「財前、その子どこの子なん?」
「俺の子っすわ」
「……はい?」

きみ

なまえはおかんに預けよ思てんけど、どないしても俺と一緒がええ云うてせがむもんやから、家中の片付けも終わってへんおかんになんとか弁当を作ってもろて学校まで連れて来たった。ほんで予想通り朝練には間に合わんかってんけど、コートを出て来はった謙也さんらとかち合うて。俺に手を引かれたちみっこいなまえを見、アホ丸出しの顔で問うてきよった。そんで冒頭に至るっちゅうわけや。ざ、ざざざざ財前!「俺の子」発言を受け一人挙動不審窮まりない謙也さんは、しきりに短い単語を発する。

ーーちょ、おま、え、いや、ほんまに?

「謙也さん、今まで隠しとってすいませんでした」
「や、そ、それは別にええけど……」
「俺、実はもう結婚しとるんすわ」
「え!?」
「しかも相手は今年還暦」
「え!?」

あかん、マジで真に受けとるわこの人。めっちゃおもろすぎやん。すると、謙也さんのリアクションに小さく吹き出しながらも「あんまからかわんとき」と窘めてきはる白石部長。なんやつまらんわ思いつつ素直に従い冗談やっちゅうことを告げると、謙也さんは俺の肩に手を回し髪をガシガシ乱してきたった。“年上からかうのんも大概にせえや財前!”いや、普通に考えたら冗談って分かると思うねんけどな。大体ひとつしか違わへんのに年上とか。「せやったらこの子はほんまにどこの子なん?」部長の疑問に俺は親戚の子っすわ、とあらかじめ用意しとった回答を述べる。やって真面目に説明すんのめんどいし……。それに信じてくれるかもわからへんしな。俺から離れたないわめいて聞かんかったんで、今日だけ特別に連れて来たんです。ここまで云えば、先輩方はほぼ納得したようやった。

「お嬢ちゃん、お名前は?」いつの間にか俺の背後でもじもじしとったなまえに(うさん臭い)笑みを携え白石部長は話しかける。部長に謙也さん、師範に小春先輩、エトセトラ。と、大人数に注目されとるんが余程怖いんか、怯えた視線を俺に送ってきよる。

「なまえ、こいつら……ちゃうかった、この人方は俺が(一応)尊敬しとる先輩たちやねん」
「そんけい?せんぱい?せんぱいは、いいひと?」
「せや、(一応)ええ人やで」

「おーい財前、括弧の中丸聞こえやで」なんて云うてくる謙也さんは一先ず無視するとして。俺がええ人やっちゅうのを繰り返し口にすると、純粋ななまえはその言葉を信じたらしい。白石部長を見上げ、なまえです、となんや恥ずかしそうに挨拶したった。おかんのときは普通やったんに、この歳でもうイケメンに弱いっちゅうことなんやろか。

「俺は蔵ノ介、くららでええで」
「くら、ら?」
「せや、くららな。ほんでこっちはパツキン」
「パツキンちゃうし!なまえちゃん、俺は謙也な。けーんーや」
「け、ん、にゃ」

くららでも変態でもひよこでも何でもええけどな。思い思いに名前を呼ばせる部長らを尻目にふと気付く。あのー、もうじきSHR始まるねんけど。

*****************

席の真横に置かれた子供用の机と椅子。まあ四天宝寺はなんでも有りやからな。どないしてこうも準備良く子供用の机やら椅子やらが置いてあったんかなんて一々聞かん。構図的には、俺と隣の席の奴(名前何ちゅうたっけ?忘れてもうた)との間になまえは挟まれてお利口さんに座っとる。そういや、となりのトトロにもよう似た場面あったな。確か、メイちゃんが寂しさのあまりサツキのいてる学校に行って、こないな感じで席と席の真ん中に着席しとるシーン。どこぞのジブリマニアちゃうけど、ガキンチョがいてると少しは詳しくもなんねんて。

「ひかるくーん!」

……うわ、また来よったであいつら。俺は心底うんざりした表情で前方の引き戸に一瞥を投げる。今にもハートマークがびゅんびゅん飛んで来るんちゃうかってくらい黄色い声で名前を呼んできたんは、最近ようつきまとってきよる先輩ら二人。所構わず光くん可愛えだの大好きだの、ほんまうっといねんこの人方。ええ加減名前覚えてくれたー?って来る度聞かれんねんけど、俺が自分らの名前覚えることに何のメリットがあるんって感じ。今日はなまえもいてるしシカトしよかな、そう考え机に突っ伏すもあろうことかそいつらはずかずかと教室に入って来たった。

「あれ、誰この子ー超可愛え!」
「光くんの妹さんなん?」

なまえの目が一瞬にして警戒の色を孕んだことを俺は見逃さへんかった。無遠慮に触れようとしはる先輩らに、なまえはぎゅうと俺の制服を掴む。すんません今日は忙しいんで。極力優しい口調で遠ざけようとしても、先輩らは可愛いこぶって口を尖らすだけやった。えー、全然忙しそうちゃうやん光くん!遂には俺を無理矢理廊下へ連れ出そうと腕を引っ張ってくる始末。あーこれってキレてもええやつやんな、と自問自答しとった時。ほんの数秒前まで快晴やったはずの空がたちまち分厚い雲に覆われ、紫色の閃光が走るのとほぼ同時に激しい雷鳴が轟いた。

「やーだー!」

元凶はなまえか。ぶすっと拗ねたような表情でなまえがやだやだと連呼すれば、その度に雷は光って鳴って、光って鳴っての繰り返し。「ひかる、なまえといっしょにいてくれなきゃやだ!やだやだやだー!」もしかしなくても、やきもち焼いてくれとるん?なまえの機嫌を直すよりも先に、不機嫌の理由を知った俺は嬉しさと可愛さについつい口元が緩むのを隠した。ぶっちゃけ嫉妬とかめんどい思うだけやってんけど、相手がガキンチョやからか今は素直に嬉しい思うねん。俺だけがテニス部の中で唯一まともな常識人なんに、ロリコンになってもうたらどないしよ。なんて本気で懸念する、十四歳の夏。
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