その日四天宝寺で練習試合があるのだと、光が漏らしたのは確か五日程前だっただろうか。対戦校はどこだったかな、まあまあ強い学校らしいんだけど、だめだ思い出せないや。正直その話を聞いた直後は行きたくないとさえ思ってしまった。光は知らないかもしれないけれど私は元来人混みというものが苦手だし、それに練習試合とは云えOBである白石くんたちが観戦に来る可能性がある以上、顔を合わせる恐れもまた当然無きにしも非ずだからだ。危惧する私への配慮からか直接的に誘われたりはしなくて、言葉通り「次の土曜に練習試合あんねん」と光は呟いただけ。乗り気にはなれずとも行くことを決意したのは、本当は来てほしいのだという彼の心の声が聞こえた気がし、またそれに対して知らない素振りを見せることができなかったから。光はいつだって優しいし、私の為に犠牲を背負ってばかりいる。だからそういう望みくらいは叶えてあげたかった。あげたい?ううん、それは義務感。叶えなきゃいけないんだ。観に行くね、練習試合。私が意思を示せば光は喫驚の色を浮かべ、それから「…おん」とだけ云って微笑んだ。

そうして迎えた練習試合当日。案の定着く頃には大勢の観衆がテニスコートをぐるりと囲んでいて。純粋に試合を観に来たという人も、テニス部、とりわけ光のファンだという人も、そこでは皆が一体になっていた。
「(この中に入る勇気はないな……)」
密集窮まりないギャラリーから離れ、端っこで観戦することにした私。けれどここからでは試合の様子が見えるか見えないか、非常に際どいところ。せっかく来たのにこれじゃあ意味ないよね。でも、押し退けてまでこの群れの中に混ざりたくないし。懊悩たる思いでどうすべきかを考えていると、聞き慣れた声が私を呼んだ。呼んでほしくは、気付いてほしくはなかった。

「……白石くん。忍足くん、も」

懸念する反面、心のどこかで私は信じていたようだ。これだけ人が集まっているのなら、もしかしたら彼らが私の存在に気付くこともないかもしれないと。ギャラリーから離れて観ようとしている人は他にも何人といるのだし、だから混ざりはしなくとも観衆の一人にうまく溶け込めるかもしれないと。そんな都合の良い可能性を信じていた部分があったみたい。白石くんも、忍足くんも、そして私も。顔には気まずさが鮮明に色付けられていて、一瞬でここから逃げ出したくなった。

「財前から聞いとったん?今日のこと」
「……うん」

光のことで直接非難されたことは無かった。だけど、だからこそ分かってしまったのだ。二人は今このタイミングで、真意を問い糾そうとしていることを。名字さん。再び名前を呼ばれ、目を合わせられない私は忍足くんの口元ら辺に視線を置く。周囲のがやがやが、まるで別世界の騒音のように感じられた。

「今更聞くのもおかしいかもしれんけど、財前のことはほんまに好きなんやな?その、遊びとちゃうくて」
「遊び、」
「名字さん、他に好きな人がおるとかって耳にしとったから」

知っているはずなのに敢えてオサムちゃんの名前を口にしなかったのは、忍足くんなりの心遣いなのだろうか。なんだか途端に頭の中がごちゃごちゃになって、涙の気配をすぐそこに感じた。お前は最低だと、忍足くんたちが私を真正面から責めたいのかどうか、それは彼らじゃないから分からない。ただ、責める責めない以前に二人にとって光は本当に大切な後輩で、故に私の口から本心を聞きたいのだろうことは容易に汲み取れた。本心、つまり光に対する想いを。

「……遊びなんかじゃないよ、光のことは」
そう云えば、猜疑の目を向けられてしまう。当たり前か、それだけ光を振り回し苦しめてきてしまったのだから。

「ほんまに、ほんまに信じてええんやな?」

こくんと頷き、忍足くんを見つめ返す。すると多少は納得してくれたのか、忍足くんと白石くんはぎこちないながらも漸く笑ってくれた。好きだよ。光のことは、本当に好きなんだよ。なのに、なのにどうして向き合えないの?どうして、ねえどうして。このままで良いなんて思ってない。このまま関係を続けていたって、きっといつかは。

その日は結局試合を観ずに帰った。光の顔を見たら、泣いてしまう気がしたから。
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テーマ「人外ファンタジー」
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