最近、変な男の子に住み着かれてしまった。

毎週、図書委員で昼の担当が回ってくる度に図書室の定位置を陣取り、だけど読書に耽るわけでも勉学に勤しむわけでもなく、ひたすらスマホの画面と向き合っている彼。弧爪研磨くん。バレー部所属の二年生で、クロの後輩。プレーをちゃんと見たことはないけど、鋭い観察力を持つ彼のセッターとしての能力は、それはそれは優れたものなんだとか。三年の間でも、結構な人気みたい。

「……ナマエさん、充電してもいいですか?」
「うん。どうぞ」

たまたまクロの教室を訪ねたときに彼がいて、まともに顔を合わせたのはそのときが初めてだと思うんだけど、研磨くんがこうして図書室に入り浸り住人化したのは多分それからだ。スマホのゲームかな?黙ってピコピコピコピコ、充電も忘れずに。スマホは電池なくなるの早いからね。話し掛ければちゃんと返してくれるけど、研磨くんから話し掛けてくることは事務的な内容以外じゃほとんどない。正直、ここに何しに来てるのかなって気になる。だってさ、今までは彼の姿をここで見かけたことなんてないからね。ゲームをするため、とか?でもそれくらいなら図書室に来なくてもできると思うけど。それとも賑やかな雰囲気、好きじゃないのかな。

「(あー……退屈)」

大きな欠伸をひとつ、ふたつ。今日は暇だ。利用者が全然いない。図書委員は担当の際、その時間の利用状況や気付いたことを日誌に一言記入することになっているんだけど、こうも退屈で記入しようがないと困ってしまう。最近ゲームをしに来ている不真面目な学生がいます……なんて書かないよ、冗談冗談。でも本当、書くこともないしやることもない。返却本は全部配下場所に戻したし、マジで何もすることないや。置物よろしくカウンターにぼうっと座っていたわたしは、ついに昼寝の体勢に入った。次の授業先生厳しいから寝てらんないし、今のうちにエネルギー補給でもしておこうかな。ていうか次当たるんだった。うわー最悪。

ピコピコ、ピコピコ
相変わらずゲームに夢中な研磨くん。充電しながら携帯弄るのってあんまり良くないんじゃないっけ?ショートするとかなんとかで。本人はちっとも気にしてないみたいだけど。

クリーム色のカーテンを押し退けて入り込んでくる穏やかな表情の風に、彼の髪の毛はさらさらとなびく。さしずめ、絹のような滑らかさ。思わず、触れてみたくなる。いいなあ。わたしもあんな柔らかそうな髪が欲しい。

「研磨くん、シャンプー何使ってる?」
「……え?えっと、なんだっけ……英語のやつ」
「あはは、シャンプーなんてほとんど英語だからわかんないよー」
「ナマエさんは、何使ってるの?」
「わたし?いつも行ってる美容室に置いてるやつなんだけど、名前忘れちゃった」
「へえ……」

あ、会話終わっちゃった。うーん。何話したらいいんだろ。あれ、ていうかわたし寝るつもりだったんだよね。うーん。でもなんだろ、研磨くんがいたらなんかちょっと緊張して寝づらいというか。
今までほとんどスマホから目を離さなかった研磨くんが徐に顔を上げ、ほんの数秒、目が合った。猫のように大きくて、吸い込まれそうな無垢な瞳。研磨くんは話し掛けてもあまり目を見て返さない男の子だから、こうやってふとした瞬間に視線が絡み合ったりすれば、妙にドキッとしてしまう。

「いい匂いする……」
「え?」
「ナマエさんの髪、」

フルーツの匂い?不思議そうに双眸を丸くする研磨くん。うん。確か今使ってるやつは、青りんごだったかな。やっぱり市販のよりはずっと高いんだけど、傷んだ髪にすごくいいからリピートしてるんだ。おかげで少しはキューティクルが戻ってきてる気がするし。でもなんか、だめだね。いい匂いするって云われたら、可愛いとか誉められてるんじゃないけど、なんかちょっと照れちゃうね。

ヴヴヴ、カウンターに置いてる携帯のバイブレーションが、メールの受信を告げる。開いてみると送り主はクラスメイトで、次の授業が自習になったことを報せる内容だった。やったー神様ありがとう。これで心置きなく昼寝ができるよ。

「どうしたの?なんか、嬉しそうだけど」
「ああ、次の授業が自習になったらしくて。それでね」
「ふーん……」

いいな、ぽつり呟く研磨くん。それよりあとちょっとで昼休みも終わりだし、適当に日誌書いて戻る準備しなきゃ。えーっと、今日は沢山の生徒が図書室を利用しました。勉強熱心な人が多く……と。嘘書いてもばれないよね。大丈夫、大丈夫。

「あ、そうだ。研磨くん、」
「……?」

充電器を外していた研磨くんは、首をぐりんと動かし、表情ひとつで反応を示す。そういう無言の仕草、可愛いなあ。

「どうしていつも図書室に来てるの?教室にいるの、好きじゃないから?」

わたしの問い掛けに困惑した様子の研磨くんの視線は、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。こういう心底困った顔を見るのは初めてかもしれない。それにしてもわたし、まずいこと聞いちゃったかな。撤回しようかなあと思いながらもやっぱり気になるし、と返答を期待しているわたしに、研磨くんは目を游がせるのを止め、伏し目がちに口を開いた。

「……ナマエさんに、会いたいから」
「え、」
「ナマエさんの声が聞きたいから……」

えええ、なにそれずるい。反則だよ研磨くん。だってそんなこと云われたら、にやけちゃうに決まってるじゃん。「……だめ?」だ、だめじゃないよ!首を横に振るのがやっとのわたしは、とりあえずこのにやけた顔をどうにかしようとしゃがみこんだ。靴紐を結び直す振りをして、カウンターから姿を消す。ああもう困った。最後にあんな爆弾を投下するなんて、ほんと反則。


彼と星の夢を見る

Hypnosさまに提出(20121022)

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