気が付けばこの部屋は揃いのものでいっぱいだ。マグカップ、スプーン、フォーク、歯ブラシ、バスタオル、スリッパ、エトセトラ。別になんでも揃えなきゃ気が済まないわけじゃなくて、同棲開始と同時に自然と増えていったのだ。ドット、ストライプ、チェック。まあわたし自身、お揃いって愛を感じるなあ、とも思うわけで。蔵ノ介から「同棲しよう」と申し込まれたのがちょうど半年前。初めこそ突然すぎる一言に戸惑いはしたけれど、半年経った今では、この空間で生活を共にするのがさも当たり前のようになっている。たとえるなら、空気のような。なくては生きられない、この人のいない生活が考えられないってくらい。ぶっさいくなすっぴんとか、とんでもない寝相を見られるのはいまだに抵抗あるんだけどね。

「おはようさん、ナマエ」
「おはよー。蔵起きたの気付かなかった」
「爆睡しとったもんな。しばらく寝顔観察させてもろたわ」
「もー!やめてよー」

ベイビーブルーのカーテンから差し込むAM7:00の光を刺激に、雀たちの賑やかな鳴き声をアラームにようやく起床する。朝にめっぽう弱いわたしと、常に時間に忠実に行動している蔵ノ介。だからわたしが彼より先に起きることはほとんどない。いつもこうしてリビングに蔵がいて、おはようって挨拶してくれる。先に顔洗ってき、タオルはそこに出とるから、って。それから、ふたりで朝ごはんを作るのだ。さて、今日は何を作ろうかな。あ、そうだ。期限近いから卵使っちゃわないと。

「今日目玉焼きでもいい?」
「ええよ。ナマエはパン?ご飯?」
「んー、パンがいいな」
「ほな軽く焼いとくで」
「ありがとう」

蔵はパンを一枚トースターにセットし、冷蔵庫から木苺のジャムを取り出す。ジャム好きなわたしは常に何種類か置いていて、ちょうど今日は木苺のジャムが食べたい気分だった。なんだかわたしのすべてを理解してくれているみたいで、ほっこりした気持ちになる。こういうの、阿吽の呼吸って云うんだっけ?蔵ノ介ばかりがわたしを知っている感じがして、ちょっと悔しい気もするけど。

「(謙也に云ったら『はいはいご馳走さま』とか『当て付けか!』って返ってくるんだろうな)」

ぷっ、と小さく。その場面を想像したらおかしくて、思わず吹き出してしまった。

「なに笑ってるん?」
「へへ、ひみつー」
「なんやねんそれ。秘密にされたら気になってしゃーないわ」

フライパンを熱していると、蔵が後ろから抱き締めてきた。今朝は少し肌寒いくらいだから、二人分の体温がちょうどいいかな、なんて。とくん、とくん。鼓動が聞こえる。蔵の息遣い、温もり、匂い。なにもかもが気持ちよくって、朝っぱらから彼の腕の中で溶けてしまいそうだ。あ、そうだ卵忘れてた!心ごとふやけきってしまう前に腕から解放してもらい、火力を調節してからフライパンの縁でトントンと卵を割ると。

「見て見て、双子だー」
「ほんまや。今日は朝からラッキーやな」
「ね。幸先いいなあ」

双子の卵。大きな黄身と、小さな黄身。まるで蔵とわたしを表しているみたいで、そんなことにまで幸せを感じてしまう。目玉焼きもトーストもほんのりビターなコーヒーも、味なんてたかが知れてると思ってた。“一緒に食べるともっと美味しい”なんて台詞よく聞くけど、今なら分かる。味に変わりはないはずなのに、すごく美味しく感じるのだ。それはきっと、蔵がいるだけでわたしの世界はこんなにも違うってこと。こんなにも、初めてのような新鮮さや感動を教えてくれる。それができるのは、後にも先にも蔵だけ。

特別なものがあるとしたら、たぶん彼と過ごす日々そのものがそう。当たり前のようで、でも実は特別な毎日。プラスアルファがなくたって、わたしの日常はいつも喜びと幸せできらきら輝いている。大切なひとと一つ屋根の下で過ごす365日。おはようとおやすみなさいはいつも一緒。夜眠るとき、朝目が覚めたときに感じる愛しいひとのぬくもり。辛いことがあっても、占いが最下位だったとしても、最上級の幸せが一瞬で吹き飛ばしてくれる。

「いただきます」

そうやって幸せを噛み締め、わたしの一日は始まるのです。

スイートスイートダーリン//誰そ彼

20120904

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -