「つーか話ぶった切るけどミョウジの男もよく変わるよな〜」と正面に座してファンタを飲みながら花巻がそう口にしたもんだから、わたしは思わずムッとしてしまった。まぁそれもこれもわたしの「別れた」を何度も耳にしてるからだろうけど、なんつー人聞きの悪いことを言ってくれる。

「男好きみたいに言わないでくれる?」
「別にそんな言い方してねーべ」
「した」
「してない」
「した」
「したかも」
「ほらやっぱり!」
「ゴメンネ」

いやいやどっちかっていったら及川の彼女歴の方がすごいじゃんって言葉が即座に浮かんできたけど、別に及川だって特別女好きなヤリチン野郎じゃないしと思って口を閉ざした。超がつくほどのバレー馬鹿なあいつの場合、彼女と過ごすよりもバレーボールに触れてる時間の方が完璧長くて、それでうまくいかなくなって結果付き合ったり別れたりを繰り返しているだけだろうから。つい先月まで三年間の苦楽を共にしてきたチームメイトのことは、一応少しは分かっているつもりだ。たとえ一緒にいる時間が短くても、あれはあれで彼女を大事にしている方だと思うよ。連絡は結構マメにしてたみたいだし。

「いつ別れたの?」
「三日前」
「うわつい最近じゃん」

日直からの一言欄をどうやって埋めようか思案しながら「そういう花巻は彼女とうまくいってんの?」と投げかければ、退屈そうに日誌を覗き込む花巻は表情もそのままに「とっくに別れた」さらりと一言。え、マジで。うんマジで。そう口にする花巻の顔を照らす夕陽が眩しくて、思わず目を細めた。ピンクがかった短い髪も、差し込む橙色の光が溶けて不思議な色をしている。少しだけ開けられた窓の向こう側から流れてくる吹奏楽部のメロディが、いかにも青春!って雰囲気を演出してくれていた。これが好きな人だったら、申し分ないシチュエーションなのに。残念ながらわたしの好きな人は他に彼女を作りわたしを捨てやがった。

「いつ別れたの?」
「一ヶ月前」
「なんで別れたの?」
「さぁな」
「浮気されたとか?」
「それはお前じゃん」
「ちょっと傷口に塩塗るのやめて!」

さぁなってなんだよあんた当事者でしょ、と呆れたものの、考えてみたら別れ話なんて人にそうベラベラ喋るものじゃないし。言いたくないのならわたしもそこまでして知ろうとは思わないから、それ以上は追及しなかった。傷口に塩を塗ってるのはきっとわたしも一緒かもしれない。
花巻がペットボトルを傾けると、その中で大きく波打つ紫色の海。日中に比べたらはるかに涼しくなったとはいえ、この時間にもしぶとく残る夏直前の暑さが喉から潤いを奪ってカラカラにしていく。こういうときに飲む炭酸の美味しさは格別だよね。

「あのさぁ…」
「なに」
「どうしたら長続きするのかな」

わりと、一緒にいて楽しかったんだけどね。傍にいても気取らなくていい、心を許せる相手になりつつあったのに。たった三ヶ月で彼との交際は幕を閉じた。

原因なんて本当は分かりきっている。わたしは周りの子みたいに好き好き言ったり素直に甘えたりするのが得意じゃないから。いつもクールビューティーって称されるけど、本当はただ不器用でひねくれ者なだけ。男子が理想とするようなカワイイ女の子には到底なれそうもない。それでも彼は付き合う前の、彼からの告白に躊躇するわたしに素の自分でいいのだと言ってくれた。なのにその彼がわたしを捨てて選んだ相手は、結局のところ、そういう女の子だった。そっちから告白してきたくせに振るとか意味わかんないよねーーマジで。じんわり浮かぶ涙をごまかそうと負け犬の遠吠えに走る。けど、ぽたりぽたりと日誌に染みを作るそれは、間違いなくわたしの目から落ちたものだった。紙がヨレたら、書きにくくなっちゃうのになぁ。

「あーなんか悔しい…!泣きたくなかったのに、」

こっち見ないで、その言葉は声にならない。シャーペンを横たえ、うつむき、嗚咽を漏らす。「ど、していつも、うまくいかないんだろ…っ」一生のうちに経験するほんの何番目かの、たとえ終わりが見えていた恋だったとしても、結構本気だったし、好きだった。わたしって、やっぱり恋愛に向いてないのかもしれない。長続きしなくて辛い想いが残るだけなら、いっそ恋愛なんてしない方がマシだ。

「泣くなよ」
「……花巻」
「そんなやつのために泣くとかもったいねぇじゃん」

なんて返せばいいのかわからないのと、試合中にしか見たことがないような真剣さを孕んだ花巻の目つきに、言葉が詰まる。ミョウジ、低い声で名前を呼ばれ、手の甲で涙をぬぐいながらおそるおそるその目を見つめ返した。

「俺と付き合わねぇ?」
「はっ?なんで、」
「なんでってお前のこと好きだからに決まってんダロ」

分かれよバーカ。さらりと言ってのける花巻のその愛の告白に、わたしの頭はどうも追いついていかない。涙も驚きのあまり、ものの数秒で引っ込んでしまった。わたしのことが好きなんて、いやいやそんな冗談…。でもそんなこと言って、それが冗談なんかじゃないことくらいちゃんと知っている。めったに見せないこんな顔で、空気を無視したジョークを言うような無神経な男じゃないから。すくなくとも、わたしの知る花巻貴大は。

「でも、じゃあ今まで付き合った彼女はなんなの?あそびだったの?」
「いやそれは…お前が俺の気持ちなんか全然気付きもしないで恋愛相談ばっかしてくっから、他の誰かと付き合えば忘れられるかと思って」

大体、好きでもないやつが日誌書いてるところに黙っているかっつーの。言わせんなよとでも言いたげに、花巻はそっぽを向く。夕陽が、だんだん沈んで薄れていくのが分かった。なんの照れもないとばかり思っていた花巻のその顔が赤いのは、夕陽のせいなのか、ドキドキしているからなのか、あるいはその両方か。さっき泣いていたはずのわたしまで、悲しい気持ちはどこへやら、花巻の言葉に急に緊張してきちゃって。返す言葉に困ってしまう。

「迷惑ならはっきり言って」
「迷惑じゃないよ!でも、わたし別れたばっかで花巻と付き合うなんてなんかあんたのこと利用してるみたいじゃん…」
「別にいいよ、それでも」

俺は構わないけど。そう言い、花巻は薄く笑った。放課後の教室で、吹奏楽のメロディーがバックミュージックで、ただの友達だと思ってたやつに告白なんかされちゃって。好きな人じゃなくても、わたしには申し分ないシチュエーションだった。ドキドキのせいか、妙に息苦しい。

「ミョウジが自然と好きって言いたくなるくらいには、俺のこと好きにさせるつもりだから」

ま、いつかな。そうやって言葉を奪う花巻のその自信あり気な一言に、その時は案外遠くないかもしれないと、わたしは密に感じていた。


20160621 sprechchor

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