「ブンちゃんの馬鹿!」

ぱぁん、と教室に響き渡る痛々しい音。夕焼けでオレンジ色に染まるそこには、先日まで手を繋いだりキスをしたり、抱き合ったりと幸せに満ち足りていた筈の二人の姿があり、そして色付いた空間の傍らには、最悪のタイミングで忘れ物を取りに来てしまった私。

「もう無理だよ……別れる…っ」普段は笑顔の絶えない可愛らしいあの子が、怒りや哀しみに顔をぐしゃりと歪めて走って行く。それを見届けるかのように、私はいつまでもいつまでも消えていく背中に視線を送っていた。

誰か、そこにいんの?いけない。不意に鳴らしてしまった足音に、丸井くんは蚊の鳴くような声で呟く。彼の位置からならきっと私の姿なんて確認出来ない筈だし、だからこのまま逃げ去ったって、扉越しに私が別れの場面を目撃してしまったことを気付かれる心配もない。けれど、私はそうしなかった。

「あ、ご、ごめんね。忘れ物取りに来ただけだから……」

困ったことに、丸井くんが今腰を下ろしているのは私のすぐ隣の席で。こういう時くらいだろうか、窓際なんて幸運な席になったことを恨んだりするのは。
私は静かに、足音すら立てないように怖ず怖ずと近付いて、私に忘れられた数学の教科書を睨みつける。そうしてこの場を離れようとした時だった。
突然引っ張られた左腕。あまりにも強すぎたその力に、バランスを崩した私はそのまま丸井くんの胸の中に飛び込んでしまった。わりぃ、彼が零したたったその一言に、私は唇をきゅっと結び直す。
丸井くん、頬に当たる髪の毛がくすぐったいよ。ねえ丸井くん、そんなにきつく抱き締めないでよ。ねえ、

「泣いてもいいんだよ、丸井くん」

大嫌いだった。私は、私を抱き締める丸井ブン太のことが。
彼はクラスメートの仁王雅治に負けず劣らずのプレイボーイで、女子とあらば見境なく手は出すし、現に私の友人も何人かが弄ばれたりしていて、全てのケースにおいて彼だけが悪いのかは定かでないにしても、一度と云わず懲りるまで痛い目に遭えばいいのにと私は常日頃から思っていた。
けれど、彼は変わった。あの子に、恋をしてから。丸井くんは浮気しなくなった。他の女の子とは、メールや電話ですら一切合切しなくなった。あの子が辛い時は、すぐに駆け付けてあげた。あの子の幸せの為に、彼は必死で変わろうとした。
ねえ、何がいけなかったの?丸井くんのどこがいけなかったの?あなたの為にあれ程頑張っていたのに、あなたは一体何が気に食わなかったの?私、あなたが羨ましい。丸井くんをここまで変えたあなたが。丸井くんに本物の愛を教えたあなたが。羨ましくて、悲しいよ。だって私じゃ駄目だから。私と彼とじゃ、どこまでいっても所詮友達でしかないのだから。

「……俺、何がいけなかったんだろな」

悪くない。あなたは何も悪くない。そう言葉にする代わりに、私は彼を抱き締め返した。
あの時、逃げたってきっと問題はなかった。私があの場にいたなんて、気付かれる心配もなかった。けれどそうしなかったのは、傷付いたあなたの心にちょっとでも入り込めるかもしれないと、そんな期待にも似た感情を抱いてしまったから。



「……狡いよね、私」

好きな人の心が手に入るなら、地獄に堕ちたって構わない。そう思うようになったのは、あなたに恋をしてからでした。

title:joy



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