「ねえ、ごめんってば」

私が今ほとほと困り果てている要因は、目の前のこの男、幸村精市にある。そして彼の機嫌が頗る悪いその原因は、疑うまでもなく私にあった。

3月5日、精市の誕生日に登校するや否や本日の主役である彼に拉致監禁されるなんて一体誰が予測出来ただろう。この状況で朝練はどうしたのとは聞ける筈もない。こんな形ではあるが初めて入室を許可されたテニス部の部室は想像していたよりも奇麗にされていて、男子だけのむさ苦しさは然ほど感じられなかった。普段から精市や真田くんの躾というか指導というか、まあ部員に対する教育が行き届いていることが窺える。

その精市はといえば先程から終始そっぽを向いており、そんな子供っぽい一面を非常に珍しく思いながらもどうすれば機嫌を直してくれるのかという最大にして最悪の課題は、この気まずい空気から私を一向に解放してくれそうもなかった。

迂闊だった。と云うより、考えてもいなかったのだ。柳生くんと二人で話していたことに、精市がここまで嫉妬するなんて。
元々私と柳生くんは委員会が同じという接点があるだけで、ほんの数日前までは会話ひとつすらしたことのない間柄だった。距離を縮めたきっかけは、ある意味精市にある。彼に贈るプレゼントに頭を悩ませていたところを、たまたま委員会の仕事を手伝ってくれたことが運んで柳生くんが相談に乗ってくれたのだ。
精市は物欲が無さすぎた。およそ一ヶ月程前、今日この日を狙って彼に訊ねてみたことがある。ねえ精市、今欲しい物ってある?それに対して精市の返答は“ナマエ”という至ってシンプル且つ大胆窮まりないものだったから、私はそうですかと渇いた笑みを浮かべるしかなかったのだが。精市は人に物をねだるということをしない。寧ろ知らないのではと思うくらい。普段魔王だとか云われている彼も、そこは謙虚というか何というか。

形として残る“物”でいつまでも決め兼ねているくらいなら、何か催してみるとか?氷帝の跡部くんは確か、去年自分の誕生日に100人だか200人だか招いてナイトクルージングしたんだって。さすが金持ちはやることが派手だね。まあ庶民の私には生憎そんなことをするお金も伝手もないんだけど。ていうかよくよく考えたら、私一人で何か企画するんじゃショボくれてることは一目瞭然じゃん。ああもうほんとどうしよう誕生日まで時間ないのに!泡を食う私に柳生くんは云った。

ミョウジさんからのプレゼントであれば、中身が何であれ幸村くんは喜んでくれると思いますよ。

彼のその一言はまるで安定剤のように私の心を落ち着かせてくれて、その言葉があったからこそ私は決断することが出来た。それが約五日前。
そして昨日、今度は私が仕事を手伝う番だった。助言をくれた柳生くんに改めてお礼を云おう、そんな思いで彼に声を掛けたその現場をまさか精市が目撃し、剰え嫉妬までするとは想定外だったのだ。

「あのね、ナマエは俺をなんだと思ってるの?」
「……へ?」
「俺だって一人の人間だし男なんだから、嫉妬ぐらいするに決まってるだろ」

今更だけど私の行動は随分と軽率だったかもしれない。だってこれが逆の立場、つまり精市が他の女の子と親しげに話していたら、私だってやっぱり嫉妬していただろうし。束縛しようなんて考えはそもそも持ち合わせていないから、異性と会話することそれ自体を何とも思っていなくても、度が過ぎていたらきっといい顔は出来ない。昨日の私と柳生くんが第三者には親しげに映ったのかどうかは定かではないけど、精市への配慮が足りてなかったことだけは事実だと思う。

「ていうか、ナマエはどうして俺がいつも“練習見に来るな”って口酸っぱく云ってたか考えたことある?」
「じゃ、邪魔だから……?」

怖ず怖ずと言葉を返す私に、漸く向き直ってくれた精市は“バカ”の一言。正直その点については自分でもあまり考えないようにしていた。私が行けば練習の妨げになるのは間違いないだろうし、邪魔なら邪魔で仕方ない、だけど面と向かってそうだと云われるのが怖かったのだ。
今まで拒んでたのはそういうことじゃないの?口にせずとも伝わったのか、眉を下げる私の頭にぽんと手を置くと、精市がふっと見せたのはどこか拗ねたような、そんな顔。

「……他の奴らにナマエを見せたくなかったんだよ。話し掛けられても嫌だし」笑った顔、怒った顔、驚いた顔、悲しんだ顔。沢山の表情を見てきた筈なのに、こんな精市を私は知らない。こんな幼さを孕んだ精市の瞳を、私は終ぞ見たことがない。彼の私を想う気持ちはもっともっと身近にあったんだ。それが嬉しくて思わずにやけてしまった私の頬を、何笑ってんだよと云わんばかりに抓る精市。本当云うと、もうちょっと見ていたかったな、その表情。

「ったく、あんまりおいたが過ぎると俺も何するか分からないよ」
「ん、ごめん。精市、」
「なに?」
「誕生日、おめでとう」

明日はもっと君を愛そう

「ありがとう」

だけどやっぱり、私はこの笑顔が一番好き。

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ハッピーバースデー幸村!

20110305

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テーマ「人外ファンタジー」
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