俺の好きな人は一つ年上のマネージャーで、あだ名は『女王様』です。何故そんなあだ名が付けられたのかを説明すると、その美貌もさることながら、彼女のキャラクターが本当に女王様のようだからです。そんな先輩ですが、男女共にすごく人気があって(普通なら嫌われてしまいそうな性格ですが)、俺にとっては正に高嶺の花。だけど今日、駄目元で夏祭りに誘ったら……

 

「犬、わた飴買ってきて」

白地に薔薇模様の浴衣を着た女王様ことナマエ先輩は、優雅に扇子を扇いで涼を取りながら、そんな命令を俺に下した。わた飴、わた飴……と。要求に背く理由なんてない。ただ、ここから屋台までは決してそう遠くはないけど、なんせこの人混みだから先輩と逸れてしまうんじゃないかとか、俺が買いに行っている間にナンパされてしまうんじゃないかとか、そんなちょっとした不安が脳裏を過ぎる。

「先輩、ここから動かないで下さいね」
「云われなくても動かないわよ。ほら、さっさと行ってきなさい」
「は、はい」

俺は人波に呑まれながらも一度だけ振り返る。すると、先輩の姿は忽ちのうちに掻き消されてしまった。屋台はどこもかしこも込んでいて、まだかまだか、と順番を心待ちにする俺。やっとの思いで右手にわた飴を持って戻ると、一歩も動くことなくそこにいてくれた先輩に、俺はほっと胸を撫で下ろした。

「先輩、どうぞ」
「どーも。あ、次は林檎飴と玉こんにゃくとチョコバナナ買って来なさい」
「(先輩よく食べるなぁ……)」
「あんたが今何考えてるか当ててあげようか?内容次第じゃ殴る」
「な、なんでもありません!」

で、云い付け通りチョコバナナと玉こんにゃくと林檎飴を買って来た俺。そうして歩き回っている内に空はすっかり暗くなっていて、腕時計を覗くと花火の打ち上げ開始まで後ちょっとだった。俺は“ついて来て下さい”とだけ云って、先輩をある場所へと案内する。そこは所謂『穴場』と呼ばれるスポットで、見物客も殆どいないから静かに花火を眺められる。先輩を喜ばせたくて、宍戸さんに教えてもらったんだ。「犬、よくできました。ご褒美あげる」「え?」先輩は女神さながらの美しい微笑を浮かべ頭を撫でると、俺の手に林檎飴を握らせて芝生に腰を下ろした。もらったはいいけどそれを本当に食べて良いのかわからない当の俺は、飴はそのままにひとまず先輩の隣に腰を下ろす。失礼します、なんて遠慮がちに。やっぱり見る限りじゃ人なんて全然いなくて、すごくどきどきそわそわしてしまう。もしかして、いま、先輩と二人っきり?

「やっぱ飴返して」
「あ、はい(食べなくて良かった…)」
「ていうか花火まだ?」
「もうすぐですよ」

あ、ほら。俺の声とほぼ同時に開始を告げるアナウンスが鳴り響き、早速一発目が打ち上げられた。

「綺麗ですね、先ぱ」

い、と言葉を続けることが出来なかったのは、俺の唇に先輩のそれが重ねられていたから。数秒間フリーズしていた俺は、すぐにぎゅっ、と頬を抓ってみる。痛い、ということは夢じゃないのか。「あの、先輩」唇を離した先輩は、あ、とかい、とか一言も口にすることなく視線をふいと夜空へ戻す。期待しても、良いのかな?胸のドキドキは限界まで達していて、もう気持ちを伝えずにはいられなかった。

「先輩、好きです」
「知ってる」

間髪入れずにそんな言葉が返ってきて、先輩の顔は再び俺の方を向く。

「だって、わたしもあんたが好きだもん」

色鮮やかな花火に照らされたその顔は、女王様なんかじゃなくてまるで恋する女の子のよう。宍戸さん、今年は去年よりも暑くて楽しい夏になりそうです。

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