あれ以降ずうっと不機嫌やったなまえ。飴ちゃんをやっても駄目、一緒に絵を描いても駄目、要するに何をしても駄目。おかげでこの銀鼠の曇り空から晴れ間が見えることも、子守りに大分エネルギーを消耗してもうた俺に練習を乗り切る気力もまたあらへんかった。せやけど、ラッキーなことに今日は元々オフやっちゅうことを思い出して。せっかくやしなまえの分も善哉買ってこかな、なんて考えから最寄りのスーパーに立ち寄った俺たちは今、ようやっと帰宅したった。

きみ

「ひかる、これなあに?」
「これはな、善哉云うんやで」
「ぜんざいー?」

おかんは今朝突然家の一員になったなまえの正体を、「親戚の子を預かることになってん」と兄貴たちに伝えてくれたらしい。そこで兄貴たちが疑いを持ったかどうかはわからへんけど、すくなくとも甥っ子の光貴だけは自分と同じくらいの歳の家族が増えたっちゅうことで素直に喜んどった。ほんで俺らが帰るなり飯もまだ食うてへんのに「一緒に遊ぼう」云うてなまえにぎょうさんおもちゃを貸してあげとって、いつもはおもちゃ独り占めにしよるくせに今日はえらいお利口さんやなぁっちゅうて兄貴や義姉さんらは笑っとった。なまえもなまえでそないにワガママも云わんと楽しそうに積み木で遊んどったから、俺はその間に汗流そ思てシャワー浴びに行ってんけど。目や髪の色が多少人と違うだけで、ああして遊んどる姿は完璧普通の女の子にしか見えへんかった。まさかこのちっこいのが宇宙から来たとか誰が思うっちゅうねんな。風呂から出るとリビングにはおかんとなまえだけで、ああ光貴はねんねの時間か、そこで俺は冷蔵庫から善哉を二つ取り出した。白玉善哉と、普通の善哉。なまえは小さいさかい、もし白玉が喉に引っかかったら危険やしな。

「風呂上がりの善哉ほど最高なもんはあらへんな」
「さいこう?さいこうってなに?」
「最高はな、いっちゃんええっちゅうことやで」
「いっちゃんええ?んーー」

難しそうな表情で小首を傾げるなまえに善哉をスプーンで口に運んでやると、餡の絶妙な甘さになまえの顔は一瞬にして綻んだった。美味しいやろ?俺がそう聞けば「いっちゃんええ!」と喜色満面の笑みでなまえは頷く。見様見真似でスプーンを持ち善哉を堪能しとるなまえの隣でいざ白玉を食べようと口元まで運ぶと、不意になまえは顔を上げ白玉に視線を注いだ。

「あのね、なまえちろいのたべてない」
「これはな、なまえはまだうまく食べられへんねん」
「なんでー?」
「なまえはまだよう噛み噛みできひんから、もし喉に詰まらせてもうたら苦しいやろ?」
「なんでなまえはかみかみできないの?」
「なまえはまだ小さいからやで」
「ちいさいからー?」

ふうん、とりあえずは納得してくれた様子のなまえ。「大きなったらちゃんと噛み噛みできるようになるさかい、したら一緒に白玉食べような」と頭を撫でながら云うてやれば、なまえは再び満面の笑みを浮かべ、直後眠たそうに目を数回こすった。せやな、なまえも今日は人がぎょうさんいてる喧しい所に行って疲れたもんな。善哉を食べ終えご馳走様でしたをする頃にはなまえの目はほぼ閉じきっとって、歯磨きを諦めた俺はなまえを抱っこし2階へと運んだった。……ちゅうかどこで寝かせたらええんやろ、やっぱおかんたちの部屋か?そう考え両親の寝室まで足を進めようとすると、なまえは無意識やろうけど俺の服を握り締めてきよって。あっかんわー、ほんま可愛過ぎてどないしよ。俺、マジでロリコンちゃうのに。すやすや寝息を立てとるなまえを抱えたまま、一緒のベッドで寝ることを決めた俺は自室へと向かった。


羊を数える間もなく現実世界から意識を手放した俺は、広い濃藍の空間におった。音もあらへん、果ても感じられへん不思議な世界。せやから俺が一言でも言葉を発すれば、それがどこまでもどこまでも、響いていく。あーあーあーあー……謙也さんのアホー謙也さんのアホー謙也さんのアホー……。もしかせんくても、宇宙やんな、ここ。夢の中やからか宇宙服を着てへんくても呼吸ができとるし、普通に歩けとる。ぐるりと見渡せば、星屑がそこかしこに点在しとった。(蹴飛ばしたら目にも留まらん速さで飛んでってもうたわ)惑星もみっけたで。木星?土星?ちゅうかブラックホールはどこにあるんやろ。吸い込まれたら夢の中でも死んでまうんかな。いっぺん見てみたい気はすんねんけど。ふわふわと綿飴並に軽なった体をコントロールするんは思いの外難しゅうて、一歩前進すれば上下にまで余計に揺れてまう。ここでおならしてもうたらとんでもないわな。ってあかん、何謙也さんばりにくだらんこと云うてんねやろ俺。
東西南北どこに進んどるのかも分からんまま、俺はひたすら歩き続ける。すると青やら赤やら紫やら、様々な色のガスやチリに包まれた星雲を遠くに捉えた。向かい合って横たわるように、それとはまた違う星雲も遥か昔に生を享受し、静かに呼吸を繰り返しとる。大宇宙の住人は他にもおって、この俺ですら見惚れてまうくらい、とにかく幻想的で神秘的な空間やった。

ポーン、ポーン、とピアノの鍵盤を叩くような音が耳を掠める。ちょい高めのラに近いその音は、初めてここで見付けたそれやった。拾い上げてみようと、音のする方へ歩みを進める。しばらくの間黙々と足を動かしとった俺が出会うたんは、ちいさなちいさな、それでいて他に劣らんくらい輝きを放っとる星やった。引力によって吸い寄せられた星屑は、それなのに弾かれてまう。ポーン、ポーン、ポーン、心地ええソプラノが響く。その星の光には、見覚えがあった。眩しい金糸雀色のそれは今朝隕石と共に地球へ落下してきた、小さな宇宙人の瞳の色そのものやったんや。「……なまえ?」恐る恐る手を伸ばしてみると、その瞬間光は空間全体を覆うかのように輝きを放ち、俺の細やかな宇宙の旅はそこで途絶えてもうた。

ポーン、ポーン、ポーン。柔らかなソプラノの音だけが、いつまでもいつまでも、俺の心の内をそっと揺らしとった。
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