部活に多忙を極めていたスガくんとの久しぶりのデートにこの上なく浮き足立っていたわたしは、今日この日の為随分と女子力向上に努めてきた。今年流行りのぺプラムワンピースを買って、パンプスもいつものぺったんこのやつじゃなく、少しヒールが高くて脚が綺麗に見えるものを買って、苦手なネイルやヘアアレンジも雑誌を参考に頑張って……と、とにかく気合いだけは十分だったのに。
肌がべたつくような蒸し暑さの漂う今日、日曜日。わたしがドレッサーの前で戦いを始めてかれこれ20分以上は経つ、はず。今日に限って、なんでこんなに上手くいかないの。がくり肩を落としてわたしはうなだれていた。
「はー……もうやだ」広げられたファッション誌、電源が入れられっぱなしのヘアアイロン、鏡越しのぼっさぼさな頭。
だから嫌なんだ、天パって。やっと綺麗に髪を巻けるようになったのに、今日みたいに湿気が多くてモワッとした日なんかは全然まとまらない。もうじきスガくんが迎えに来ちゃうのに。どうしよう、こんなんじゃ外に出たくない。スガくんと顔なんて合わせられないよ。
ドレッサーに突っ伏していると、大好きなテクノアイドルの音楽が流れ、メロディは数秒で止んだ。メールだ。しかも、スガくんからの。発着信の曲はグループ別に分けていて、『大好きな人』のグループには当然スガくんしかいないから、だから考えなくても分かる。携帯の画面をタッチし、メッセージを確認。今からそっち向かうな、の一文に、にこにこ笑顔の絵文字がひとつ。スガくんのお家からここまでは、歩いても10分しないくらいの距離。その間に、なんとかまともな髪型にしないと……!
姿勢を正し、顔を上げ、ヘアアイロンを構える。レディー…ファイッ!脳内で鳴り響くゴング。まずは特に酷い左サイドにアイロンを当て、髪を一束持ち上げるとゆっくり内側に巻いていく。よし。なんとか上手くいった……かな?同様に一束一束丁寧に巻いていくと、お世辞にも綺麗に巻けたとは云えないが、さっきよりは大分マシになったような気がする。
時間、まだ大丈夫かな。
左はこれで良しとして、右をちゃっちゃと直さなくちゃ。今度は右サイドの髪の毛を一束掬い上げ、失敗しませんようにと深呼吸をし、アイロンを当てたそのとき。スマートフォンからロックバンドの激しい曲が流れ、驚いた拍子に髪の毛をあり得ない方向に巻いてしまった。うわあ、なんだこれ。(ていうかメール誰だよ!学級委員の山田め、明日会ったら文句云ってやる。)
「どうしよー……」
これなら、天パでくりんくりんの頭の方がずっとよかった。首から下はばっちりなのに、頭がこんななんてもう笑うしかない。ああだめだ、やる気無くなった。ゼロだよゼロ。泣きたい、ていうか泣いてやる。えーん。
どっぷり沈んでいる最中、ドアのノック音に意識がぼんやりと戻っていく。声がした。お母さんだ。え、なになに、
「菅原くん来たわよー」
「は?えっ、ちょっと待って!」
「あまり待たせたら駄目よ。5分以上の遅刻は可愛くなくなっちゃうんだから」
いや、そんなの知らないけど!困った、スガくん来るの思ってたより早い。わたしは鏡の方へ向き直り、明後日の方向にカールした髪の毛を睨み付ける。この問題児をどうしたらいいんだ。直せるかな、でもスガくん来ちゃったし、ああもう!パニクって頭をわしゃわしゃと乱せば、当然の如く状態は悪化の一途をたどった。えーん、もうやだやだ今日デート行きたくない。行きたいけど行きたくない。こんなんじゃスガくんにまで笑われちゃうよ。
半泣き状態に陥っていると、再びノック音がした。しつこいよお母さん!完全なる八つ当たりでドアを勢いよく開けると、そこにいたのはお母さんではなくスガくんだったのである。
「ごめん、お母さんに云ってお邪魔させてもらったんだけど、」
「うえーん……スガくんのばかーっ」
「え?ちょ、ナマエ?」
しゃがみ込んだわたしに目線を合わせ、心配そうに見つめてくるスガくん。ばかやろう、今日もかっこよすぎるよスガくん。私服もお洒落すぎるよスガくん。なのにわたしはこんななんて。
「なんでそんなに落ち込んでるんだよ。何かあったのか?」
「かみのけー……」
「髪の毛?」
「上手くセットできなくて、変になっちゃった。デート行きたいのに、こんなんじゃ外出られないよー……」
スガくんの手が髪に触れるのを感じる。そのまま優しく撫でられ、あーなんか気持ちいいなーなんて思っていたら、スガくんは案の定笑い出した。ははは、と声を上げて。
「そ、そんなに笑わなくたって」
「違う違う、髪が変とかそういう理由で笑ったんじゃないよ」
頭を撫でたその手で、今度はわたしを抱き締めるスガくん。うわあ、久しぶりのスガくんの匂い。あったかい。
「頑張るナマエも好きだけど、そのままでも十分可愛いんだから。ほら、泣かないの」
笑って、スガくんのおでこがこつん、とわたしのそれにぶつかる。あれ、なんだこれ。20分30分ってあれだけ悪戦苦闘して苛々したり悲しくなったりしてたのに、スガくんの一言で何もかもどうでもよくなっちゃった。わたしって単純だなあ。でもいいや。可愛いって云ってもらえたから。えへへ。
ときめきの朝が来る//リラン
20121001