「おはよう、光」

薄いレースのカーテンを通して差し込む陽射しに目を細める。数週間振りの快晴に、「晴れて良かったね」と嬉々としてコーヒーを淹れてくれはる名前のその後ろ姿を、俺はソファーに腰掛けぼーっと眺めたった。淡いピンク色のカーディガンにリボンの付いたブラウス、スキニーデニムっちゅうのが今日の名前の格好や。大人っぽくてええ。視線に気付いた名前はくるりと振り返り、そんなに見ないでと云うように照れ臭さから口元を緩ませる。そないな反応をされたら余計に意地悪したなるんが男の性っちゅうもんで、穴が開いてまうくらい凝視すれば、やめてよー!と名前は目を細め笑いながら口だけで怒りを表現した。

財前光、高校三年生。名字名前、大学一回生。再び交際が始まって、今は二年後の世界。俺は部活を引退し大学受験にぼちぼち精を出しとって、名前は府内にある外語系の私立大学に進学した。この二年間、毎日毎月毎年、決して順風満帆だったわけとちゃう。何度も喧嘩して、ぶつかって、別れよかと口走ってしもたことやってある。名前を泣かせたことやって、きっと数え切れへんくらいに。それでも俺らがこうして寄り添って来れたんは、昔と違てお互いが本音を打ち明けられるようになったからやと思う。憶測でああだこうだ決め付けんと、些細な内容でもありのままに曝け出す。俺も名前も、出逢ってからの数年間で身を以て知ったった。それが簡単なようで、ほんまに難しいっちゅうんを。色んな山を乗り越えたから、今がある。ほんでこの先にも越えなあかん壁はあって、せやけどそれを二人で乗り越えるからこそ、切り開ける未来があんねんな。
一年っちゅう歳の差は他人がどう云おうとやっぱりでかいし、永久に縮めることはできひん。名前には俺なんガキっぽく映ってんとちゃうかな、とか。その逆で俺には名前が大人っぽく映り過ぎてんとちゃうかな、とか。けど、人は誰しもいつか絶対に経験すんねん。子供がやがては大人になるんと同じで、辛い出来事ばかりにぶち当たる日やって訪れるやろし、一年云うても自分より長く生きとる人間が曾て通り過ぎた景色を、自分も目にする時がいつかは来る。その差を埋めることはできひんくても、年上故の、或いは年下故の悩みを理解し合おうとすることはできるはずやから。せやから、不安にならんでもええねん。それに、そないな現実に対していつまでもぐだぐだ文句垂れんとしっかり受け止めな、越えるもんも越えられへんし。

「あ、そうだ。見て見て」
「…ハガキ?」

俺の横に座っとった名前は腰を上げ、テレビ脇のケースから一枚のハガキを取り出したった。差出人は、渡邉オサム。まずいの一番にでかでかと書かれた文字が目を引きよって、その次にはなんでやねんと言葉を漏らす。
「こないなハガキ、俺んとこに来てへんし」
「嘘だー。絶対届いてるって!」
結婚しました。か。あのオサムちゃんがな。ハガキを華やかにしとるのは勿論当事者、ウエディングドレス姿の嫁さんと、くそ程にも似合ってへんタキシード姿のオサムちゃん。ちゅうかどないしてもっと早くに教えてくれへんねん。それも大人の事情ってやつか?よう分からんねんけど。
良かったね。名前は祝意を口にしながらも、ハガキの写真を見ては微妙に心苦しそうな面持ちをしとった。やっぱりまだ、罪悪感は消えてへんのやろな。

「安心しぃ。傷つけて壊そうとしてもうた分、二人はこれから幸せになるさかい」
「……うん。そうだね」
「けど、」
「うん?」
「俺らの方が、もっと幸せになんねんで」
「……うん!」

ああ、そうか。デジャヴや。中三の全国大会の日、あの日バスの中で見た不思議な夢はこれやったんや。赤いソファにオサムちゃんからのハガキ、笑い合う俺と名前。何もかも、ここにある。ちゃんと未来に繋がっとったんやな。俺はふっと笑みを零した。するときょとんとした表情で首を傾げる名前。

どうしたの?別に、何でもあらへん。えー。気になるよ!ほんま大したことちゃうし。でも気になるって。教えて光!

「名前、」
「え?」

“I gonna get you some day”

永遠を信じてみるのも、たまには悪くない。なんてな。

end
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