事実、最近のわたしは丸井くんと積極的に交流を深めていた。元々クラスが同じというだけでそれ以外に接点を持たなかったわたしたちは一ヶ月前の席替えで隣同士になり、そこから好きな音楽のジャンルが一緒だったことや、彼の苦手科目でありわたしの得意教科である数学を教えてあげたことからかなり親しくなった。いまではただのクラスメートなんかじゃなく立派な男友達だし、丸井くんもまたわたしを一番と云えるくらい仲の良い女友達と認めてくれている。『テニス部のレギュラー』という肩書きだけで特別視することなくあくまで他と変わらずに接していたから、それもきっと背景にはあったのだろう。
だけどそんなわたしたちを付き合っているだとか、わたしが丸井くんを好き(或いはその逆)だなんていったい誰が誤解するだろう。あの丸井くんファンの子たちですらわたしが彼に好意があるとは勘違いしなかったのに、わたしの幼馴染みはわたしが丸井くんを恋慕っていると思い込んでしまっているようで、頼んでもいないのに世話を焼こうとしてくるのだ。丸井はこういう格好の子がタイプなんじゃないかとか、メイクはこんな感じが良いと思うよ、とか。云い方はおかしいが普通の人が間違わなかったことを精市が誤るなんて、正直吃驚せざるを得ない。丸井くんはただの友達だから恋愛感情はないとわたしがどれだけ否定したところで、彼はそれを照れ隠しとしか受け取ってくれないからどうしたものか。
そもそもわたしには何故精市がそこまでして躍起になるのかが理解できなかった。ああ、幼馴染みには幸せになってほしいから、とか?わたしが好きなのは精市なのに。なんで気付かないの、ばかやろう。
そうして彼は今日もまた、ルーティンワークの如く丸井くんの好みの女の子に関する情報を教えてくれる。ほんと、頼んでもいないのにね。

「ナマエ?」
PM20時15分の自室に響く精市の声。作り過ぎてしまったらしい夕飯のおかずをお裾分けに来た彼に、本日出されたてほやほやの英語の課題の疑問点を訊ねようとそのまま部屋に上がってもらったのだ。(余談ではあるがわたしは根っからの理系女子なので国語や英語が大の苦手だったりする)
年頃の男女が二人きりになることに母親は危機感など抱いちゃいない。別に放任主義なわけでもないし、娘の貞操に興味が無いわけでもない。男女が、と云うより相手が精市だからである。幼少の頃からの付き合いなんだし大丈夫だろうというのが母親の見解で、わたしの許可無しに部屋へ上げようとしたことも数知れず。おかげで着替え中の姿を目撃されてしまったこともあるのだけど、そんなシーンに出くわしたからといって精市は微動だにしなかった。女としてまるで意識されていない気がしたから、ちょっと胸が苦しくなったりもした。
以前のわたしは幼馴染みというポジションに優越感を覚えていて、けれど精市を一人の男として好きになった今ではその肩書きが邪魔で仕方なかった。だって幼馴染みじゃなかったら、こんな関係じゃなかったら、精市はわたしを一人の女として意識してくれたかもしれないでしょ?

「どうしたんだよ。悩みでもあるの?」
「なんでもないよ」

まさか精市のことで悩んでますなんて云える筈もなく。寝不足でと適当にごまかせば、彼の射貫くような瞳とぶつかりどきっとした。なにもかも見透かされているみたい、なのにわたしの気持ちには気付いてくれないんだね。解き方を教えてくれる精市の顔が思いの外間近にあって、わたしは視線をノートへ向ける。丁寧な字で書かれたセンテンスから、視線を離せなくなった。いつもこんな感じだったっけ?いつもこんな風に教えてくれてたっけ?頭の中は精市でいっぱいになってしまい、最早課題どころではなかった。

「映画?」翌日学校へ行くと、丸井くんに次の日曜日に映画を観に行かないかと誘われた。
そういえば、この間上映が開始されたばかりのホラー映画が観たいってわたしが溢したんだっけ。にしてもよく覚えてたな、丸井くん。仁王と麻美も一緒なんだけど嫌?彼の問い掛けにわたしは首を横に振る。ううん、寧ろ超行きたい麻美ちゃんとも話したいこといっぱいあるし!嬉々として誘いに乗るも、数秒後にはたと考え込む。わたしがこうやって遊んだりするから、精市も勘違いしちゃうのかな。かなって云うかそうなんだよね、やっぱり。わたしってばどんだけ頭悪いんだ。これ以上誤解されるのも嫌だし断ろう。
あ、ねえ丸井くん。怖ず怖ずと声を掛ければ、んじゃ時間とか決まったら連絡すっからなんて言葉が返ってきて。余程楽しみなのか、喜色を露わにする丸井くんを見たら今更断ることなど出来なかった。そうして放課後にもなると、なんとなく予感はしていたが精市が云ってくるのだ。今週末映画観に行くんだって?と。情報の出所がどこか、そんなことは考えるだけ無駄である。しかし人のスケジュール確認の為だけにわざわざ部屋までやって来るということは意外と暇を持て余しているのだろうか。実際のところはどうだか知らないけれど。

「丸井もナマエのことが好きなんじゃない?」
「そんなわけないじゃん。誘われたのは単に仲が良いからでしょ」

あくまで友達だと主張するわたしの言葉を否定したそうな精市はそれでいて何も云わず口を閉ざしたままで、そんな彼を前にわたしはわたしでふつふつと沸き起こる苛立ちを隠すのに必死だった。
なんなの、なんでそんなにわたしと丸井くんをくっつけたがるの。確かに誤解されるような態度を取ったわたしにも非はあるけどさ。

「でも楽しみだなー早く日曜日になればいいのに!」
自棄になっていたわたしがその時の精市の表情に気付いていれば、思い留まることが出来たかもしれないのに。その夜からわたしと彼の間で言葉を交わす回数は極端に減り、浮かない気分のまま迎えた日曜日。指定された場所へ幾分余裕を持って到着すると、誰よりも早く来ていたのはわたしでもなければ仁王くんや麻美ちゃんでもなく。

「丸井くん早いね。ぶっちゃけ時間ぎりぎりに来ると思ってた」
「お前それ失礼過ぎんだろぃ」

一番乗りは丸井くんだった。仁王くんと麻美ちゃんはもうじきやって来るのだろうか、それとももうすぐそこまで来ているのだろうか。二人の姿を捜すわたしの手は矢庭に強い力で引かれ、その力の主である丸井くんはすたすたと歩き出す。え、待って仁王くんたちがまだ。すると振り向きもせずに彼が告げたのは、二人揃って来れなくなってしまったという残念なお知らせ。え。ってことはなに、わたしと丸井くんの二人っきり?もし立海生に目撃されて今度こそ精市以外の人間にも誤解されたら丸井くんだって嫌じゃないのかなとか色々と思うところはあったけれど、浮かんでくる疑問たちをわたしは何一つとしてぶつけられなかった。
映画館に着いて、チケットを購入して、待ち時間を適当に潰して、10分前には入場する。精市への当てつけで今日はめいっぱい楽しんでやろうと決めた筈なのに、ちっとも楽しいと思えなかった。だから映画の内容も全然頭の中に入ってこなくて、誘ってくれた丸井くんに申し訳なかった。
上映後はどうしても行きたかったらしいホテルのケーキバイキングに赴き、すくなくとも丸井くんは20種類近くあるそれを堪能したに違いない。わたしは3個程でギブアップだ。お腹がいっぱいというよりも初めから食欲が無かったし、精市のことを考えれば余計に食べたいとも思えなかった。

行き先を失ったわたしたちの足は、自然と待ち合わせ場所の公園まで戻ろうとする。ぽつり、ぽつり。道中の会話は寂しいもので、きっと今のこの様子を例えるなら気の抜けた炭酸とか、そんなところだろう。

「あのさ。今日仁王たちが来れなくなったって、あれ嘘なんだ」
「……え?」
「元々口裏合わせてもらってただけで、最初から俺とお前の二人で行くつもりだったってこと」
「そう、なんだ。でもなんでそんな嘘、」
「好きなんだよ。お前のこと」

一瞬、丸井くんが何を云っているのか分からなかった。ぼーっとしていた所為もあるし、そんなのはありえないと以前から決め付けていた所為もある。
好き。丸井くんは、わたしのことが好き。さすがにその意味が理解できないほどわたしは頭が悪くない。でも心配すんなよ。丸井くんは云った。お前の気持ち、ちゃんと分かってっからさ。好きなんだろぃ?幸村くんのこと。寂しそうに微笑まれて、わたしはきゅっと唇を噛み締めた。そっか。気付いてたんだね、丸井くんは。

「わりーけど応援はしねえかんな。あと、これからもお前は一番の女友達だから」

だから無視したりすんなよ。そう云い足すと、わたしの背中をぽんと押した丸井くん。
「また明日な。……ミョウジ」
わたしは振り返らなかった。だってそうしたら、きっと、泣いてしまう気がしたから。ごめんねじゃない。いま、送りたいのはありがとうの5文字。丸井くんと別れ、わたしは精市の家まで無我夢中で走る。走る、走る。ばかだ。本当に、本当に。ばかなのは、わたしだったんだ。他力本願なんて、ちゃんと自分の口から想いを伝えなきゃ届く訳ないのに。
肩で息をしながら漸く辿り着いた幸村家のインターホンを鳴らせば、玄関を開けてくれた精市のお母さんに彼の部屋まで通してもらう。部屋の前で一呼吸置くとわたしはドアをノックし、中から聞こえてきた「どうぞ」という普段となんら変わりない声色に堪えた筈の涙がぼろぼろと溢れてきた。

「ナマエ、」
「わたしが好きなのは丸井くんじゃない!わたしが、わたしが好きなのは精市なんだよ……っ」

支えもなく、芯もへし折れ精市の前で泣き崩れてしまったわたしは、それでもどうにか声を絞りだして繰り返した。わたしが好きなのは精市なの。他の誰でもない、精市なんだよって。すると彼はゆっくりとしゃがみ込み、目線を合わせ弱々しく微笑んでからわたしの体をそっと包み込んだ。

「俺も、ナマエが好きだよ」
「それに本当は知ってたんだ。ナマエが俺を好きだってこと」

思い付きすらしなかった精市からの返答は溢れる涙に急ブレーキを掛けた。それならいったいどうしてわたしと丸井くんをくっつけようなんて真似をしたの。意味が分からないよ、

「怖かったんだ。俺、独占欲は強いし嫉妬深いから、いつかナマエに嫌われたり苦しめてしまうんじゃないかと思ったら自分の気持ちに素直になれなくて」

本当は丸井と仲良くしてほしくなんかなかったよ。それに今日みたいに一緒に出掛けてほしくもなかった。だけどそこで引き止めたら自分をコントロール出来なくなることを分かってたし、丸井の気持ちも知ってたから二人が付き合えば諦めがつくかと思ったんだ。
苦しげに吐き出される精市の真意にわたしは彼の胸をどんどんと強く叩いた。なにそれ。勝手に決め付けないでよ。確かにわたしだって人のことをどうこう云える立場じゃない、でも嫌われるとか苦しめるとか、全部精市の想像でしかないじゃない。寧ろそんな思い込みで感情をごまかされる方がずっと苦しいし、胸が張り裂けそうになる。独占欲が強いならそれでいい。嫉妬深いならそれでいいよ。だって精市は知らないでしょ?わたしだってね、独占欲は強いしすごくすごく嫉妬深いんだよ。だからそれでいいじゃん。そうやって、喜びも哀しみも幸せも苦しみも、全て二人で分け合えば。

「精市のばか」
「ナマエに云われるのは悔しいけど、そうみたいだ」

僕らのイーブン
title:誰花様

20110424

「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -