授業中いつも寝ているミョウジさんには「眠り姫」という若干中二病くさいあだ名があり、そんな眠り姫を眠りから覚ます王子さまは誰だ、とかなんとかクラスの一部の人間が囁いているのをこの間耳にした。そりゃあ俺だって昼飯の後の授業や日々の練習疲れで睡魔に負けてしまうことは多々あるけど、ミョウジさんの場合は本当にどんなときでも寝てるからいい加減病気じゃないのかと心配にすらなってくる。

「(今日もよく寝てるなあ…)」

妙な関心から始まったミョウジさんの居眠り観察は、やがて俺自身の感情に大きな変化をもたらした。頬杖を突きながら気持ち良さそうに舟をこいでいる姿とか、がくりと頭が落ちて気付かれていないか慌てる姿とか、授業が終わって先生が退室する前に、堂々と「あーよく寝たー」なんて腕を伸ばしちゃう姿とか、誰だって一度はするだろう動作がミョウジさん限定で可愛く思えてきたのだ。

視界にちょっとでも入れば無意識のうちにミョウジさんばかりを追っちゃって、起きている時はどんなことを話すんだろう、とついつい耳を欹ててしまう自分にどうしたもんかと参っていた矢先、進級してから三度目の席替えで幸運にもミョウジさんが左隣になった。

「あー、隣菅原くんだ」
「ミョウジさん、」
「窓際の後列ってベスポジだよね。よろしくー」

内心ガッツポーズをしたいのを堪え、こちらこそよろしく、と平静を装う。ふわん、ふわん。二つに結わえられたミョウジさんの髪が揺れ、同じように俺の心臓も、優しく温かく、だけど少々の緊張感を伴いながら、彼女を前にして跳ねていた。

「それで、いきなりなんだけどね」
「ん?」
「教科書忘れちゃったから見せてください」

あ、勿論見るだけだから!と意味不明に慌てるミョウジさんに油断して笑いが漏れた。いやだって、見る以外に何ができるのかちょっと謎すぎて。

それにしても、ちっちゃい手だなあ。紅葉のような掌を合わせるミョウジさんに、俺は表情をそのままになんだそんなこと、と返す。俺からすれば彼女との距離を狭められるまたとない機会なんだから、そんな申し訳なさそうな顔なんてしなくてもいいのに。そういう姿も、一々可愛くて困ってしまう。喜びと緊張で忙しい心臓をごまかしながら、俺は左に、ミョウジさんは右に机をガタガタと寄せる。それから開いた教科書を寝かせると、ミョウジさんは閉じてしまわないよう押さえてくれた。自分や他の男の手とは違い、すべすべしてそうなミョウジさんのそれ。同じパーツでも、男と女じゃどうしてこうも違うのだろう。

「菅原くんは教科書に落書きとかしないんだ」
「ミョウジさんはするの?」
「たまにね。前は漫画家志望だったし」
「今は違うんだ」
「うん。挫折しちゃって」
「はは。早すぎ」

肩と肩とを寄せ合いながら、ひそひそ話。あ、だからさっき見るだけなんて云ったのか。と、一人納得。ところで俺、手震えてるんだけど。なんかカッコワルイな……。すうっと息を吸い込む音がして、菅原くん、と続けて呼ばれた自分の名前。見ればミョウジさんは俺のノートに視線を注いでいて。あれ、何かおかしい箇所でもあったっけ?彼女の視線が向かう先を、俺も凝視する。

「綺麗な字だね」
「え?そうか?」
「うん。菅原くん、手も綺麗だし。手が綺麗だと、こういう綺麗な字が書けるのかなあ」

“こういう字、好きだなあ。”

誉められた。呆れるくらい単純な俺は、嬉しくて頬がふにゃふにゃ緩むのを止められなかった。ただ一言ありがとうと礼を述べ、口元をこっそり手で覆う。ニヤついちゃって、それ以上は会話できそうにない。ミョウジさんにバレてないといいんだけど。
舞い上がっている最中、俺はふと気が付いた。眠り姫ミョウジさんが、少なくとも開始して数十分は経っているこの授業の間、まだ一度も居眠りをしていないことに。たまたま眠くないだけかもしれないし、あれだけ気持ち良さそうに寝ていればいい加減眠くもなくなるだろうけど。でも、珍しい。

「へー。菅原くん、激辛麻婆豆腐が好きなんだ」
「ミョウジさんは何が好きなの?」
「美味しいのはなんでも好きだよ」
「そういう返答がくるとは思わなかったな」
「えっ?」

結局その日一日、眠そうにはしていたもののミョウジさんは一度も眠らなかった。いよいよ授業態度を改めるよう厳重注意を受けてしまったのかもしれない。何度も瞬きを繰り返し眠りに落ちないようにしているミョウジさんの、その一生懸命な姿に胸がくすぐったくなる。頑張れ、ミョウジさん。

・・・
ミョウジさんが隣にきてから、教室の中で楽しいと思う一瞬一瞬がすごく増えた。
どっちかが教科書を忘れて一緒に見ている時、ぶつかりそうなギリギリの距離やすぐ横で聞こえる息遣いにどきっとしたり、
ミョウジさんの唇が俺の名前を呼んで、ああ次はどんな話をしてくれるんだろう、と期待して待ってみたり、
次はどんな話で彼女を笑わせられるだろう、と会話のネタにあれこれ悩んでみたり、
こういう日常の一コマが楽しいとか、多分今まで思ったこともなかった。

「最近ナマエ元気じゃない?」
「え?前から元気だよわたし」

放課後、忘れ物を取りに教室へ戻ったら、女子数人の話し声が聞こえた。だけなら普通に開けて入ろうと思ったんだけど、ミョウジさんの声まで混じってたもんだからちょっと気になって。盗み聞きなんて悪趣味もいいとこだとは自分でも思う。

「授業中もあんま寝なくなったしねー」
「それはほら、菅原くんが隣だから」
「ちょ、ちょっと声大きいって!」

え、どういうこと?それ、続きがすごい気になるんだけど。で、お約束。うっかり床を鳴らしちゃって、中にいるミョウジさんたちに見付かってしまった。女子は俺とミョウジさんを交互にニヤニヤニヤニヤ。中心のミョウジさんは顔真っ赤。それでもって、後はお二人でどうぞなんて変に気を利かせて出て行ってしまう。

「さっきの言葉、さ」
「あの、ね。えっと、」
「俺は、どう捉えたらいい?」

ミョウジさんも顔真っ赤だし、多分俺も、同じくらい赤いと思う。困ったな。女子って歩くスピーカーなところがあるから、明日中には菅原孝支が王子さまでしたってクラスの奴らから冷やかされそうだ。


さよなら眠り姫

20121101

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