「ミョウジー、スカートからなんか出とるで」
「えっ、な、なん!?」
「足」
「死ね白石ぃい!」

わたしと白石は知り合った頃からこんな関係、つまり冗談を云ったり云われたり、背中を叩いたり叩かれたりするような間柄だった。わたしの粗野で男臭い性格がそうさせているのは云わずもがな、実際のところ白石に限らず謙也や一氏その他大勢ともこんな風に接している。思うに白石はかなりのフェミニストなので相手がわたし以外の女の子だったら背中を無遠慮に叩くだなんて真似はまかり間違ってもしないだろう。だからこの時点でわたしが女として扱われていないことがよーく分かる。別にそれならそれで良かった。だって女で白石とこういう風に戯れ合える存在って多分わたしくらいじゃん?そういうある意味での特別って心地好かったりするし。

でも、それは今までの話。
他の女の子が羨ましい、他の女の子にするように接してほしい。白石に対する恋心を自覚してからというもの、そんな切なる願いは日毎膨らんでいきわたしの胸をぎゅうぎゅうと締め付けた。白石のことが好きなんだと気付いたのは、本当になんでもないような日の、なんでもないような会話を通してのことだった。せめてほんのちょっとでもいいから女として意識してほしい、そんな想いからベリーショートだった髪を伸ばしてみた。暑苦しくても邪魔っ気でも切らずに耐えてみせた。マスカラで睫毛を長く濃くしてみた。自分で云うのもなんだけどぱっちり二重だからデカ目効果は抜群だった筈。それからグロスを塗って俗に云う“キスしたくなる唇”を演出してみたりもした。塗りたくりすぎてたまに天ぷら食べた後状態になったりもしたけど。しかし外見上のイメージチェンジを図ることは簡単でも性格を変えるのは予想以上に難しく、反射的に死ねだのうんこだのと云ってしまう野蛮且つ下品な部分は思うように改善されなかった。ので、いっそのこと諦めてしまおうかと後ろ向きになった時もある。自分を可愛く見せようだなんて慣れないことをして疲弊していたのもまた事実。だけどどう足掻いたって白石が理想とする女の子になんかなれっこないと、今までの自分の行為や努力を否定しておきながら、それでもやっぱりこのまま終わるなんて嫌だという気持ちの方が圧倒的に強かった。だったらやれるとこまでやってみよう。もしもぼろっぼろに玉砕して友達にすら戻れなくなったとしてもその時はその時だ。曖昧な未来のことばかり心配したってどうしようもないんだから、今自分に出来ることを精一杯やろう。
そんな訳で、わたしは現在放課後の教室で独り数学の宿題をやっています。基いやらされています。何故かと云うと、先週の宿題を面倒臭さのあまり所々空欄のまま提出したという所業に対してこっぴどく絞られ、そして不真面目窮まりないわたしに数学教師は先週の倍にも及ぶ宿題という名の地獄を与えたからである。ちくしょー、あの豚いっぺん爆発しろ。ああいけない、可愛い子は爆発しろなんて野蛮なこと考えたりしないよね。じゃあせめて頭を禿げ散らかして一生結婚出来ませんように。教室に飾られたこけしにぱんと手を合わせ本気で願掛けしていると、引き戸の開く音がした。あれ、白石じゃん。

「部活とちゃうの?」
「一応休みやで。自主練して今から帰るとこやねん。ミョウジは……んん、なるほど」
「一人で納得すな」

なるほどってなんやねんなるほどって。にしても休みの日にまで偉いなぁと感心するわたしの前の席に腰を下ろした白石は腕の下に広げられたノートを覗き込んでくる。え、帰るんじゃなかったの?もしかして宿題手伝ってくれるとか?うそ白石やっさしーなんて途端に笑顔を浮かべれば、自分間違いだらけやでどこまでアホ極めれば気ぃ済むねんと鼻で笑われてしまった。おいこら糠喜びさせんじゃねーよ!っと、そうじゃなくて。糠喜びさせないでよね!やれるとこまでやろうとか誓った癖に正直めんどい。女の子って大変な生き物なんだとつくづく実感させられる。まあ今はそれよりも、この宿題を早いとこ片付けなきゃなんだけど。ところで最初に数学考えたやつちょっと出てこい。いや出て来てください頼むから。
難解過ぎる問題に眉をしかめていたら、そこはこう解くんやでと白石が数式を走らせながら教えてくれた。さっきは怒ってごめんね。なんだかんだで優しい白石にたっくさん感謝した。しかも先生より説明が分かりやすくて、おかげでその次の問題もすらすらと解答することが出来た。正解かどうかは別として。一問、また一問と解き進めていくペンは軽い。躓けば白石が丁寧に教えてくれる。茜色の教室にわたしたちは二人きり。夕陽で頬の朱い白石がいつもの数倍、ううん数百倍かっこよく見えた。

「白石、」
「なん?」
「す……スイカ食べたい」
「季節ちゃうやろ」
「そうやのうて、あんな」
「おん」
「、好き」
「え?」
「の反対の反対の反対の反対の反対の反対」
「どっちやねん」
「いや、好き……なんやけど」

云うつもりなんてなかったのに。ついこの雰囲気に流されて口走ってしまったじゃないか。さあどうしよう。なんて云われるのかな。ごめんなって謝られてそれから振られるのかな。ああもう気まずすぎる。うっそー冗談でしたなんて笑って取り消したらどんな反応されるんだろう。好きなのは事実だから自分の気持ちをごまかしたり偽るような発言はしたくない、けど黙ってられると怖いからなんか喋ってよいいかげん。

「俺もやで」
沈黙を漸く壊してくれた白石のその声に俯いていたわたしは顔を上げる。え、今なんて。俺もミョウジが好きやで。うそだ。白石の言葉が信じられなくて、我が耳を疑ってしまった。だってわたし他の子みたいに女の子らしくないし、白石が好きなシャンプーの匂いだってしてないし。多分。疑心暗鬼のわたしに白石は心外だとでも云いたげな表情で、こないなくだらん嘘つくわけないやろと強調してみせる。女の子らしくなくてもええねん。そのままのミョウジが俺は好きなんやから。まあメイクしたり努力しとる姿も可愛かったけど。ただあの天ぷら食べた後みたいなてかてかした唇はあかんかったな。叶姉妹かって思わずつっこみたなったわ。矢継ぎ早に繰り出される言葉はわたしに発言の隙を与えない。好きと云われる度に高鳴る鼓動は白石に聞こえてしまっていないだろうか。どくん、どくん。ああうるさいちょっとは落ち着け心臓のばかやろう。

「ほな、ちゃっちゃと宿題終わらせて帰るで」
「お、おん。せやな」

その一言で現実に引き戻されたわたしはシャーペンを握り直す。ていうか、さ。わたしと白石が両想いだってことは分かったよ。で、わたしたちは今から晴れて彼氏彼女になるの?付き合ってくださいとかそれっぽい台詞云った覚えないし云われた覚えもないけど両想いってことは自然にそうなるの?恋愛ってそんなもんなの?疑問が頭の中を駆け巡る。ぐるぐるぐる。ま、分からないなら聞けばいっか。そうだ、帰り道はいっぱい質問させてもらおっと。自己完結すればペンもまたすらすらとノートの上を走る。ええっと、これは確かこう解くんだよね。うわすごい、わたし天才になった気分!それもこれも白石がああして教えてくれたからだ。マジ助かった。だってもしあのまま独りだったら、日なんてとっくに暮れてたよ。よし、待ってくれてる白石の為にもとっとと片付けてしまおう。そう心に決めた十秒後には宿題と無関係の疑問を投げ掛けているわたしがいた。こんのアホ!

「白石ー」
「ん?」
「もし明日世界が滅びる云われたらどないする?」

実はカレー味のうんことうんこ味のカレーどっちか食べろって云われたらどっちを選ぶ?っていう質問と迷ったんだけど馬鹿馬鹿しすぎてやめた。白石にも確実に白い目で見られると思ったし。白石だけに。やべ今の超うける。にやつく口元を隠して返答を待つわたし。すると白石は云った。せやなぁ。ミョウジと二人でおって、そんでくだらん話で笑いながら死ねたらええな。ミョウジと居てるんなら世界の破滅も怖ないと思うねん。

「ミョウジは?」
「へっ?」
「明日世界が滅びる云われたら、どないするん?」

逆に訊ねられてわたしは吃った。わ、わたしはあれやな。多分ぐーすか寝とってそのままいつの間にか死んどるとか、そんな感じやろな。それか最期やからって遠慮せんとケーキばか食いするとか。慌てたように返せばミョウジらしいわと笑われてしまった。それから俺の存在なんて絶対忘れたまま死にそうやな、とも。違うよ本当はそうじゃない。忘れたまま死ぬ訳がないじゃん。本当は白石と一緒にいて、他愛ない話でいっぱい笑って、出来たら恋人繋ぎなんかしてそのまま世界の終わりを迎えられたらいいななんて考えが過ぎったんだけど、わたしにしちゃあまりにもロマンチック過ぎる気がしたから素直に口にするのは恥ずかしくて咄嗟に嘘をついてしまったんだ。言い直すのもやっぱり照れ臭いし、だから暫くはわたしだけの秘密にしておこう。うん、暫くは。もしこの先同じことを白石の方から聞いてくることがあったら、その時は素直に話すと思うけど。


刹那願いは息をする//獣

ハッピーバースデー白石!
20110414


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