よくある話だと思う。今年の誕生日こそは大好きな人と一緒に過ごせると、お祝いしてもらえるのだと一人心待ちにしていたのに、その日を目前に喧嘩だなんて。喧嘩、という言葉の範疇に該当するのかは多少曖昧だけど、あれ以来口を聞いていないのは確かだ。となれば当然メールの送受信もしていないし、彼からの着信を告げるピンク色のランプが光ることだってない。今年こそは、ってあれだけ胸を膨らませていた想いが、この寒い冬空に一瞬にして消えてなくなるようだった。ナマエ、ナマエ。友人に名前を呼ばれて私は慌てて席を立つ。移動教室の為に動かす足がやけに重い。ふと隣の教室を見遣れば、飛び込んできたのは丸井くんと愉しげに会話をしている雅治の姿。もう一人、そこにはテニス部マネージャーの春田さんもいて。皆、笑顔で。いつもなら、微塵も気にしないことなのに。三人はクラスメイトなんだし、何より同じ部活で苦楽を共にしてきた仲間なんだから、いつどこでああやって親しくしていたって別になんてことない筈なのに。

分かってる。悪いのは、全部私なんだってことくらい。雅治はスポーツ推薦でもう進学先が決まっていて、親友たちも各々が大学受験の壁を乗り越えていて。自分だけが、自分だけが、と独りよがりな苛立ちを私は雅治に一方的にぶつけたのだ。彼なりの気遣いがいつだってそこにあったことを、私は知っていたのに。「雅治みたいに簡単に進学先が決まった人間に、私の気持ちが分かるわけないよ」そう発してしまった時の、彼のあの瞳。決して怒ってなどいなかった。ただ、悲しげに揺れていて。謝りたい。今すぐ謝りたいのにどうして私はこんな時まで素直になれないんだろう。ここが廊下だということも忘れ、とにかく泣きたくて仕方がなかった。

誕生日前日の夜。未だに仲直りが出来ないまま、10日まで残り1時間を切っていた。はあ、と携帯を握り締めてみても、後悔と罪悪感しか湧いてこない。嫌われちゃったかな。もう、駄目なのかな。真っ白なクッションに顔を埋め、心中で謝罪を繰り返しては幾分か経った頃だろうか。傍らで着信を告げるべく震動する携帯、ディスプレイには“雅治”の2文字。

「……もし、もし?」
『いきなりすまんのぅ。用があるけぇ、すぐそこの○○公園で待っとるナリ』

プツリ。10秒とかからずに切れてしまった電話。私は放り投げていた上着を羽織ると、飛び出すように家を出た。別れ話かもしれない。そう思うと、怖くて苦しくて堪らない。だけど、謝らなきゃ。謝って、本当はいつも雅治の言葉や優しさに救われていたんだって、それだけはちゃんと伝えなきゃ。凍え刺すような空気を頬に受けながら、私は駆けた。公園までの道のりを、街灯が照らす仄暗い夜道を、ただひたすらに。

「雅治!」

夜の帳に包まれ、不気味な程に閑散とした公園。辺りには車が通過する気配も無ければ、人の気配だってある筈もない。夜光時計の下に立っていた雅治は、ゆっくりと振り返った。表情は、あまりよく見えない。雅治、あの。ほんの1秒でさえ惜しくて、私は呼吸が整わないうちに口を開く。喉の奥に引っ掛かったままの「ごめんね」を、強がらずに口にしようと。

「すまんかった」
「……え?」

先に謝ってきたのは雅治だった。というよりも、彼には謝る理由も必要もないのに一体どうして。

「どうして…?どうして雅治が謝るの?私が悪いのに。私が、」雅治がああしてスポーツ推薦を得られたのは、それまでのたゆまぬ努力があったからこそ。私はそれを知りながら、受験の重圧に耐え切れずに自分勝手な怒りをぶつけてしまったんだ。客観的に見たって、単なる八つ当たりでしかないあの場面。雅治が謝らなければいけないことなんて、何もないのに。

「おまんのこと、もっとしっかり支えてやるべきじゃった」
「違うよ。雅治、雅治は何も悪くない。……ごめんね。雅治、本当にごめんね」

知り合った当初の印象は、正直良くなかったよ。冷たそうだし、飄々としていて何を考えてるのか全然理解出来ないし、女の子には随分と手が早そうだし。なんて、かつて私が抱いていた“仁王雅治”の人となりは決してろくなものじゃなかったけれど、本当は照れ屋で、愛情深くて、優しくて、こんなにも一途に想っていてくれる。そんな人なんだって気付くのに、そう時間は掛からなかった。

「お、もうすぐ時間じゃな。カウントダウンでもするかのぅ」

不意に時計を見上げ、そんな事を云い出した雅治に愛しさが込み上げてくる。ナマエも一緒に、なんて誘われれば声を揃えてカウントダウンを始める私。10、9、8……数える行為ただそれだけで、頬が緩んでしまう。7、6、5……こんなにも、大切だと想う気持ちを実感する。4、3、2、1……。短針と長針が、ピタリ、12の上で重なった瞬間。

「上、見てみんしゃい」

雅治が指差す先は空。云われるがままに見上げると、はらはらと舞い降りてくる何かが頬にそっと触れた。

「雪……?でも、予報だとまだまだ降らないって言ってたのに、」
「愛の力で降らせたナリ。どうじゃ、惚れ直したか?」
「……ばか」

するとどこに隠し持っていたのか、雅治は小さな紙袋を取り出した。差し出されたその中には、同様に小さく、赤いリボンで綺麗にラッピングされた箱がひとつ。開けてもいいのかな、そんな私の心の声を読んだのか、箱の中を見てみるよう雅治は促す。開けてみると、薄暗い中で何かがキラリと光った。「わあ……」ターコイズ、12月の誕生石が埋め込まれた指輪。箱の中で小さく輝くそれに、嬉しすぎて返す言葉が見つからない。分からない。分からないよ。だって、「ありがとう」や「好き」だけじゃ足りな過ぎる。言葉だけじゃ、どうしたって伝えきれない。私は雅治の胸にぽすん、と頭を預け、それでも必死に言葉を探した。好きじゃない。大好きでもない。

「ナマエ、誕生日おめでとう」
「…ありがとう。あの、雅治」
「ナマエ、」
「ん?」
「愛しとる」

抱き締められた体は、途端に熱を帯び。囁かれたその言葉に、鼓動は速さを増し。私も愛してる、そう伝えたかったのに塞がれてしまった唇。云わせてくれないなんて、なんだかずるい。その腕から、その唇から零れ落ちそうになる愛情を掬い上げるよう、私は強く抱き締め返した。

閑散とした公園。辺りには車が通過する気配も無ければ、人の気配だってある筈もない。ただ降る粉雪だけが、真夜中の二人を見ていた。

スノウ・スロウ・メロウ

未海ちゃん誕生日記念。
雪はまさかの跡部マジックです。

title:joy様


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