「なあなあ光」
「なんすか」
「漢字一文字で世相を表すやつ、あれ今年はなんやったっけ?」

男子テニス部のマネージャーと後輩の関係。それが所謂“彼氏と彼女”というより親密なものになって、早いものでもうじき半年という月日が経とうとしていた。初めは生意気だけど可愛い後輩、ただそれだけでしかなかったのに、気付いたらこんなにも光のことを目で追って、そしてこんなにも好きになっていたなんて。思い出せば、自然と口元が綻んでいく。そういえば、あのときは勝手に白玉善哉食べてめっちゃキレられたんだっけ。光が善哉好きだなんて知らなかったから、わたし超落ち込んだんだよね。うわあ、そんなこともあったなあ。なんかもう、遠い昔の出来事みたいに懐かしく感じるよ。

「彼氏ほったらかして何ぼけーっとしとるんです?」
「へ?あ、ごめんごめん。んで、何話してたんやっけ」

そう訊ねると、返ってきたのはアホちゃいます、という溜息混じりの容赦ない言葉。……こいつめ。その白玉善哉にまんべんなく胡椒をぶっかけてやろうか。なんて暗暗裏に企てている最中に思い出した。今年の世相を表す漢字が何なのか、って話をしてたんだった。しかも、それ云い出したのわたし。うわあ、確かにアホだ。ごめんごめん、わたしはもう一度謝辞を口にした。ま、ええっすわ。そう云う光の素っ気なさはいつもと変わらない。

「今年は確か“暑”やったと思いますわ」
「へえー。なんでなん?」
「夏の猛暑で熱中症やら野菜の価格の高騰が激しかったとか、そんなんちゃいましたっけ。後は忘れました」
「ふーん」

数週間前にオープンしたばかりのお洒落なカフェテリア。部活がオフの日にこうしてCDショップやカフェへ足を運ぶのも、わたしたちの中ではすっかり日課となっていた。店内に学生の姿も多く見られるのは、ここが駅へ向かう商店街の一角にあるからだろう。こうしていると学校の食堂にいるみたい、というムードもへったくれもない発言は心にしまっておくことにして。

「ところで先輩、さっき何考えてはったんですか?」
「さっき?あー……秘密や。ひ・み・つ」
「うわ、なんかムカつきますわ」

云えるわけないよ。思い出に耽ってました、だけならまだしも、喜怒哀楽に富んだ青い春を経て、いつのまにかこんなにも、胸が苦しくなるくらい光のことを好きになっていた、だなんて云ったら調子こきそうだもんこいつ。だから云わないよ。うん、絶対云わない。わたしだけの秘密。

「あ、ほんならさー。光は今年一年を漢字一文字に表すとしたら何なん?」
「俺っすか?……先輩は?」
「わたしはねー。“涙”かな」
「へえ。なんでまた」

ちっとも意外じゃないと思うんだ。たとえば全国大会への切符を手にしたことだとか、たとえば光と喧嘩して一週間口を聞かなかったことだとか。今年一年を振り返ってみたら本当にいろんな出来事があって、その度に嬉しくて泣いたり、悲しくて泣いたり、悔しくて泣いたりしてきたから。だから、“涙”なんだよ。

「で、光は?」
「……俺は“愛”ですわ」
「愛?それこそ意外ー。わたしはてっきり“無”かと」
「うっさいっすわ。先帰りますよ」
「あはは、ごめんなー。でも、なんで愛なん?」

笑ってそう問えば、わたしの目を痛いくらいに見つめてくる光。これでもかって、穴が開いてしまうんじゃないかってくらい。えーなになにどないしたん、そう聞こうと軽く身を乗り出した瞬間。

時が、止まった気がした。

「ひ、ひか……っ」

噛み付くようなキス。身を乗り出したのをいいことに、後頭部に手を回していささか強引に、光はわたしの唇を、そして呼吸を奪ったのだ。どれくらいの時間、そうしていたのかなんてわかるはずもなくて。唇が離れても尚呆然としたまま、彼の突拍子もなさすぎる行為に口を開くどころか瞬きさえ忘れてしまいそうな程、フリーズしてしまっているわたし。ここで周囲の視線を独り占めしていることをようやく知ると、あまりの羞恥に顔を上げることができなかった。おへそじゃなくて、いまならこの顔の熱でお茶を沸かせそうだよ。

「理由、気になります?」
「……う、うん」
「こうやって見せ付けたいくらい、ナマエのことを好きになったからっすわ」

その唇で蝕んで

「せ、せやったら来年は?」
「さあ。今からわかるわけないやないすか」


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