仕事から帰って来てくたくたの体を、少し熱めのお湯に沈める。浴室の電気は消して、キャンドルのように優しく揺れるLEDライトの光が室内を照らす。きらきら、きらり。一面に照らし出された沢山の星々が、アロマライトから香るベルガモットオイルの甘い香りが、私をリラックスタイムへと誘ってくれる。
今日も一日、お仕事お疲れ様でした。自分自身に労いの言葉を送り、バスタブの中で足をうんと伸ばす。おめでたいことに最近は寿退社で辞める先輩や同僚が多くて、しかしながら遂には私まで「ミョウジさんは結婚考えてないの?」なんて云われる始末だ。

結婚、かぁ。光と付き合い出して、今年で8年目になるけど。正直、私はかなり意識してる。同棲はしていても、今はあくまで彼氏彼女っていう関係のままだから、幸せ絶頂の人たちの話を聞けば、尚更結婚への意識は高まるわけで。こっそりゼクシイを買ってみたり、こういうウエディングドレスが着れたらいいなーとか、入籍したら財前ナマエになるんだよね、とかあれこれ想像してみたりはするんだけど。

光はまだ、結婚に向かう気がないのだろうか。私からは結婚の話なんて切り出しにくいし、やっぱりプロポーズとか、そういう大事な場面は男の人からっていう憧れや期待もある。だって一生に一度の瞬間だもん、そう思うのって普通じゃない?
まあ、光も私も今は仕事に忙殺されていて、おまけに何人も後輩を従えているっていう現況上、流れ作業みたいな感じで結婚したくはないけどさ。気長に待つしかないよね、こればっかりは。

「そろそろ電気点けようかな…」

いい加減のぼせちゃいそうだし、体を洗ってお風呂を出よう。一先ずライトはそのままに乳白色のバスタブから出、浴室のドアを開けた瞬間。同じくドアノブに手を掛けた光が目の前にいたものだから、私は「ぎゃっ!」とさしずめお化けにでも遭遇したかのような悲鳴を上げてしまった。

ていうか私全裸!いやお風呂入ってるんだから当たり前だけど!見られ慣れてる筈の裸体をこんな風に曝け出すのは、些か決まりが悪いというか。

「びっくりするじゃん!もー心臓に悪いから止めてよ!」
「そっちこそ鍵開けっぱなしやったぞ。泥棒にでも入られたらどないすんねん」
「あ、はいすいません……」

私を捜していたらしい帰宅したての光は、すると徐にスーツを脱ぎ始めた。え、入るの?そんな意味を孕んだ視線を送れば、光はせっかくやから、と脱衣を続ける。いつ見ても無駄な肉がない細マッチョな体には惚れ惚れさせられるけど、恥ずかしいから絶対に云ってやらない。
電気は光が点けてくれたから、私はライトを消して半身浴の体勢を取った。さすがに入りっぱなしだとのぼせちゃうし。あ、そうだ今度あれ買おう。お風呂にも置ける耐水性の小さいテレビ。

「くっさ。またベルガモットの香りか」
「えーいいじゃん。全然臭くないし我慢してよ」

几帳面な光は脱いだスーツを丁寧に畳むと、シャワーで軽く汗を流してからバスタブに足を突っ込んだ。この男の体にひとつ文句をつけるとすれば、髪の毛以外はいやに毛が薄いことだ。おかげで手足はいつもすべっすべで、女の私からすれば羨ましいことこの上ない。思えば白石や謙也もそうだった。薄毛は薄毛を呼ぶという習性があるのかは知らない。

「ひかるー」
「ん」
「……なんでもない」

ふと、光に抱き付きたいという衝動に駆られ、心臓がばくんばくん跳ねた。裸体にムラムラしてしまったのだろうか。やだやだ、長風呂のせいで頭までどうかしちゃったのかも。

「ナマエ」
「なに?」
「ん、」

光はよく、会話を“ん”の一言だけで済ませる時がある。同じ屋根の下で暮らすようになって、その違いが分かるようになった。
さっきの“ん”は流れから察せられるように『なに?』を指していて、今の“ん”は『おいで』を意味している。ここにおいで、ということ。私は照れ臭さから躊躇しながらも、光の足の間に割って入り、彼に背を向ける形で凭れ掛かった。

「ねえ、今度の旅行やっぱ沖縄がいいんだけど」
「暑すぎるやろ」
「じゃあ北海道は?」
「寒すぎるやろ」
「もーなにそれ!」

束の間の休息に旅行を提案してくれたのは他でもない光で、予定している来月中旬をかなり心待ちにしていたというのに。
あれも駄目これも駄目ならどこならいいの、と軽くお湯を掛けてやれば、反撃してくるだろうという予想に反し、光はぎゅっと私をその腕に閉じ込めてくるのだった。

シャイな光は、好きという二文字を滅多に云わない。愛してるなんて台詞はなおのこと。でも、その分私を抱き締める彼の腕から、密着した肌と肌から、想いはひしひしと伝わってくる。言葉にする代わりに、行動で光は示してくれる。私が光を想っているのと同じくらい、彼もそういう気持ちでいてくれているんだ、って。
だから、不安になることはない。もしもこの先彼が私を抱き締めてくれなくなったら、その時がきっと、この関係の終わり。

私はそっと光の手を取り、指と指を絡めた。私を守ってくれる、支えてくれる、愛してくれる、綺麗で優しい光の手。

「この間友達が云ってたんだけどさ」
「おん」
「幸せは繋いだ手から生まれる、って。名言だなーって思ったよ」
「…繋いだ手、から」

日差しで暖かいソファ、お気に入りのワンピース、ベルガモットの甘い香り、傍にいてくれる大切な人。一つ一つは些細なことでも、それらが積み重なることで、今の自分がいかに幸せかということを気付かせてくれる。

固く結ばれた手をほどき、そして繋ぎ直す。離れ、はぐれてしまわないよう、強く強く。

バスルームラプソディ

20120424

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