「あーークソッまた負けたー!!」
「へへーんわたしのヨッシーちゃんに勝とうなんて10年早いわ」
「るせーこのゲーマー」

小さな画面の向こうで「WINNER」という輝かしい文字とともに笑顔を浮かべるヨッシーと同じく、ナマエは得意げに目を細めて笑っている。通算6敗。絶賛全敗中。コントローラーを手放した俺は、悔しさのあまり腰掛けていたソファーベッドにひっくり返った。ここ数日夜な夜なマリオカートに興じて不健康な生活を送っているせいか、横になった途端に睡魔が待ってましたと言わんばかりに覆いかぶさってくる。そんな俺の様子にナマエは「ちょっとー寝ないでよー」と不満げに唇を尖らせた。もちろん俺だって眠るつもりはない。ナゼナラバ明日は日曜日。つまり一日フリーダムだからだ。

「休みの前の日に早く寝るのってもったいないよね」
「ほんとそれ。けど最近夜更かししてばっかだから目ェ開かねーんだけど」
「起きろーー秋紀ーー!」
「チューしてくれたら起きれるわ」

人の体を無遠慮に揺さぶっていたナマエは、かと思えば冗談を言う俺の顔面に傍にあったクッションを叩きつけてきやがった。「やだよ!恥ずかしい!」なんて、照れ屋なコイツのその決まり文句も聞き飽きたってくらいには耳にタコだ。地味に痛む鼻を押さえながら起き上がった俺は、ナマエの腰を強引に引き寄せて顔をずいっと近づけた。こうやって迫れば拒否できないこともよーく知ってるわけで。

「も、ちょっ……マジ死んで」
「えーいいの?俺死んだらナマエちゃん泣いちゃうデショ?」
「泣かないし!」

お互いの顔がこれでもかっつーくらいハッキリ分かるこの至近距離。ほくろの位置も、黒目のデカさも、まつげの長さも、スッピンで薄い眉毛も。俺の好きなナマエの細かいパーツの一つ一つが鮮明に視界に映る。視線をあっちこっち泳がせるナマエに「ほれほれ〜」と意地悪く笑ってみせれば、腰をがっちりホールドされて身動きの取れないナマエは観念して唇を押し付けてきた。どうせ一瞬で離して「あといいでしょ!」そう言いかねないと察した俺は、腰に回した手をそのまま後頭部に持っていく。今度は、重ねた唇が離せないように。

「バカ紀……んんっ」
「バカじゃねーし。ちょっと黙っててください」

うるさい口を封じるのなんか簡単だし、好きなやつとのキスなんてぶっちゃけ何度したって飽きることはない。そうやって求めるだけ求めて気が済んだ頃にそっと解放すると、今度はその拳で顔面に強烈なパンチを食らった。平手じゃなくグーパン。真っ赤な顔で睨みつけてくるナマエはそりゃもうカワイイけど、グーパンは冗談抜きにガチで痛い。おまえの彼氏の顔面が崩壊したらどう責任取ってくれるんだ。ちょっとは遠慮っつーものを学んで欲しいと思ったりしている、今日この頃。

「もーほんとバカじゃないの!ていうかキスしなくたって起きてんじゃん!」
「したかったんだからしょうがねーだろ。生理的欲求ってやつ」
「意味わかんないし。それよりバカ紀のせいで喉渇いたからコンビニ行きたいんだけど」
「へいへい」

財布をジャージのポケットに押し込んで、泥のついたクロックスをひっかける。あ、テレビも電気もつけっぱなしだわ。まぁ帰ってきたらどうせ続きやるだろうし、いいことにしよう。ここら辺も近頃物騒みてーだから、鍵だけは忘れないでかけとかねーと。そうしてすぐそこにあるコンビニ目指して歩き出せば、深夜にもかかわらず自動車やらバイクやらの音が暗闇の向こうに響いて、恐怖心なんてものは一向に湧いてこなかった。

「うーーさむっ」
「9月の下旬でしかもこんな夜中にあったかいわけねーだろ。なにも着てこなかったの?」
「うん。だって部屋の中あったかかったからさぁ」
「アホゥ、そりゃ室内だからだ」

残暑もいよいよ峠を越して、季節はもうすぐ秋本番を迎える頃。食欲の秋、スポーツの秋、読書……は漫画しか読まねーけど、とにかく色々な秋。段々と寒さが目立ち始めるそんなとき、こんな真夜中に、男の俺ですら寒くて鳥肌立ってんのに女子がTシャツ一枚で出歩けるわけがない。大体酒なんて飲んでねーから完璧シラフだし。ったく、しょうがねーやつ。俺は羽織っていたパーカーを脱ぐと、両腕をしきりにさすって寒さと格闘しているナマエの肩にかけてやった。「これ着とけ」そう告げればナマエは嬉しそうにはにかんで、いそいそと袖を通す。それからすぐに「あっ」と声を発して、パーカーに鼻を近づけるとなにやら匂いを嗅ぎだした。え、臭いか?加齢臭?ってまだオッサンじゃねーし。

「秋紀臭がする」
「あきのりしゅう?」
「うん。秋紀の匂い。だから秋紀臭」
「ちょっとタンマ。そこはおま、あれだろ〜〜"秋紀の香りがする"とかもうちょっと可愛く言うべきところだろ」
「はぁ?わたしになに期待してんの。わたしに可愛さとか今更求めんの」
「いやでもその言い方は加齢臭みたいで納得いかねーわ俺」
「納得いかないとか知らないし」
「いや知れし」
「知らないし」
「知れし」
「知らないし」

不毛な言い争いを続けてるうちにコンビニに到着した。店の中は、店員しかいない。夜中だしな。カゴを持って、とりあえずコーラと、ナマエの好きな紅茶と、あとは小腹が空いたからなにか食う物でも買ってくか。そう決めて色々物色していた俺に、ナマエがねぇねぇ、と指を差して言った。

「中華まんあるよ。わたし肉まん食べたい」
「お、いいねー。寒いしな」

即決。ナマエは肉まんで、俺はちょっとお高い塩豚まんを選んだ。一度食べてみたいと思ってたんだよ、コレ。財布を開けば小銭がちょうどよくジャラジャラと入っていたから、金額分ピッタリをカウンターに置いて品物を受け取り早々にコンビニを後にする。

「高木くん髪切ってたね」
「えだれ」
「さっきの店員さんじゃん」
「男の名札とか見ねーもん」
「じゃあ女の子のなら見るんだーそっかー」
「ばっ、そうじゃねーよ!つーかおまえ髪切ったとかなんでわかんの?」
「毎日のようにあそこ行ってんじゃん。わたし人間観察趣味だから結構見てんだよね。高木くんってたぶん夕方いる茶髪の子のこと好きだよ」
「おまえってやつはおそろしいな」

でも、そんなナマエが俺は大好きで。俺のパーカーを着たナマエのその彼シャツ的なところにも密かに萌えてたりして。「付き合ってどんくらいだっけ」そう聞けば「細かいこと覚えてない」とか言っちゃう適当で、サバサバしすぎな部分もわりと好きだし。たぶんナマエだからなんでも許せるんだと思う。最近じゃ、キスしたり抱きしめたりすんのも当たり前っつーか、どこか挨拶みたいになってしまってる気もするけど。俺の気持ちは、不思議なことにずっと変わっていない。

「なぁ、好き」
「うん」
「ナマエは?」
「えーー……好きだよ」
「知ってる」
「じゃあ聞くな!もー好きとか四年に一回しか言わないから」
「オリンピックかよ!」

怒りながらもしっかりと俺の笑いを誘う辺り、さすがだなと感心するところだ。ナマエならではの芸当ってやつ。

「…四年経ったらまた聞くから、それまで離れたりすんなよ」

おまえ女子みてーだな!と、木兎辺りに容赦なく笑い飛ばされそうなセリフだと我ながら思った。柄にもなくおセンチな気分になるのは、人肌恋しいこの季節のせいに違いない。ナマエの手を引き寄せると思ってた以上に冷たくて、ナマエは「秋紀の手ぬるい」と小さく笑う。明日明後日、一ヶ月後、一年後。人の気持ちなんていつ何をキッカケに変わるかわかんねーけど、俺の言葉に「当たり前でしょ。ずっとこのまま一緒に決まってんじゃん」バカじゃないの、って気恥ずかしそうに、だけどハッキリと言ってのけるコイツが、ツンなところもいい加減なところも全部ひっくるめて、俺はきっと明日も明後日も好きなんだ。


HappyBirthday dear Akinori Konoha!
2016.0930 草臥れた愛で良ければ

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