クラスメートのYちゃんはピアニストになりたくて、親友のMは婦警さんになりたくて、幼馴染みのSはグランドホステスになりたいらしい。気付くと皆、大なり小なり夢を持っていた。気付くとわたしだけが、独り取り残されていた。進路希望調査表、薄っぺらい紙切れは空欄のまま。担任には高校のこの時期にやりたい事が一つも無いのはまずいぞ、なんて云われた。プレッシャーを掛けられた。それでもやっぱり、何も見付けられなかった。

「とりあえずね、進学はするつもりなんだけど……」

うんうんとわたしの隣で頷きながら話を聞いてくれるジローちゃん。昼下がりの中庭はぽかぽかと暖かな陽射しに包まれ、いつもなら一秒と要さずに眠りに就いているだろうところを今ばかりはちゃんと起きて相談に乗ってくれている。零れたいちごミルクに群がる蟻を、時折ちょんちょんと枝で突きながらも真剣に。進学はするけれどそれは言葉通り“とりあえず”で、だから大学なんてどこでも良かった。別にわたしはエリートになりたい訳じゃないから有名私立大に行く気なんかないし、まあそもそもわたしなんかが行けるはずもないけれど、それに音楽を学びたい訳でも絵を学びたい訳でも、況してや医学薬学法学と複数の中から絞られた何か一つの事を学びたい訳でもない。ただ普通に勉強が出来るなら、場所に拘りはこれといって無かった。

そういえば、ジローちゃんの夢ってなんだろう。ふと抱いた疑問を彼に投げ掛けてみると、芝生に寝転がり枝に攀じ登る蟻を凝視していたジローちゃんは顔を上げ、にかっと笑って答えてくれた。

「俺はやっぱりテニスが大好きだから、テニスに関わることがしたいな」

別段好きなものも打ち込める何かも持たないわたしには、ジローちゃんのその輝きが羨ましくて仕方なかった。強いて云うならお笑いはまあまあ好き、でも芸人を目指そうという気は更々ない。それに例えばもしわたしがテニスをやっていたとしても、きっとジローちゃんの様には考えられない。ジローちゃんは上手だからそう思えるんだよ。何をやっても中途半端なわたしには、ただただ苦痛でしかない。

ミョウジナマエ、医者の両親と兄に検察官の姉を持つわたしは典型的なエリート一家の末っ子として産まれた。成績優秀、スポーツ万能と何でもそつなくこなすわたしの家族は皆まるで跡部くんのような完璧人間だ。対してわたしはどうかと云うと、学業にしろスポーツにしろ残せる結果は人並み以下、云ってしまえば落ちこぼれ、更に云えばミョウジ家のお荷物に過ぎない。育った家庭が家庭だから、尚更それが際立って見えてしまうのだ。以前から自覚はしていたけれど、こうして改めて意識すると悲しみや周囲から受ける重圧は一入増すもので。いい加減見限ってほしいよ。だってわたしには何もないもの。

口をついて出るのはネガティブな発言ばかり。すると、これ以上そんな発言はさせまいとでもするかのようにわたしの唇に人差し指を軽く押し当てるジローちゃん。見れば、どこか怒ったような表情をしていた。

「あるじゃん、ナマエにも出来ること」
「……え?」
「俺のお嫁さん」

高校を卒業したら、もしかしなくても遠距離恋愛になっちゃうと思うんだ。それでももし「俺を好き」って気持ちが変わらなかったら、その時は俺と結婚してください。すうっと大きく息を吸い込んでから、ジローちゃんは少しばかり気恥ずかしそうにそう述べた。え、それって。みたい、なんかじゃなくてプロポーズ、なんだよね?
ああ、そっか。
わたしにもちゃんとあったよ、自信を持って云えることが。それは今わたしの隣にいるジローちゃんを、ボーイフレンドのジローちゃんを好きな気持ちは誰にも負けないってこと。好き。大好き。ご両親にだけは負けてしまうかもしれないけれど、ジローちゃんが大大大好き。ガキみたいだと、馬鹿みたいだと呆れられたって構わない。だって周囲が何と云おうとこの気持ちに嘘偽りは無いし、わたしにとっては声高に誇れることだから。

「よろしくお願いします、ジローちゃん」

 いつまでもいとしいひと

未来は誰にも分からない。五年後、十年後のわたしがどこにいるのかなんて誰にも分かるはずがない。ジローちゃんに、他に好きな人ができてしまうかもしれない。それでもわたしたちのこの想いは、変わらないと信じたい。大好きな人を世界で一番幸せにしたい、そんな夢も、有りだよね?

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結局進路希望調査表はどうなったのかというツッコミは無しでお願いします。

title:hmr

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