※表現が若干露骨


なんてことはない、俺が彼女に関して得た情報は今でこそ決して珍しいものではなかったが、それでも今後の学校生活を脅かす『弱味』としては最高の材料だった。

「のう、ナマエちゃん。俺、昨日見たんじゃけど」

3時限目になって漸く現れ、かと思えばサボり目的で屋上へ向かった彼女に、俺はそう切り出した。ちょうど俺も授業をバックレるつもりでいたから、大層都合が良い。その一言で悟ったらしい聡明なナマエちゃんは、何が目的?と表情を変えずに凛とした態度で問うてくる。

3Bで云えば俺やブンちゃんがそうであるように、不真面目な生徒に分類されるナマエちゃん。授業もめったに出ないし、参加するしないはともかく、朝から夕方までちゃんと学校で過ごしたことがこれまでに一度でもあったのだろうか。と、疑問に思うくらい彼女は欠席が多い。そのくせ成績は良い方で、彼女が要領よくこなせるタイプであることを物語っている。だから彼女自身、生活態度を改める気がないのだろう。少なくとも、高校へはエスカレーター式で上がれるわけだし。

微風がナマエちゃんの濡羽色の髪の毛先を揺らす。夏色の太陽が彼女の真っ白な肌に突き刺さり、俺は眩しさに目を細めた。ブンちゃんや赤也には白い白いとよく云われるが、ナマエちゃんの白さはそれ以上。なんというか、病的な白さだ。今にも、崩れ落ちてしまいそうな。

「彼女の振り、してくれん?」

まあ、拒否権はないけど。と、一応付け加え。ここでもナマエちゃんは顔色一つ変えず、俺の云うことを黙って聞いていた。
特定の彼女を作るつもりはないが、カモフラージュのために演じてくれる女は必要だった。(女なんて、自分が求めたときにいればそれでいい。四六時中寄ってこられても鬱陶しいだけ)でもそれも、イマドキの女では周りにべらべら喋られる可能性があるから、ナマエちゃんみたく口数の少ない一匹狼な子が適役だと思っていて。そんなところへ偶然彼女の弱味を握ったもんだから、これを利用しない手はなかった。
それにしても、ナマエちゃんがあんなことをしているとは。さぞかしウケも良いだろう。

いつまで?その問い掛けに俺はナマエちゃんの髪を掬い、唇を近付けて告げる。キスだってできるこの距離でさえ、微動だにしないナマエちゃん。俺に興味がない女でも、こんなことをされれば驚くだろうに。新鮮だ。

「俺の、気が済むまで」

それはいつなんだろう。もしかしたら、永遠にこないかもしれないし。俺はくつと笑い、掬い上げた髪の毛をさらさらと払った。


ナマエちゃんと登校を共にしたその瞬間から、「あの女は誰」「あの女は仁王くんの彼女なのか」と、それまで幽霊同然だったナマエちゃんの存在は全校中に知れ渡り。問い詰められ彼女だと肯定すれば、俺に執着する女たちから執拗な嫌がらせが始まる。まるで芸能人だな、そうからかうブンちゃんの言葉は、強ち間違いでもない気がした。

「ナマエちゃん、怪我しとらんか?」
「うん」

たいして使いもしない教科書やノートを痛め付けることは、ナマエちゃんに一切のダメージを与えなかった。それがさぞ面白くなかったのだろう、物から始まった苛めは思いの外早く本人に危害を加えるという段階に達し、さすがにそれだけは看過しちゃいかんと、俺は彼女を守ることに努めた。こいつらは限度というものを知らないだろうし、ナマエちゃんの綺麗な肌に傷が付くのはなんとなく嫌だった。その甲斐あって、今のところは無傷で済んでいる。やれやれ。

「大変ね。モテる人って」
「まあ女には困らんで済むけど、面倒くさいのは確かじゃな」

制服の汚れを払いながら、ナマエちゃんは淡々と同情の意を示す。あまりにも棒読み過ぎて、それが逆におかしかった。単にクールなだけなのか、それとも感情表現が下手なのか。いずれにせよ、今までにないタイプだから中々面白い。
「それに、」俺はナマエちゃんを壁に押し付け、逃げ場を奪う。それに、女は今のところナマエちゃんだけで十分やし。そう囁いて、そろそろと唇にキスを落とした。ものの、相変わらずナマエちゃんは無反応。そこでもう一度、キスをする。唇、頬、首筋。それでもやっぱり、微々たる反応すらない。慣れてるにせよ、たとえば目を丸くするとか、そういう何かが欲しいのに。ちょっとだけつまらない。

偽彼女を演じてもらっている間も、俺は他の女とセックスしまくった。だってヤりたい盛りだし、女だって求められれば嬉しいだろ?だいたい、俺がセックスしようがしまいが、ナマエちゃんは興味なんてないだろうし。
だけどそのうち、セックスの間にもナマエちゃんの顔がちらつくようになった。あの表情を崩したいと思うようになったことで、八重歯を見せて笑う姿や俺に組み敷かれて喘ぐ姿を想像したら、中出しをしようが何をしようが、すべて不完全燃焼。物足りなくなってしまったのだ。
そこで俺は、ナマエちゃんを部屋に呼び、無理矢理抱いた。フローリングに押し倒し、抵抗する彼女の口を塞ぎ、両手を拘束し、性欲を満たそうとした。彼女の俺を蔑んだような目、初めて見る表情に俺はぞくぞくと興奮が沸き立つのを覚え、だけど秘部からうっすらと流れる鮮血にその興奮は忽ち落ち着いてしまった。え、なんで、

「ナマエちゃん、処女だったん…?」

じゃあ俺が見たあれはなんだったのか。手慣れた感じだと、俺が一方的に思い込んでいただけだったのか。クエスチョンは全部、俺の中にしまい込まれたまま。ナマエちゃんの涙を見たら、とても聞けやしなかった。ずきん。ああ、胸が苦しいっちゅーのはこういうことなんか。罪悪感、なんていまさら。

次の日会っても、ナマエちゃんは普通だった。いつもみたく無口で、表情も冷めた感じのまま、変わらない。昨日のあれは、夢だったんじゃないのかとさえ思えてくる。でも、夢なんかじゃない。夢であってほしくても、ナマエちゃんの涙だけは、絶対に忘れられない。

「仁王、ミョウジのこと好きなんだろぃ?」

俺はナマエちゃんに精一杯優しくした。本当の彼女のように労り、初めて尽くすということをした。ただそれも、自分は本物の彼氏なんかじゃないと改めて思えば思うほど、どうしようもなく虚しくて。

「なんでそう思ったん?」
「だってお前、振りでもあいつといるとき、すげー楽しそうだから」

自分の気持ちなんて、こうなる前から分かっていた。カモフラージュのためだけが、目的じゃない。ナマエちゃんを傍に置くことで、俺は彼女を守ろうとしたのだ。守るって、何から?そう聞かれたら、たぶん上手くは答えられないが。まるでこの世界のすべてに諦めているような彼女を、自分とどこか似ている彼女を、俺は守りたかったのだ。素直になれない俺がとった手段は、結果的に彼女を苦しめるだけのものだったかもしれないが。
要するに、好きなんだろう。俺は、ナマエちゃんのことが。

「ねえ、そろそろ終わりにしてほしいんだけど」

嘘の交際が始まって、もうすぐで三ヶ月目を迎えるという頃。その一言は、遂に発せられた。手を繋いで歩く道のり。遅かれ早かれ、この手を離す時はくる。そしてそれが、今だというだけ。何が惜しいんだろう。こんな偽者の恋人に、何も意味なんかないのに。この手を離すのが、怖い。

「バラしてもええん?」
「……好きにすれば」

勿論、バラすつもりはない。最後の最後まで素直になれない俺なりに、引き留めようとしただけ。校門に着けば、ナマエちゃんは自分から手を離した。じゃあね、そう云って歩いて行く。ああ、終わったんだ。この関係が。明日からは、いや、今この時から俺たちは、ただのクラスメイトに戻ってしまう。寄り添い歩くことは、もうない。



それから更に一週間が経過し、俺は部活以外のほとんどの時間を屋上や保健室で過ごした。ナマエちゃんに会えるかもしれない、そんな期待も少なからずあったし、第一何もする気が起きなかったから。
彼女は一度も現れなかった。学校に来てすらいないのかもしれない。ないとは思うが、転校とか、したりしないよな。それか、病気とか事故とか、そんなんじゃ。途端に、不安が俺を襲う。こんな弱気な俺、気持ち悪い。

「ねえ」

聞き慣れた、澄んだ声が背中に突き刺さる。振り返れば、数日振りに見るナマエちゃんが腕を組んで立っていた。おや、今日は機嫌が悪いのだろうか。うっすらと、眉間にシワが寄っている。こういう顔もしてくれるようになったのかと思うと、すごく嬉しい筈なのに。戻ってしまった関係が、喜ぶ俺の邪魔をする。

「責任、とってよ」
「は?」
「あんたのこと、好きになったんだから」

は?俺はもう一度繰り返した。ナマエちゃん、いまなんて云った?え、いま、好きって云った?まさかこれも、夢なんじゃなかろうか。いや、夢であってほしくはないのだが。さすがにナマエちゃんの前でほっぺをつねるなんて格好悪い真似はできないから、俺はナマエちゃんの、ゆっくりと動く口元に注意を払った。

「あんたが好き。だから付き合ってよ、今度はちゃんと」

ビコーズ・アイラブユー

「無理矢理あんなことをしたんだから、今度は私の我が儘に従ってよね」

俺を押し倒し、馬乗りになったナマエちゃん。いつまで?いつまで、従えばええん?彼女の下でそう訊ねれば、彼女は八重歯を見せて、愉しそうに笑う。

「私の、気が済むまで」

そんな時が、永遠に来なければいいのに。唇を押し付けてくる彼女の腰に手を回し、俺は願う。

20120827

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