あと一週間もすれば春休みということで、男子も女子も皆一様に浮き足立っていた。春休みを有意義に過ごす為の計画を練っている人間が多い中、かく云う私もその一人なんだけど、出不精な私の場合は読みかけの漫画を読破してしまおうとか、撮り溜めしておいたドラマを一気に見てしまおうとか、すっかりインドア生活を満喫する気でいた。お誘いがあれば行かないこともないのだが、かの孟浩然の詩にあるように春眠暁をうんたらかんたらで、たとえ約束をしていても休みだからと気が緩んで起きられる自信がない。あれこれ考えてる癖に、実際は寝てばかりいてたった今掲げたしょうもない目標も達成できずに終わってしまいそうな気がしている。まあそれならそれで夏休みに繰り越せばいいか、なんて短絡的思考の私。

「ナマエちゃん」

昼休み開始と同時に売店では争奪戦という名の戦争が勃発し、ワゴンセールに群がるおばちゃんよろしくもみくちゃになりながもお目当ての焼きそばパンを無事手に入れた私は、リプトンのミルクティーも一緒に買っていざ教室へ戻らんと踵を返した。時に後方にいた忍足くんに声を掛けられ、何故かノリでハイタッチ。いえーい的な感じで。馬鹿をやるような親しい間柄でもないのになんでハイタッチしてるんだろうと自ら突っ込むより先に、忍足くんがいやいやいや、と口を開いた。

「なんでハイタッチやねん」
「私もわかんない。てか珍しいね、スピードスターなのに今来たの?」
「おん。オサムちゃんに捕まってしもて」

それにしても、男の子にちゃん付けで呼ばれるのってなんかこうむず痒いというか照れ臭いというか。多分私のことをちゃん付けで呼ぶのなんて忍足くんと白石くん、あと金色くんくらいだったと思うけど。あ、三人ともテニス部だ。ていうかテニス部って良いよね、皆和気藹々してて仲良さそうだし。

「お、ええなあ焼きそばパン」忍足くんは私の持っていた戦利品に視線を移すと、次いで群衆の向こうを垣間見る。今ならまだ間に合うかもしれないよと軽く促せば、ええねん、と忍足くんは引いてしまった。今日は焼きそばパンの気分じゃなかったのかな。何かしらを買い求めに来た筈の忍足くんは、それなのに人だかりの中に進んでいくこともなく、何か云いたげに私の顔をちらっちら見てくるばかり。え。なになになんか付いてる?あ、もしかしてさっき爆睡した時の涎の跡とか?うわあどうしよこれでも一応乙女なのに。ハンドミラー持ってなかったっけと制服のポケットを弄っていると、忍足くんはこちらの顔色を窺うように呟いた。

「あんな、」
「うん?」
「今日、なんやけど」
「今日?」
「3月、17日?」
「うん。17日だね」

うん。今日は3月17日だけど。なんだろ、日付を確認したかっただけ?発言の意図が分からず、逆に忍足くんの反応を窺っていると、忍足くんはまたしても何か云いたそうに口をもごもご動かした。えーと、忍足くん?人だかりも減ってきたし、買うなら今、だよ?すると忍足くんはいきなり、本当にいきなり歌い出したのだ。誰もが知る、あのハッピーバースデーの曲を。

「ハッピーバースデー、トゥーユー」
「え?」
「ハッピーバースデー、トゥーユー」
「ええ?」
「ハッピーバースデー、ディア……おれー」

え?おれ?ってことは今日って忍足くんの誕生日なの?どうしよう、ぜんっぜん知らなかった…。申し訳ない気持ちでいっぱいになった私は、きちんと最後まで歌いきった忍足くんを前にあたあたふたふた挙動不審。

「ご、ごめん忍足くん!私知らなくて、だからプレゼントも何もなくって、」
「ええねん」
「あ、焼きそばパンならあるんだけど、ってそんな気分じゃないんだもんね」
「ええねん。プレゼントは今貰うさかい」
「はい?」

プレゼント代わりになるような物なんてあったっけ。私が自分の全身を確認しようとするのと、忍足くんが私を抱き締めるのはほとんど同時だった。きゃー!と近くにいた誰かが叫んで、辺りは一気に生徒と、ざわざわした声に包まれる。どうして忍足くんに抱擁されているのか今の自分にはさっぱり理解できなくて、ミジンコ並の頭で必死に状況を整理しようとすれば。今度はちゅっ、とリップ音。おでこに一瞬だけ触れた、忍足くんの唇。再び悲鳴が、しかも複数の女の子の悲鳴が聞こえ、私はただただ茫然自失。

「俺、ナマエちゃんが好きや」

ああ、プレゼントってそういうことか。我に返るや否や冷静に考えている自分に、ちょっとだけウケた。

世界を騙す大きな片想い//花畑心中

一日遅れだけど、謙也くんお誕生日おめでとう!ちなみに春から三年生という設定でした

20120318

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