部長としての責任感や緊張感は勿論持っとるつもりや。せやけど眠たいもんは眠たい。朝が苦手なもんは苦手。そんな訳で、全国大会当日に寝坊をかましてもうた俺は兄貴に車を飛ばしてもらい正門前へと急いどった。何やってんねやろな、俺。部長がこんなんやとそら示しもつかんわ。まあ命令にはしっかり従わせたるけど。
「もうちょいスピード出ぇへんの?」
「無茶云うなや。スピード違反で捕まるっちゅーねん」
ああどうぞどうぞ、俺を降ろしてからならいくらでも警察の世話んなってください。

やっとの思いで正門前に到着すると、部員はほぼ揃っとった。ほぼっちゅうか、見たところ俺とゴンタクレを除いた全員。集合時間10分も過ぎてもうてるんやし、当たり前やな。ラケバと荷物を抱え車から降りるや否や、オサムちゃんが「おはようさん」云いつつどついてきたった。

「えらい重役出勤やな、部長さん」
「すんません。エネルギー補給しとりました」
「ほんで充電は完了したんか?」
「まだっすわ。帰って寝てもええ?」
「アホか!」

オサムちゃんとも、今はこうして普通に言葉を交わすことができる。ちゅうか俺が一方的に忌避しとっただけなんやけどな。あの頃の俺の変化っちゅうんやろか、たとえば元々良うなかった目付きやら物云いやらがオサムちゃんに対してのみもっと酷なったことに、本人は完璧気付いとったはずや。せやけど別にその訳を厳しく追求してきよることものうて、普段通りのテキトーな感じで接してくれたった。憎んどる時はそれがただ怒りのボルテージの上昇に拍車を掛けるだけやってんけど、今になってみると感謝せなあかん思うねん。やってそのおかげで、俺とオサムちゃんはこれまで通り顧問と部員の関係でいられとるから。最悪喧嘩腰にでもなられとったら、あんときの俺は躊躇せんと殴っとったかもしれんし。いくら普段の私生活がだらしなくても、そういうところは立派な大人なんやな、と実感せざるを得なかった。名前先輩は、そない部分に惹かれたんやろか。

「なあ、財前。遠山はどないするん?」

バスに乗り込むよう指示を出すと、副部長の鷲尾が時間を気にする素振りを見せながら困ったと云わんばかりに訊ねてきよる。金ちゃんなら大丈夫やろ。一片の迷いも無しに俺がそう返せば、鷲尾は遠山やから心配やねんけどと頭を掻いた。そこまで心配せんでも大丈夫やっちゅうんに。野性児の本能を侮ったらあかん。

「ま、どうせまた静岡辺り経由して来るんとちゃう?」
「はあ?」

素っ頓狂な声を上げる鷲尾を押し込むように、それから俺自身もバスへ乗り込むと運転手はオサムちゃんを一瞥し、エンジンを掛けた。「ちょ、財前ほんまにええんか!?」「せやから大丈夫や云うとるやんけ」重く大きな車体はゆっくりと動き出す。隣で尚も金ちゃんの身を案じとる鷲尾はあれや、パセリ大好き小石川元副部長を彷彿とさせるな。そんなことを思いながら、イヤホンを耳に突っ込むと押し寄せる睡魔に逆らうことなく目を閉じた。

夢を、見た。
えらい不思議な夢やった。まるで現実ちゃうんかと疑いたくなるくらい、リアリティーを帯びとって。

赤いソファに腰掛けとる、俺と名前先輩。歳はなんぼやろか。私服姿やったから曖昧やねんけど、すくなくとも先輩は高校を卒業しとる感じがしたった。ほんで先輩が持ってはった一枚のハガキを見て、笑っとった気がする。俺も、先輩も。言葉ではうまく云い表せへんけど、とにかく不思議な夢やった。

バス、飛行機、またバスと乗り換える度に睡魔に誘われてもうて、開催地の東京に着く頃にはさすがに寝過ぎたんか頭痛がした。会場入口で受け付けを済ませれば、見知った顔が辺りにちらほら。立海の切原とか、氷帝の日吉とかな。(ちゅうか味噌汁の具コンビやん。おもろ。)だだっ広いメインスタンドから中央コートを見下ろしてみる。武者震いなんて、柄にもない。

「あ、おったおった。財前!」開会式が終わると、いつの間に来とったんか白石元部長らが声を掛けてきよった。人違いとちゃいますかと云うて逃亡を試みるも、謙也さんに捕まえられてもうてそれは敵わない。千歳先輩を除く全員がいてはって、俺はわざわざ何の用すかと軽くあしらった。そうすれば、相変わらずやなぁと苦笑しはる小石川元副部長。

「ちゅうかお前、あの暗そうな奴とはまだ付き合うてるん?」
バカ氏ユウジ先輩の空気の読めなさっぷりは謙也さんとええ勝負やな。暗そうな奴って何やねん一氏ゴルァと小春先輩に胸倉を掴まれとるユウジ先輩を尻目に、俺は首を横に振る。別れました。そうカミングアウトすると、喫驚しはる先輩らの中でも謙也さんだけはどないしてか狼狽してはった。

「ざざざ財前!」
「ななななんすか謙也さん」
「おお、珍しくノリええな……ってちゃう!あんな、ほんま堪忍!」
「は?」
「やって、俺が名字さんを責めてしもたから別れてもうたんやろ?」
「は?」

何云うてるんこのひよこ。ちゅうか責めたって何。いつ。どこで。俺が質問攻めにしたると、謙也さんは素直に白状したった。ほんで自白内容を聞いて漸く理解できたわ。あの練習試合の日、先輩が顔を見せへんかったのはそういう訳やったんやな。

「謙也さん」
「な、なんや」
「死ね」
「生きる!」

まあ別にええねんけどな、今となっては。やって謙也さんが云うたことも、もしかしたら名前先輩の背中を押した材料の一つになっとったのかもしれんし。それに名前先輩の様子はそら確かに可笑しかってんけど、謙也さんに云われたことで思い詰めたりはしてへんかったんとちゃう?まあ俺らの関係を見直すきっかけになったくらいやろ、精々。
ふと見れば、柔らかく笑っとる小春先輩。後悔は、ないんやね?その言葉に、俺は素直な気持ちで頷いた。アメリカに行ってほしくない思たんは紛れもない事実や。せやけどあの決断は、俺たちが未来へ踏み出す為のものやから。

「ええんです。俺はここで待つって決めたんで」

遥か上空を、航空機が横切っていく。あの中に先輩がおったりしてな。俺は小さく拳を掲げた。さようなら、名前先輩。一年後に、また逢いましょう。
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