涼風にそよぐ木の葉は目に鮮やかな新緑へと色を変え、吸い込む空気からも本格的な夏の到来を間近に感じられる。今はまだ梅雨の名残からか蒸し暑い日々が続いているけれど、太陽がカンカンに照り付ける日はもう間もなくやって来るだろう。今年は去年にも増して、酷暑となるのだろうか。

高校一年目の夏、私はある決断を下そうとしていた。そもそも私が両親に高額な入学金を払ってもらってまでこの高校へ進学したのは英語を学ぶことが好きで、またここでは欧米やアジア圏の人間とも日頃からコミュニケーションを図ることが可能だからだ。私たち同様、在学しているネイティブは決して少なくない。実際入学してみると愉しいことは勿論、触れ合う上でより質の高い理解力を求められることもしばしばあって、国の違いや壁、カルチャーショックなんかを改めて実感するようになった。そうすると今度は彼らを通してではなく、自らの目で彼らの故郷を、世界を知りたくなった。

「暫くね、距離を置きたいの」

帰り道に通り掛かる小さな公園で、私と光は足を止めた。止めさせたって云う方が正しいかな。“光にね、大事な話があるの。”そう告げて園内の古びたベンチに私たち二人は腰掛ける。ああやって手を繋ぎ帰路を共にするのは、光が憤怒し部屋を出て行ってからおよそ十日振りになるのかな。今まで付き合ってきた一年という歳月の中で、光があんなにも怒気を顕わにしたのは多分あの日が初めてだったと思う。怖かった。怖くて、光が部屋を去ってから嗚咽しっぱなしだった。だけど、それだけじゃなかった。嗚咽する理由は、それだけじゃ。

「なんでですか?この間、俺が怒鳴ってもうたからですか?」
「……ううん、違うよ」

ただ純粋に私を好きでいてくれた光を、あんなになるまで苦しめてしまっていたなんて。怒鳴りながらもどこか泣きそうな光の顔を目にしたら、胸が張り裂けてしまうんじゃないかってくらい辛かった。辛くて、哀しくて、やっぱりこのままじゃ駄目だって。ある意味、光のおかげでもあった。あの時光が怒りを爆発させてくれたから、だから私は決断することができたんだ。光と、別れる決断を。

見据えれば、切なげに表情を歪ませる光。丁度一年前、彼に別れを告げた時のように。迷いは無い、そう云ったら嘘になる。だけど、もう一年前のように揺らぎはしなかった。大丈夫、もう、大丈夫。

「私ね、ずっと考えてた。光は真正面から好きだって気持ちをぶつけてきてくれるのに、どうして私はその気持ちに向き合えないんだろうって」

嫌がらせのことを光に云わなかったのは、迷惑を掛けたくないという思いがあったのは勿論、云う程の問題でもないと私の中で結論付けていたから。嫌がらせをされたくないのなら、単純な話、別れれば済むことでしょ?それをそうしなかったのは、やっぱり光が好きだったから、だと思う。
でもね、このままで良いのかな、良いはずないよねって。私はまだオサムちゃんのことが好きなのに、こんな中途半端なままで光は本当にいいの?それで後悔しない?って。一年前からずうっと自問自答を繰り返してきたけれど、その癖あの時云わなきゃいけなかった事、聞かなきゃいけなかった事、解決しなきゃいけなかった事、その全てをうやむやにして、“私と別れたら光が駄目になるから”と光の気持ちを言い訳に関係を続けてきたのが間違いだったんだ。光の、私に対する想いを正面から受け止める覚悟も持たないで。だから余計に罪悪感を抱いてしまって、私は向き合うことから逃げてばかりいた。

「今のままじゃ、幸せになんかなれっこないんだよ」そう。お互いいつまで経っても、本音が云えないのに。

「せやったらこれから云うていけばええやないですか」
「駄目なの、それじゃ。今みたいに傍にいたら、きっとまた同じことを繰り返しちゃうと思うから」

寄り添って見えるものとそうでないものがあるように、離れてみないと見えてこないもの、気付けないものはある。私が今、光の気持ちに向き合い出さなければいけない答えがそう。傍にいたら、きっと今までみたいに流されてしまうから。
暫くって。すると光は譫言のように呟いた。暫くって、いつまで。それに対し、吃ったりせずにはっきりと回答を提示する。一年間、と。

「その間は、日本を離れようと思ってる」
「……え?」
「学校のプログラムでね、アメリカにホームステイするつもりなの。それが、一年間」
「いつから、なんすか?」
「出発は全国大会の日。だから……ごめんね、やっぱり応援には行けない」

このことは、私の中では既に決定済みだった。また一年前のように別れを拒まれてしまうんじゃないか、そんなのは想像に難くなかったけれど。それでもホームステイは光のいない、寧ろ顔見知りの誰一人としていない環境で色々と見つめ直すには絶好の機会だと思ったし、今度こそは自分の意思を曲げたくなかった。たとえどれだけ、引き留められたとしても。

「…分かりました。せやけど、一つだけお願いがあります」
「お願い?」

全国大会まで、もう一ヶ月を切っていた。残り20日とちょっとで、私は光の前からいなくなる。
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