前々から知らされていたけど、今日は午後から体育館が点検だかなんだかで使えない日だった。そんなときはお決まりの総合体育館で思う存分練習して練習して、だけどいつまでもわたしたちばかり占領しているわけにもいかないから、適当に切り上げて現地解散。

「お疲れ〜また明日ね!」
「木葉ちゃんと送ってけよー」
「送り狼になるんじゃねーぞォ!」
「うるせー木兎!誰がこんなやつ…アダッ」
「それはこっちのセリフだし!」

みんなに手を振り、木葉のママチャリの後ろにまたがる。自分の乗る自転車とはやっぱり高さが違うから、地面に足も全然付かないし、乗りづらくてお尻がすこし痛かった。「よし、とっとと帰るか〜」膝を大きく開いて木葉がゆっくり漕ぎ始めれば、そよそよと薫風が体を撫ぜていく。夏の夕方の日差しは日中の厳しいそれと違って、どこかだらりとけだるい残照になっていた。さすがに、この時間まで日中並みに暑かったら敵わないよ。

「あれ、そこのコンビニ潰れたんだ」
「はぁ?ミョウジ知らねぇの?もう何ヶ月も前に無くなってるぜ」
「え〜何ヶ月はウソだ〜」
「いやマジで。次何はいんだろな」
「ね。またコンビニだろうけど」

家が同じ方向の木葉とは、最近こうやって帰路を共にすることが多い。っていうよりもわたしが一緒に帰りたいから、そうけしかけてるんだけど。別にニケツなんかしなくたって、わたしだってもちろん自転車持ってるし。でもその自転車を「壊れた」とウソついて小屋に放り込み、使わずに過ごすようになってどれくらい経つんだろう。役目を失った自転車は、ひとり寂しく小屋で眠っている、はず。ウソついてまでこの乗り心地のよろしくない後ろのサドルにまたがりたいのは、早い話木葉が好きだから。でも、同じようにコイツに想いを寄せている子が何人といるのを知らないわけがなかった。だからせめて、帰り道のこの数十分だけでいいから二人きりになりたくて。こうして一緒にいられるだけで、幸せが溢れてしょうがない。

ぐん、と突然体を引っ張られる感覚。見れば自転車はゆるやかな下り坂に差し掛かったところだった。後ろのわたしのことなんかちっとも気にしていないのか、下りの勢いを利用してどんどんスピードを上げる木葉。景色の中を、一瞬で通り過ぎていく。「ちょっ待って怖い怖い!」いよいよおっかなくなって木葉のお腹辺りに手を回せば、「おー胸当たってる」なんてとんだ辱めを受けてしまった。

「ちょっとマジそういうこと言うのやめてよ!」
「ウッソーお前貧乳だから当たるモンも当たらねぇしってうわっ!あぶねーだろバカ!!」

臆することもなく堂々と地雷を踏んでいく木葉の背中に強烈なパンチをかませば、本気で痛かったのか自転車が左右に大きくフラついた。衝撃を想定して目を瞑ってみるけど、自転車共々かろうじて倒れずに済み、バランスを取り戻してはまた通常運転を始める。ていうか言葉の暴力反対!わたしの心の方が痛かったんですけど!すぐ後ろから口やかましく非難すると、渋々といった感じに木葉の口から謝罪の言葉が聞こえた。

「乙女心を傷つけた罰として今度の日曜日付き合ってよ」
「何しに?」
「映画観たいの!でもその日仲良い子誰も捕まんなそうでさー」
「映画?ドリーとか?」
「植物図鑑」
「え〜〜それ女子向けのだろ?」

だったらドリーがいいとか背中でぶつくさ呟く今の木葉は、まぁ間違いなくつまらない顔をしていることでしょう。でも唇は尖らせても断らないコイツに、なんだかんだ甘やかされているみたいで、それがわたしだけだったらなぁなんて独占欲がムクムクと育っていく。

「ねーねー、そういえば1組の宮崎さんがあんたのことカッコイイって言ってたらしいよ」
「え、マジで!?けど宮崎さんってだれだっけ」
「宮崎あやみさんってホラ、水泳部の目ぱっちりしてカワイイ子」
「水泳部ぅ?つーかお前のカワイイは大体アテになんねー」
「何それ」

わたしが心の中で何を考えてるのか、木葉には絶対当てられっこない。本当は、そうやって木葉を好きだっていう子の名前をわざと挙げて、だけど木兎みたいには大して食いつかないアンタの反応を見てホッとしてるんだよ。そうやって誰かを蹴落として自分自身を保ってるなんて、木葉にはきっと理解できない。理解できないだろうし、絶対幻滅されるに決まってる。性悪なんて、今更。でもしょうがないじゃん。

「(だって、大好きなんだもん)」

大きな人間を二人も乗せて少しくたびれた様子の自転車は、キーコキーコと時おり悲鳴を上げながら平坦な道を進んでいく。ガードレールの向こうは車通りも少ないし、都会だけどそこかしこに緑がいっぱいで、その緑のずっと上、高い木々から聞こえるカナカナ蝉の涼しげで寂しそうな鳴き声は、心の中を不思議な気持ちで満たしていく。懐かしいような、だけどわたしまで寂しくなってしまうような、そんな夏の夕暮れ。

「他にも木葉のこと好きな子、知ってるよ」
「俺知ってるやつ?」
「うん。かわいくてー超気が利いてー同じクラスでー」

絶対コイツはわたしに振り向かない。悔しいけどそんな確信を抱いているから、たとえわたし自身のことをにおわせたって木葉にはなんにも響かないんだろう。成就しそうにない恋心を想えば想うほど胸が苦しくなって、あれさっきまで幸せだったはずなのにな〜とひっそり肩を落とす。そうやって自滅するわたしに木葉が「あ、そーいや」とぽつり告げたのは、首を傾げざるを得ない一言だった。

「俺もミョウジのこと好きなやつ一人知ってるわ」
「え、本気で?物好きだね」
「だろ。俺も思った」
「もーーほんと腹立つ!んでだれ?何組の人?」
「お前と同じクラスで〜」

はぁ?同じクラス?そんないやに素っ頓狂な声が勢いよく飛び出した。顔見られなくてよかったわ。だって今、鳩が豆鉄砲を食ったようなそんなアホ面を晒してるに決まってるから。ていうか同じクラスって、一体だれのこと言ってるんだろう。木葉は続ける。

「目がキリッとしたイケメンで〜身長が178.8センチで〜バレー部で〜」

ポジションはウィングスパイカーで〜。そこまで言ってみせた木葉の衝撃告白は、わたしから思考能力をかっさらっていった。いやちょっと待ってよ。どういうことなのか全然理解できない。「(落ち着け、落ち着けわたし!)」心臓はどんどん膨らんで、肋骨を突き破るんじゃないかって思うほどドキドキしていた。うぬぼれてもいいのか、不安でしょうがない。だって同じクラスで身長が178センチでバレー部なんて、どう考えても該当するヤツは一人しかいないのだから。

「それって……木葉のこと?」
「アホ、他にだれがいんだよ。ふつーイケメンのくだりでわかんだろバーーカ」
「そこじゃわかるわけないでしょ!もーアホなのかバカなのかどっちかにしてよ!」
「おいアホミョウジ」
「なによ」
「好きだ」

そんなの、不意打ちもいいとこだ。カッコつけもしないで、ただまっすぐに好きだ、なんて。完全に撃ち抜かれてしまった。「もう言わねーからな」その照れた背中に、もっともっと照れているわたしはなんて返したらいいのか、必死で言葉を探した。日中の暑さが途端にぶり返したようで、暑くて熱くてたまらない。もう一度、そっとお腹の辺りに手を回してみたら。木葉はもう、なにも言ってこなかった。手を回して、少しだけ、背中に顔をくっつけて。そのまま、静かに瞼を下ろす。規則正しくペダルを踏む音、流れていく風、遠くに響くカナカナ蝉の鳴き声。なにもかもが心地好い。


20160720 あの月は鯨が食べた

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