向日葵畑に行くはずだったその日。朝一番の体温測定で、案の定なまえの熱は十分な程には下がってへんかったから、今日の予定を断念する他あらへんかった。向日葵畑には行けへんけど、その代わり今日はずっと一緒におれるから。せやから向日葵畑はもう少しねんねしたらな、なまえ。俺は優しく宥めすかしたった。まあどっちみち駄々捏ねるんちゃうかなー思っとったけど、なまえは項垂れるだけで文句一つ口にせえへん。なんやろ、違和感?釈然としないっちゅーか、反応が薄っぺら過ぎて。熱に侵されて単に気力があらへんだけなんかもしれへんけど、でも、なんかちゃうねん。

きみ

「ほな行ってくるさかい、なまえ頼むで」
「はいはい。あんたもつくづく心配性やね。なまえちゃんのおとんみたいやわ」

再び眠りに就いたなまえ。多少は落ち着いたものの未だ呼吸は荒く、それでも確かに深い眠りに墜ちたのを見届けた俺は、コンビニへ行こうと財布をジャージのポケットに押し込んだ。白玉善哉と、音楽雑誌と、あとなまえにはポカリスエットとアイスでも買ってこかな。

おとん、か。チャリをこぎながら想像してみる。もし俺にほんまもんの子供ができたらきっといまみたいに、いやいま以上に心配性になってまうかもしれんな。俺自身、こない心配性っちゅーか過保護っちゅーか、そうなるなんて考えてへんかった。しかも、自分の子供とちゃうのに。そもそも俺は子守りはまあまあ得意な方やけど、そこまで子供が好きやったわけやないねん。なのにいまは、なまえと一つ屋根の下で暮らすようになってからは、身内とか関係なくガキンチョを見るだけで「ああ、こいつらも頑張って生きとるんやなぁ、」とかあほみたいなこと考えたりして。

いや、子供って実際凄い生き物やと思うで。赤ん坊の頃は、壁に手を付いて一生懸命立ち上がろうとする。それができれば、今度は手を付いたまま足を浮かせて進もうとする。それもできれば、今度は壁から手を離して歩こうとする。も少し大きなると、楽しいときは両手を叩いて嬉々とする。悲しいときは、涙をぼろぼろぼろぼろ零して泣く。怒っとるときは、手足をばたつかせたり大声を上げたりする。今の俺には、自分の感情をあそこまで素直に表現したりなんか絶対できひん。むしろ、それができる人間ってどんだけこの地球上におるんやろ。遠山みたいな奴は稀とちゃう?やって対人関係とか、体裁とか、色んなことが障害になってまうやん。それを障害やって、感じてまうやん。せやからもし、そういうのを全部取っ払えばまた違う自分が存在しとるんやろな。とかなんとか云うて、実際遠山みたいな俺とか想像しただけでキモいねんけど。


『もしもし、あんた今どこにおるん!?』

最寄りのローソンで目当てのモンを買うて、チャリのサドルに跨がったその時。なんや携帯鳴っとるわ思て通話ボタン押したらおかんのえらいパニクった声が飛び込んできよったから、どこも何もコンビニ行く云うたやんけとか呆れつつ今出るとこやって返せば、間髪容れんと述べられた二の句に俺は己の耳を疑った。

『なまえちゃんがいなくなってしもたんや!』

正直「は?」やった。いなくなったってなんなん。おかんがついとったくせにいなくなったっておかしない?たちまちのうちに冷静さを失った俺は、怒声に罵声と、とにかくおかんを糾弾する言葉ばかりを探してもうた。

「なまえ頼む云うたんにいなくなったってどういうことや!?人の親失格もええとこちゃうかほんまに!」
『説教は後でなんぼでも聞いたるから、今はなまえちゃんを見付けるのんが先やろ!?』
「云われんでも分かっとるっちゅーねん!」

通話を強制終了した俺は、加速の余地もあらへんくらいにチャリをかっ飛ばす。はよなまえを捜し出さな…一人で外は危険過ぎるわ。比較的近所で子供が行きそうな所、たとえば玩具屋やったり駄菓子屋やったり、そういう場所を一つ一つ虱潰しに調べていく。けど、なまえはどこにもいてへん。ほなら一応とはんこ屋や整骨院も見てみるけど、やっぱり見当たらんかった。そうこうしとる内にぽつりぽつりと雨が降り出してきよって、なまえが泣いとる気がしたったから、滴る汗もそのままに俺は再び自転車での捜索を開始した。


「なまえ!」

それから15分くらい過ぎたやろか、ようやっとなまえらしき幼子を発見した。家から結構離れた所にある小学校の花壇の前、そこにしゃがみ込んどるあの小さな背中は、間違いなくなまえのものやった。聞こえへんかったんか、名前を呼んでもなまえは振り返らん。そこで恐る恐る近付いて背中を優しくさすると、ぴくりと反応を示したなまえは、予想通り泣いとった。

「心配したんやで、皆」

雨も降っとるし、体調が悪化してまう前に帰ろうと促すものの、なまえは中々帰ろうとせえへん。しゃーないからここは強制送還するしかあらへんな、そう思て抱っこをしようと両手を伸ばしたら、なまえは突然抱き着いてきたった。どないしたん?濡れた髪の毛をすきながら問えば、

「ひかるともっと、いっしょにいたかった」

雨は、激しさを増した九夏の雨は、まるで心の内側にまで染みを作るんちゃうかってくらい、俺たちを濡らしていった。
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