移動教室だってのに肝心な教科書を教室に忘れて来たわたしたちは、相当な馬鹿だ。

「のう、少しサボってかん?」
化学実験室から遥々ここまで戻って来るなり、不真面目な仁王はそう云った。よく見なくても、彼は非常に眠そうだった。

「やだ。あの先生怖いもん」
「俺が守っちょる」
「あんまり嬉しくない」
「プリッ」

教室の窓は全開で、そこからふわりと入り込んでくる柔らかな春風はなんとも心地好い。と同時にそれは眠気を誘うもので、正直な話、わたしもサボりたい衝動に駆られた。だけどやっぱり先生が恐いから、そんな事は出来そうもない。だけどもだけど、眠くて足を動かす気にもなれない。ああ、いっそのこと誘惑に負けてしまおうか。

「ね、仁王」
「なんじゃ」
「貸して、ソレ」

わたしは真っすぐに、彼の鎖骨ら辺を指差した。

「ああ、ネクタイのことか?」
「うん。わたしねー、一度でいいからネクタイしてみたかったんだ」

机に腰掛けて足をぶらぶらさせるわたしに、しゅるり、ネクタイを解いた仁王はそれを丸めて投げ付けた。「ちょっと、投げないでよ」「キャッチボールの時間じゃ、ナマエ」机を一つ挟んで、わたしと同様に腰を下ろしている仁王。外の樹齢ン百年(事実かどうかは定かではない)だかいう木を眺める彼のその目は、睡魔に負けて今にも閉じようとしていた。

「あれ、なんか違う」

そんな奴を横目にネクタイを結ぼうと試みていたわたしは、いつの間にかそのネクタイによって首を絞められているというとんでもない現状に気が付いた。いつも男子がやっているのを思い浮かべながら手を動かしていたはずなのに、どこかで手順を誤ってしまったらしい。
「あーあー、何やっとんじゃ」

そんな惨事に仁王はわざわざわたしの前まで体を移動させると、慣れた手つきでネクタイを結び直してくれる。手とか顔とか色んなパーツが近すぎて、触れられてもいない頬がカァッと熱くなった。

「…ほっぺ、赤いぜよ」

照れて何も云い返せずに視線を斜め下に移すと、仁王はそんなわたしの頬に右手を添えて益々顔を近付けてくる。唇と唇の距離はそう無くて、キスだって出来そうな程だ。

「のう、今俺とキスしたいって思わんかった?」
「ばっ、馬鹿云わないでよ!誰があんたと」

その先は一瞬の出来事だった。反論しようとするわたしの後頭部を軽く押さえ付け、噛み付くようなキスをして唇を離すと、仁王はぺろりと色っぽく舌を出して云った。

「ごちそーさん」

その日の放課後、わたしは仁王から愛の告白なるものを受けた。キスと告白の順番が逆のような気もしたけど、まあいっか。わたしもこいつが好きだったから、特に問題はない。

赤い舌先が愛を零した//hmr


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