙也に顔を上げさせる。「……協力すればいいんでしょ」好みのタイプを聞き出したりとか、二人で話せるシチュエーションを作るのとか、成功する告白の仕方を考えるのとか、助けてあげるよ。大好きなあんたの頼みだもん、どうしたって断れるわけがない。要するに、惚れた弱味ってこと。

「その代わりお昼一ヶ月分ね」
「わ、わかった!」
「冗談だってば」

わたしにできるのは謙也を幸せにしてあげることじゃなく、恋のキューピッドとして彼の恋を成就させること。それを今はっきりと突き付けられた気がして、喜色を浮かべる謙也に胸が苦しくなった。

・・・
謙也に想いを打ち明けられてから、わたしたちは一緒にいる時間が格段に増えた。謙也ファンからしたらさぞ羨ましかろうその光景。だけど実際は、羨ましがられる要素なんてなんにもない。だって二人でいるときの話題は、決まって親友のこと。わたしが一番、聞きたくない話。それでもこうして聞き続けるのは、謙也といられる時間がなくなるよりはまだ少しだけマシだから。

我ながら、恋のキューピッドしての仕事ぶりは評価に値すると思う。向いてるのかもね、ひょっとしたら。わたしとの時間の増加に比例して、謙也が親友と言葉を交わす回数も多くなった。二人にしか分からない話題で盛り上がる場面も、二人で幸せに頬を染め笑い合う姿も。最初は挨拶だってたどたどしかったのに、急成長した様にはわたしもびっくりだ。彼女たちの距離が順調に縮まっていく中、親友の、目や唇といった顔を形成する一つ一つのパーツが、ある頃から謙也といるときだけ妙にとろけたように柔らかくなるのを見て、正直あとは謙也の頑張りだけで実るような気がしていた。

「謙也はさ、あの子のどこが好きなの?」
再び、誰もいない部室で二人きり。紙パックのカフェオレをストローで流し込みながら、不意に浮かんだ疑問を投げ掛けてみた。そういえば、今まで聞いたことなかったなあ。

「最初は笑た顔がええなって。これ、一目惚れっちゅーんやろか」
「優しそうな雰囲気とか、話してみたら見た目通りほわんとしとって、守りたなる感じとか」

なによ、まだ彼女にもなってない癖にそんな幸せそうな顔しちゃってさ。大体、わたしは優しそうじゃないって云いたいわけ?優しくなかったら恋のキューピッドなんか引き受けたりしないってのに。アホ謙也、一発ぶん殴ってやろうか。ムカムカ。

「あと、あの髪型も好きやねん。ああいう髪の女の子に惹かれやすいっちゅーのもあるんかな」

今どきのお洒落な云い方をすればボブ。でも親友のそれはスタイリッシュに表現するより、昭和のおかっぱと例える方がしっくりくる。なのにそれが不思議と似合っていて、ダサさを感じさせなくて、彼女の魅力を引き立てているから敵わない。悔しいなあ、ほんと。親友にまでムカついちゃいそう。

謙也に送ってもらい帰宅したわたしは、洗面所へ直行し鏡の前に立ってみた。髪の長さは、親友とそんなに変わらないけど。わたしは前下がりがちょっと伸びたような、そんなヘアースタイル。だってボブとか無理、絶対似合わないもん。それこそコケシだなんだって笑い物になるだけ。そうは思いながらも、髪の毛を一束持ち上げながらわたしは想像力を膨らませてみた。どんな風になるんだろう、もし自分がボブなんかにしたら。

・・・
「あ、ナマエちゃん髪切ったん?めっちゃかわええわー」

練習のない日曜日が明け、翌週、月曜日。厳しい冷え込みに負けじと自分を奮い立たせ、朝練のために早々と家を出る。そうしてみんなより数分遅れて到着したわたしの、微々たる変化に真っ先に気付いてくれたのは小春ちゃんだった。すこし髪の長さを揃えただけのつもりでも、やっぱり分かるのかな。

「ありがとー。でも小春ちゃんよく気付いたね」
「んもう、当たり前やないの。ほんま、可愛いすぎてチューしたいわあ」
「ええやんミョウジ。ボブ似合ってんで」
「……ありがと。白石」

用でも足しに行っていたのか、姿の見当たらなかった謙也がようやく現れた。ドアノブが回り、扉が開いた瞬間、わたしの中を変な緊張が走って。そんな強張った様子のわたしに気付いた謙也は、名前を呼び、笑った。

「鼻、トナカイさんみたいに赤くなってるやん」

謙也は気付かなかった。わたしの揃えられた髪型じゃなく、鼻を見て彼は笑ったのだ。ピシと凍りついたであろう自分の表情に、まず白石の溜め息が聞こえ、次に小春ちゃんの「忍足ぃ!」という本気の怒声が飛び、最後に謙也を横から蹴っ飛ばす財前の姿が映った。

やっぱり、分からなかったかな。もっと、思い切った方が良かったかな。でも、小春ちゃんや白石たちはすぐに気付いてくれた。気付いてくれて、可愛いよって誉めてくれた。

「ナマエちゃん、」
「あ、ごめん!大丈夫だよわたし」
「ええの。一番、誉めてほしかったんやもんね」
「……うん」

ほんの少しでいいの。意識してほしかったんだよ、わたし。だって、こういう髪型が好きなんでしょ?こういう髪の子に惹かれるんでしょ?謙也、そう云ったじゃん。だからうそでもいいから可愛えやんって、似合っとるやんって云ってほしかったんだよ。わたしが聞きたかったのは、鼻が赤いなんて言葉じゃない。なんで気付いてくれないの。謙也のばか。

・・・
クリスマスを目前に控えた金曜日の夜、親友は電話越しに云った。

“ナマエちゃん。うちね、謙也くんが好きみたい”

親友の花が咲いたような愛くるしい笑顔が目に浮かぶ。そうなるように仕向けたのはわたしなのに、その一言を告白されるまでのこの数週間はやっぱり怖くて、覚悟の日々そのものだった。告白された今も、嬉しいような、悲しいような。わたしの方が、先に好きになったのになあ。なんて。ここまできたら、恋のキューピッドはもう要らない。あとはただ、お互いが気持ちを伝えればそれでおしまい。物語はハッピーエンドで終幕だ。それなら最後に、最高の舞台を用意してあげよう。二人が喜ぶ、とびきりの舞台を。適当な云い訳を作り電話を切ったわたしは、電話帳から白石を探した。


「ほんまにええん?」
「え?」
「やって、見送ったら……」

クリスマスイブの前日、日曜日。わたしは白石、謙也、それから親友の四人で遊園地に遊びにきていた。今年はクリスマスが平日にぶつかってしまったから、聖なる日のデートとはいかなかったけど。園内はトナカイやサンタのきぐるみを着たスタッフさんがいたり、沢山のオーナメントで燦然と輝くツリーが飾られていたりで、シチュエーションとしてはまあまあ悪くはない、はず。

「いいの。だって、初めから叶う可能性なんて無かったんだから」
「それ、決め付けとるだけやん」

わたしたちはベンチに腰掛け、観覧車の順番待ちをしている謙也と親友を眺めていた。ゴンドラが頂上に来たら、気持ちを伝えればいい。わたしは謙也にそう提案したのだ。親友はロマンチックな雰囲気に弱いから、そうすれば絶対うまくいくはずだと。回る観覧車のてっぺんで、大好きな彼に愛を囁かれる。どうよ。最高でしょ?

「謙也に幸せになってほしい。その気持ちは本当だよ」
「そない泣きそうな顔してよう云うわ」
「うるさいなあ。知らん顔しててよ」

告白のタイミング、間違えちゃだめだよ。それから、絶対噛まないように。大事なところで外したら、格好悪いなんてもんじゃないんだから。それと親友の目、ちゃんと見て云うんだよ。いつもみたいな、にやにやヘラヘラ締まりのない顔したらアウトだからね。伝えられることは、すべて伝えてきた。大丈夫、自信持って。今日まで頑張ってきたんだもん。後押しするように、謙也の背中も押してきた。

「大変よく頑張りました」

白石の綺麗な掌が、わたしの頭を優しく撫でる。数分後には恋人の二人の姿が、涙で霞んでよく見えなかった。

それでも夜明けはくるから//melt.

BGM:幸せ b/a/c/k n/u/m/b/e/r

20121107

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