今朝は学年でも一、二を争うモテ男のクラスメイトが別れたというビッグニュースでもちきりだった。「おはよー」と何も知らずに教室に入ってきたわたしの目に飛び込んできたのは、噂の彼、七海くんを取り囲むみんなの姿。と、室内を覗いてる他のクラスの子がいたりいなかったり。いつ別れたの、なんで別れたの、どっちから別れるって言ったの、矢継ぎ早に繰り出される質問の嵐に、七海くんの表情は見えないけどきっと困ってるんだろうなーと思う。

「ええ子やってん。けどいつもスマホいじってインスタインスタ言うてるから、俺よりもそっちのが大事なんかなー思て」

そういえばインスタ映えが今年の流行語に選ばれてたけど、"インスタ蝿"なんてうまいこと誰かが言ってたような気がする。インスタやってないわたしでも、ああなるほどな〜とか思っちゃった。そういうの苦手だからツイッターすらやってないって前練習中に話したら、侑先輩は意外やなーってちょっと驚いてたっけ。

「インスタな〜俺の彼女もしょっちゅう写メ撮ってんで」
「別に好きなものを否定したいわけちゃうねん。ちゃうねんけど、やらん方からしたら相手の気持ちを百パー理解するって難しいやんか」

せやから別れよう言うてん、七海くんの声音には、寂しさや辛さのようなものがはっきりと滲んでいた。七海くんって、彼女のことめっちゃ大事にする人らしいからなぁ。ジュノンボーイにでもいそうな爽やかフェイスなのに性格はほんと素朴っていうか、女の子とっかえひっかえしないし。だから普通に好感持ててた。

「(けどそれだけで別れるもんなんやろか)」

ふと、そんな疑問が頭に浮かぶ。でも、まあ、どうなんだろ。わたしがいざ七海くんの立場になったら、実際そういうこと考えちゃうものなのかな。それに別れようと思った原因はそれだけじゃないかもしれないし。真相がどうかなんて何もわかんないけどさ。


「ってなことで朝はみんなこの話してはりましたね」
「朝からなんやヘビーやな」
「元カノの方もまさか別れるとは思ってへんかったみたいなので号泣しとったらしいです」

練習からの帰り道。右に侑先輩、左に治先輩、挟まれるマネージャーのわたし。途中まで方向が一緒だから、女の子一人の夜道は危ないからっていつもこうして帰路を共にしてくれるけど、ファンの人たちに刺されないかたまにヒヤヒヤする時がある。たまに。

吐く息も白く漂う季節。夏の六時なんてあんなに明るかったのに、冬になれば心許ないくらい真っ暗だ。時たま吹く無口な風は冬の棘のように突き刺さって、太ももに鳥肌が立つのを感じる。お気に入りのチェックのマフラーとコートをクローゼットから引っ張り出して、今年もいよいよ活躍の時がきた。冬はあんまり好きじゃないけど、このマフラーとコート使いたいから早く冬来ないかな〜とかつくづく矛盾してるよね。

「治先輩、どうぶつの森いまレベルなんですか?」
「13やったっけ。テントもレベル3くらいまでいった」
「えーめっちゃ早いんですけど!わたしまだ10もいってへんし」
「ちゅーかミヤマクワガタほしいのにコガネムシしかおらんの地味に腹立つ」
「わたし二つあるんでバザーに出しときましょか」
「そら嬉しいわ。頼むで」

あ、笑ってくれた。いつも無表情に近い治先輩とこうして話題を共にできて、不意に笑顔を見せてくれる。それがたまらなく嬉しくて、ニヤけた顔を見られたくなくて、わたしはマフラーで口元を隠した。先輩がこういうゲームにハマるっていうのもなんか意外だし新鮮で、わたしの知らない先輩を知れた感じがする。逆に侑先輩はバレー以外のことは基本飽き性みたいだから、一緒に始めたけどもうやってないみたい。「ただのパシリやん!パシリの森やん!」って侑先輩らしいというか。

「あ、先輩わたしめっちゃ肉まん食べたいんでコンビニ寄ったってええですか?」
「俺も俺も!コンビニ行こうで」
「買い食い禁止やろ、二人とも」
「えーお願いです、一瞬だけ!」
「五分!」

手を合わせるわたしと侑先輩二人に、しゃーないなって顔で、治先輩は渋々オッケーしてくれた。入部した当初は近寄りがたいイメージもあったけど、なんだかんだでやさしいし面倒見もいい治先輩。顔も髪も大体おんなじなのに、性格はこうも真逆でほんと面白い。面白いし、やっぱ好きだなぁって実感する。好きな人いるのかな、先輩。付き合ってる人、はいないかな。気になるけど、玉砕しそうだから怖くて聞けない。

お店の中に入って、一目散に中華まんのケースの前へ。肉まん、ピザまん、カレーまん、あと限定の紫いもまん。肉まんの頭だったけど、やっぱ迷っちゃう。

「先輩、なんか食べます?」
「いらん。家帰って食う」
「あー肉まんもええけどピザまんがわたしを呼んでますやん。どないしよ」
「はよ帰りって言うてるんちゃう」
「そら先輩でしょ」

もう、先輩のアホ。わたしは一分でも長く、先輩といたいのに。

「…………」
「?いまなんか言いました?」
「べつに」

ぼそっと何か呟いたような気がしたけど、空耳だったらしい。結局どれにするん、隣で先輩がそう言うからわたしはまた中華まんのケースとにらめっこ。退屈そうに待ってくれてる先輩はぼんやりしていてもやっぱりかっこよくて、心臓がドキッと跳ね上がった。イケメンは黙ってても絵になるってこういうことか。「(…侑先輩もたまに黙ったらええのに。いらんことべらべら喋るからなぁ)」その侑先輩は何を買うでもなくジャンプの立ち読みをしていて、それに気づいた治先輩がおまえ何しにきたんって言いたそうにじと目で見ている。

「そーいや先輩、」
ガコン、とドアが開けば待ち構えていたかのような外の寒さに、体が小さく震える。五分って話だったのにうだうだやってたせいで、コンビニを出るまでに結局十分くらいかかってしまった。熱々のカレーまんを頬張りながら、さっきとは逆の位置で歩みを進める治先輩を見上げようと首を傾ける。

「わたし、先輩がスマホいじっとるとこあんま見たことない」
「そうか?」
「侑先輩はいっつもライン開いたりインスタやったりしとりますけど、治先輩ってあんま関心ないんかなーって」

関心?先輩はそう聞き返す、というよりも独り言のようにその四文字を粒立った空気に吐き出して、また唐突に黙ってしまった。そんな変なこと聞いたかな、わたし。それとも質問がくだらなすぎたとか?微妙な沈黙に話題を変えようと思って上唇と下唇を離したら、治先輩の口からすう、と息を吸い込む音が聞こえた。

「好きな子が傍におるのに、スマホいじる理由ないやん」

いつもの表情でさらっと理由を明かしてくれた先輩。あーなるほど。って普通に返したら、その瞬間侑先輩が腕の辺りをバシッとたたいて思いっきりつっこんできた。

「名前ちゃん、そこ普通に返すとこやないで!なにふっつーになるほどとか言うてんねん!」
「え?」

言われてから、気付く。それってつまり、

「どういうことですか」

だってうぬぼれたくない。ぬか喜びもしたくない。勘違いだったら死ぬほど恥ずかしいし、悲しすぎるもん。

もう一度、おそるおそる見上げた治先輩は、ふっと表情をゆるめてわたしを見つめ返してくれた。

「そういうことやで」

わたしたちの間にいる侑先輩は、まるで愛の告白に偶然立ち会ってしまった通行人みたいな顔をしている。先輩の放った言葉の意味を自分の中でゆっくりと噛み砕いて、じわじわと熱くなっていく顔の火照りを冷ますにはこのくらい寒い方がいいのかもしれない。「俺は名前とおる時そんなん一度も思ったことないで」あの時先輩がぼそりと口にした一言を、二日後のわたしはまだ知らずにいる。


20171210 草臥れた愛でよければ
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