持ちうる力の全てで生き抜くことを誓った矢先、あの日の夜からなまえが発熱を繰り返すようになった。なまえの小さな身体を苦しめ翻弄する熱は、飽きもせずに上がったり下がったり、治まったり振り返したり。その所為かなまえは日に日に弱っていき、遂には歩くことも儘ならん状態にまで至ってもうた。(ふらふらとおぼつかない足取りは、土手で出逢った時みたいや)
この調子やと明日の向日葵畑は行けそうにあらへんな。あない楽しみにしとったのに……。なまえの気持ちを思うと、切り出すのがほんまに辛かってん。また今度な、って云わなあかんのに。

きみ

20時過ぎ、俺の寝室にて。薄い掛け布団に包まっとるなまえは、寝苦しくて眠れへんのか無言で天井を見上げとった。瞬きを一回、二回、三回。俺はといえば課題をはよ片付けてしまいたかったから、眩しくないように机上の明かりだけを点けてシャーペンを走らせとったんけど。気になって振り返ったらなまえが黙って目を開けとったからな、普通にビビったわ。なまえ。椅子から下りた俺はベッド脇にしゃがみ込むと、そっと頭を撫でてから優しく手を握る。弱々しげに呼吸を繰り返すなまえは何も云わへん。それどころか俺の顔を一瞥すらせずに、ただただ天井を見つめ続けとって。この至近距離で聞こえてへんわけちゃうよな……?俺は息を凝らした。凝らさざるを得えへんかった。何て声を掛けたらええのか、言葉が全く出てこおへんかったんや。

「ひまありばたけ」
「……ん?」
「いきたかった」

―行きたかった。過去形っちゅーことは、なまえもちゃんと理解しとったんか。明日は行けへんことを、そして俺がそれを告げようとしとったことを。子供やってもちろん我慢することを覚えなあかんのに、なまえがぽつり吐き出したその諦めを意味する一言は、思った以上に俺の心を締め付けたった。想定の範囲外。ごめんな、なまえ。頼むから、そない悲しい顔せんといて。俺は視線をなまえの顎の辺りに移し、その時初めて、なまえの双眸は俺にピントを合わせた。

「ひか、る」
「……どないしたん?」

俺は二の句を待った。せやけどなまえは「なんでもないっ」とふてくされたような声色で返すと、掛け布団に潜り込んでまう。ほんで少ししたら寝息が聞こえてきたったから、俺もまた机に向き直ってん。せやけどなまえがさっき何を云おうとしてたんかとか、一々気になって集中できひんわ。

トントン、トントン、規則的なリズムでノートを叩くシャーペン。あ、シャー芯折れた。なんやねん、弱っちいやっちゃな。ちゅーかとりあえず今日の目標まで後もうちょいやし、なんとか頑張らな。課題に集中して取り組む為、ヘッドフォンを耳にあてがう。するとすぐさま最近ようリピートしとるバンドの曲が流れてきて、俺の意識はほぼ完全になまえから切り離された。せやから、

「……ひ、か、る」

消え入りそうな声で俺の名前を呼んだなまえに、ふるふると俺の方へと伸ばされたなまえの小さな右手に、当然気付くはずもない。
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