どっちかっちゅうたら好意を持たれることが殆どやった俺が、こないに誰か一人を盲目的に好きになる日が来よるなんてそん時はちっとも思ってへんかった。

先輩との出会いはロマンチックなもんとちゃうくて至って普通、偶然廊下ですれ違った顧問のオサムちゃんに言伝を頼まれて部長らの教室へ行ったことから始まった。どないして俺が行かなあかんねん、ごっつだるいわ。あん時はそう思たけど、今となってはほんまに感謝しとる。教室の引き戸の前で部長らと話しとって、俺の視線は何気なく室内の窓側後方、丁度ナマエ先輩の居てる方に向けられてん。その瞬間ばちっと目が合うて、俺はナマエ先輩から視線を逸らせへんかった。特別煩くもおとなしくもなく、せやけどどこか云い知れぬ影を持ってはった先輩の、その強い光を宿した不思議な瞳は俺を引き付けて離そうとせんかった。
一目惚れっちゅう程でもあらへんかってんけど、あの日を境に気になり出したんは事実で。どないな人なんかと部長らに訊ねてみたくてもそれが憚られたんは、単純な話、冷やかされるんが嫌やったから。以降ちょいちょい用事を見付けては先輩らの教室へ赴いて、その度にナマエ先輩の姿を頻りに追っとった俺の様子は客観的に見たらドえらい乙女やったかもしれん。俺が教室へ行きよれば飽きもせずきゃーきゃー騒ぎ立てる外野と違て、何の反応も示さへんナマエ先輩。流行りとか噂とか、多分そないなもんに興味があらへんのやろな。やから俺の存在を知っとるかどうかも定かやのうて、益々上手いアプローチの仕方に俺は頭を悩ませた。天才云うてもそれはあくまでテニスに関しての話やし、ナマエ先輩相手に普段の強気な自分のままでおることは難しかった。どないな訳かな。
ほんで胸ん中で燻るこの感情が恋やと確信したんは、いつやったかオサムちゃんと談笑してはる先輩の笑た顔を目にした時。むっちゃ可愛え。ナマエ先輩、あないな風に笑うんや。初めて見たその笑顔に、柄にもなくドキドキしとる自分がおった。

少しでも先輩の目に留まろうと画策しとる最中、自身が引き起こしはった不祥事で保健医が急遽離任することになった。大人の癖してアホやな。いつ誰が来よるかも分からへん保健室で白昼堂々セックスて。百パーセント自業自得、当然同情する奴なんか居てへんかった。勿論、俺を含め。

まあ保健医がどうなろうが知ったこっちゃないねんけど、どうにも引っ掛かる事が一つ。あの写真はどれもこれも保健医の姿だけが鮮明に映し出されとって、なんや一方的な悪意みたいなんを感じずにはいられへんかった。やって偶然にしちゃ出来すぎてへんか?相手はこれまた上手い具合に誰か分からんようになっとるし、俺にはあの写真が保健医を陥れる為に撮られたもんとしか思えへんかった。

そんな訳であれがオサムちゃんやってことを知っとるんは、精々テニス部の人間くらいやろな。部長に話題にせんときっちゅうて窘められはったから下火になるんはすぐやってんけど。しかしオサムちゃんの体たらくっぷりには熟々笑てまうわ。
その数日後に今度は資料室でセックスに勤しんではった顧問を目撃した時は、学習能力の無さに思わず吹き出しそうになってもうたしな。せやけどその相手がナマエ先輩だと後々気付いた時はさすがに笑える筈ものうて、俺はオサムちゃんを心底軽蔑したっちゅうわけや。
オサムちゃんと保健医の関係が遊びかどうかなんて知らんしどうでもええねんけど、もしナマエ先輩を慰み者にしてはるんならほんまに許せへんわ。事実はどうであれこん時の俺はオサムちゃんに対してのみ憤りを感じとって、やからあの悪意剥き出しの写真をばらまいたんもセックスに持ち込んだんも全て先輩やったっちゅう考えなんかあらへんかった。ナマエ先輩の好きな奴がよりによってうちの顧問やったなんて、正直信じたなかった。真実は残酷で、それでも俺には先輩を諦めることなんか出来ひんかったんや。


ナマエ先輩に告白したんは、それから約一ヶ月が過ぎた頃のこと。結局先輩との距離は満足に縮められんくて、あれだけ悩んだことに意味があったんかとしょうもない疑問だけが俺ん中に残ってもうた。あん時も今も、その瞳が映してはるんはオサムちゃん一人だけ。先輩の諾唯がどないなもんかは考えるまでものうて、それでも断らせたくないあまり一番やなくてもええから傍に居させてほしいんすわと縋る勢いの俺。ある意味先輩への想いを信じ、賭けとった。こんだけ先輩を好いとるんや、いつかは振り向いてくれはるやろうし、いつかは報われる筈やと。

俺はとにかく献身した。先輩が我が儘を云いよることはほぼあらへんかってんけど、たまにあれがしたい云われたら素直に従ったし、あそこへ行きたい云われたら部活を休むことも厭わんかった。先輩は嘘つきやった。私も好きだよとか財前だけを見てるよとか、どれもこれも見え透いた嘘ばかり。まあ嘘やと知りながらそれを云わせとる俺はほんまもんのアホやっちゅうことか。嘘も吐き続ければ真実になる、多分その言葉を信じたかってん。

付き合い出した云うても、先輩とオサムちゃんの関係が終わった訳とちゃうかった。引き止めようにも俺はその権利を持ってへん。一番やなくてええ云うたんは間違いなく俺やし、無理に引き止めて嫌われてもうたら、そないな不安もあって余計に経過を見届けることしか俺には出来ひんかった。
それから暫くすると、先輩に八つ当たりされることが度々でてきよった。オサムちゃんと上手くいってへんのやろか。実情を把握することは敵わんかってんけど、それならそれで好都合やと俺は喜んで先輩の怒りの捌け口となった。ほんであの日、遂に先輩はオサムちゃんに終わりを切り出され、その数日後には俺自身もまた、先輩に別れを告げられた。





「別れるって、俺んこと嫌いになったんですか……?」
「そうじゃないよ。光、そうじゃない」
「せやったらなんで、」

オサムちゃんとの繋がりを失って、俺はこれまで以上にナマエ先輩の支えになれると確信しとった。事実目の前の先輩は今にも崩れ落ちてまいそうな脆弱な雰囲気を漂わせとって、俺がおらんと立っとることもままならん程やったし。ただ一つの誤算は、先輩が想像しとったよりもずっと強かったっちゅうこと。もう俺んことを振り回したないからと、苦しめたないからとナマエ先輩は別れの理由を口にする。俺を見据える先輩を抱き締めようと伸ばした手は呆気なく躱されてもうて、行き場を無くしたそれは下でグッと拳を作った。

「もっと利用したらええやないですか。せやから別れるなんて云わんといてください」
「光には……絶対にいる筈だよ。光のことを、幸せにしてくれる子が」
「嫌や。俺はあんたやなきゃ嫌や」

先輩が今もまだオサムちゃんを好きなんはその瞳を見れば嫌っちゅう程理解出来るし、このまま関係を続けても俺の想いが報われる保証もあらへんことは重々分かっとる。傷つくんも俺、苦しむんも俺。ほんなら今ここできっぱりと別れた方がええのかもしれへんな。先輩とのことやって、いつかは過去になる日が来るやろうし。せやけどそれはあくまで“いつか”の話であって、今とちゃう。こないに先輩が好きな今のこの気持ちを殺すなんて無理やねん。
別れたない、ナマエ先輩、俺ほんまに別れたないんです。今の俺は振られても尚縋り付く、普段から心底辟易しとった筈のよう見る女子の姿そのまんまで。体裁なんか気にしとられんかった。どう思われようが構わんかった。どれもこれも、先輩を失う辛さに比べたら痛くも痒くもあらへん。
先輩、知っとります?俺が別れたないんは、全部が全部先輩の為とちゃうんですよ。こうして先輩に触れるんも、キスするんもセックスするんも、俺であってほしいんです。オサムちゃんとの関係が断たれた今、俺だけであってほしいんです。例え、先輩の目に俺が映ってへんかったとしても。

「好きっすわ、先輩」
「私も好きだよ、光」
「ずっと俺ん傍におって、俺だけを見とってくださいね」
「うん。ずっと光の傍にいるし、光だけを見てるよ」

後どんくらいで、俺は先輩の一番になれますか?一体どないしたら、俺は先輩の一番になれますか?声に出来ひん言葉は胸ん中に積み重なって、やっぱり苦しい。せやけど先輩は愛しそうに、好きや云うて笑てくれる。抱き寄せれば、俺に温もりを感じさせてくれる。やからあんたが好きなんです。あんたは決して、嘘でも“嫌い”と云わへん人やから。

その言葉が間違いだと知っているのに正しい音を紡げない僕たちは何度も何度もそれを紡ぐ。

title:hmr


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