ただの幼馴染みのはずが気付いたら特別な存在になっていた。なんて少女漫画にありがちな謂わば幼馴染みにおける法則のようなものが、わたしと財前光に適用されることは今日に至るまでなかった。異性として意識したりだとかちょっとした仕草にどきりとしてしまっただとか、そういった事例も全くと云っていい程に。何気なく頭を撫でられたことはある。と、思う。これがもし他の、たとえばブサメン相手だったとしても光以外の男の子にされていたなら、わたしだって立派な女の子なのだから多少は胸が高鳴ることもあっただろうに。まあブサメンっていっても限度はあるけど。ところがどっこい、光にやられるとなんかガキ扱いされてるみたいで無性に腹が立つんだよね。

「で?」

放課後の教室で、ひとり巷で大人気の少女漫画を読み耽っていたわたしの前に突如として現れたのはジャージ姿の光。帰宅せずにこうして居残っているのは、カラオケへ行こうと誘ってくれた友人が今し方生徒指導室に強制連行されてしまったからだ。歩く校則違反と呼ばれるくらい日頃から校則は破るわ授業はサボりまくるわで、いったい何分かかるか分かったもんじゃない。まあ彼女が貸してくれたこの漫画のおかげで待ち時間を退屈せずに済んでいるので良しとする。そんな時にやって来た光は室内にわたしの姿を発見するや否や、横からすっと漫画を取り上げたのだった。ちょ、見せろってかつーかどこのジャイアンだよお前は。

「ナマエもこないな漫画読むんやな」
「そりゃわたしかて女の子やし」
「おんなのこ」

異議あり気な視線に足を軽く踏み付けると手加減も無しに頭を叩かれた。馬鹿になってもたらどないすんねんと噛み付けば、叩いた方がまともになるやろと歯に衣着せぬ物云いで光はそう応える。ふ、ふん。自分が天才だからって調子乗んなよバーカバーカ!なんて小学生じみた発言は心の中に押し込んだ。
で?わたしは再びその一文字を発してみる。今練習中とちゃうの?んなもんジャージ着とるん見たら分かるやろお前どこまでアホやねん。きいいいむ・か・つ・く!こいつはどこまでも人の神経を逆撫ですることに長けていやがる。ええそうですねジャージ姿見たら普通は想像つきますもんね。

「ピアス落としてもたんや」

光は珍しく落ち込んでいた。ここまで感情を表に出すことはあまり無かったように思う。聞けば赤色のピアスを紛失してしまったそうな。気付いたのはここへ来るほんの数分前で、それ故いつどこで落としてしまったのかは当然覚えていない。しかし今日はそれほど移動教室もなかったことから、可能性として考えられるのはここか調理室か食堂か資料室の計四箇所。資料室はオサムちゃんに雑用を命じられて立ち寄ったらしい、それにしても練習を中断しなければいけない程ピアスが大事なんだろうか。あんなの似たやつなんてどこにでも売ってるんだからまた買えばいいのに。第一白石部長もよく許可してくれたもんだ。
はぁ、どないしよ。溜息をつく光。そういえばこの間誰だかが財前くんの溜息って色っぽいよねとか云って騒いでたな。えええこいつが色っぽいとかないわー。謙也先輩と同じくらいギャグじゃん。想像に小さく吹き出したらまたしても頭をばこんと叩かれた。だからわたしはモグラ叩きじゃないっつーの!

「ほんまどないしよ。俺のファンとかがきゃーこれ財前くんのやん貰っちゃおー云うて持ち帰ってたりしたら」
「きもい」
「死ね」
「生きる」

要はわたしにも探してほしいってことなんだろう。友人が戻って来るまでなら協力してやらないこともないけど、と上から目線で応じてみれば、小さく舌打ちをして踵を返した。すたすた自分のペースで光は歩いて行く。漫画を紙袋にしまい、確認し得ないだろうとは思いつつも友人にピアス探しを手伝っているという旨のメールを送ると、既に消えてしまった奴を慌てて追うのだった。

今日一日の足跡を辿ってみる。日暮れということもあり廊下は薄暗く、肉眼で探す限りではそれらしい物が落ちている気配はなかった。そりゃ簡単に見付かったら苦労しないもんな。ていうか仮に無くしたのが清掃前だったらぶっちゃけ絶望的じゃん。そう考えはしたものの口に出すことは避け、時折中腰の姿勢で光の後をわたしは歩く。
着いた。調理室の前で足を止めた光は引き戸に手を掛ける。うん、よし。ドアは開いていた。ただし、もう少し遅ければ施錠されていたかもしれない。なるべく早く全ての教室を回って、それで奇跡的に見付かればいいんだけど。
調理室の窓側をわたしが、ドア側を光が攻めていく。清掃されたはずが隅々に散在している食べかすに、四つん這いで探すのをわたしは断念した。光は黙り込んだままで、こんなにも閑散としているのに呼吸すら聞こえない。まるでわたししかいないような、そんな錯覚に陥った。ちく、たく、ちく、たく。針の動く音を頭上に受けながら、きつい姿勢のせいで太股に痛みを感じたわたしは立ち上がる。絶対に筋肉痛なるな、これ。あったー?その問い掛けに返答は無い。代わりに奴が零した溜息が、結果を物語っていた。うーん、ここじゃないのか。
調理室を出たわたしと光はその足で資料室へと向かう。そこか食堂になければそれは即ちどこにも落ちていないことを意味する。どうか見付かりますようにと半ば祈る気持ちだ。わたしにはそのピアスの価値が分からないけど、光がらしくないと調子狂っちゃうし。数百メートル離れた所に位置する資料室のドアを開けると、想定外の埃っぽさにわたしは咳込んだ。煙草臭さも相俟って酷い空気だ。ここは光に任せるとしよう。

「あるー?」
「……ないわ。ちゅうかここ、ほんのちょっと立ち寄っただけやし」
「ほな後は食堂だけか、」

わたしはばしんと光の背中を叩く。先程の仕返しではない、わたしなりの励ましのつもりだ。光にはちゃんと伝わってくれただろう。言葉での意志疎通がなくても、意図していることを汲み取るなんてわたしたちにとっては朝飯前だ。あんたがそんな後ろ向きでどうすんの!そんな意味を込めてわたしが取った行動に、光は数分振りに頭を小突いてくる。あれ、今手加減してくれたの?珍しく優しさを垣間見せた光にきもーいと戯けてみせれば、ナマエも生物学的には女やしなとか抜かしやがった。
そんなこんなで人も疎らな放課後の校内を歩いていたわたしたちは、漸く食堂に着くと再び手分けして探し始める。真ん中のテーブルを使ったんならあんな遠くに落ちてることはないと思うけど。ナマエ。わたしの名前を呼ぶ光に声だけで反応を示せば、奴の二の句はもしかしてピアスが見付かったのかと一瞬抱いた期待を大いに打ち砕いたのだった。お前、パンツ見えとるで。

「何見とんねん!見物料一回一万円いただきますー」
「ぼったくりもええとこやぞ。大体ナマエにやるんならオサムちゃんにでも寄付するわ」
「あないギャンブラーに渡してもたらそれこそドブに捨てるようなもんやろ」
「ナマエ=ドブ」
「死ね」
「生きる」

おいこらお前さっき生物学的には女って認めたよなそれなのにわたし=ドブって何やねん。キックを喰らわそうと試みたが足が短くて届かなかったので諦めた。あ、ちゅうかさー。わたしは冒頭から気になっていたことを訊ねてみることにした。そないに大事なピアスなん?また買えばええ話とちゃうん?すると、光は云うのだった。

「あれは大切な先輩から貰たやつやねん」

光の右隣に立つ女の子は、大袈裟な云い方をすれば見る度に変わっていた。それは光が浮気魔だからとか遊びで付き合っているからとかではない。ミョウジさんにするようにもっと優しくしてくれると思ってただの、もっと二人の時間を大事にしてくれると思ってただのと彼女の方が一方的に文句を並べ立てて、終いにはもう無理だと別れを切り出すからだ。そんな勝手な話があるか。よく知りもしないでああだこうだと決め付けられたら光だって堪ったもんじゃない。そうやって別れた女の子たちが光の悪口を云っているのを耳にすれば、どうしようもなく怒りが込み上げてくるのだ。自分たちの思い込みを棚に上げてよくそんな好き勝手云えるよね。大体、冗談でも悪態をついていいのはわたしだけなんだから。そこに独占欲は、確かに存在していた。
それに。思い込んでいたのはわたしだって同じだった。光を1番に理解しているのはわたし。そう自負していた。光を笑わせられるのも驚かせられるのも、さっきのように以心伝心出来るのもわたしだけで、左隣はこの先もわたしの為だけのポジションなんだと。たとえわたしたちが、彼氏彼女という間柄になかったとしても。ぎゅう。左手で拳を作る。せっかく、せっかく見付けたのに。たった今発見したばかりの赤色のピアスは、掌の中で存在を主張する。先輩って。何となしに聞いてみようとしても、喉元までやって来た言葉は意に反して引っ込んでしまった。マネージャーさん?それともただの先輩?それとも、他校の人?聞けなかった。今までは付き合っても長続きしなかったし、別れたらやっぱりナマエといてるんが1番やわなんて云ってくれていたからわたしも余裕こいていた。だけど、今度こそ光は他の人のものになってしまうかもしれない。遠くに行ってしまうかもしれない。そう考えたら、すごく怖かった。すごく、寂しかった。

「(……ごめん、光)」

渡せない。渡したくない。握り締めていたピアスをわたしはそっと制服のポケットに忍ばせる。いっそ光の耳たぶになんか戻らなきゃいいんだ。そうやって、誰かを想う姿を目にするくらいなら。わたしは胸元を押さえた。心臓が鷲掴みされたように苦しい。この気持ちは何なんだろう。分からない、だけどこれは恋じゃない。恋なんかじゃ、

いつかその意味に出逢うよ//獣

20110322


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テーマ「人外ファンタジー」
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