「なんで」って。眠るなまえの手を握りながら、そればっか考えとった。なんで部室にいさせへんかったんやろ。なんでお願いを聞いてしもたんやろ。なんで気付けへんかったんやろ。なんで、なんで、なんで。ぐるぐるぐる、ぐる。後悔、自己嫌悪、恐念、焦燥。数多のマイナス感情がその手を休めることなく俺を襲う。なまえの手は、握れど握れど冷たさを増すばかり。まさか、このまま二度と目を醒まさへんとか……?闇よりも深い不安に駆られ、俺は顔を伏せる。頼むから目を開けてや、なまえ。

きみ

「ひかる、ねんね?」

いつの間にか眠っとったらしい。俺の意識を引き寄せたんはなまえの声やった。枕元に置かれた時計の短針は4時を指しとって、すくなくとも30分は寝てもうたことを教えられた。なまえ、俺は幼子の手を握る。さっきまでとは違て温かなそれから、証拠を得た気がした。なまえが生きとる、確かな証拠を。

「ひかる、ぐあいわるいの?」
「ん?どこも悪ないで」
「でも、おかおがいたいいたいだよ。なまえ、ぼういんのおいしゃさんになる」

なまえに心配されてまうくらい暗い顔しとったんか。その灰色に曇った表情を晴れさせようと、俺は精一杯笑ってやる。するとなまえは手を伸ばして俺の頭に触れ、この世界に古くから伝わるまじないを唱えたった。“いたいのいたいの、とんでけー!”俺の心に巣くっとった病原菌は、純真無垢ななまえによってあっちへポイ、こっちへポイ。おかげで大分楽になったわ。おおきに、となまえの一生懸命な仕草に乗っかれば、なまえの屈託顔にようやっと花が咲いた。

ああ、そうか。俺のこの間抜けな目には、いつもと変わらんように映っとった。せやけどもしかしたら、俺がこうして懊悩しとる間、なまえも同じように不安に思っとったのかもしれんな。沈んだ表情ばっかしとったから、何もいまだけとちゃう、ずっと心配してくれとったのかもしれへん。それでも俺にこれ以上悩みの種を与えへんよう、普段通りのなまえを装って。……ほんま、子供のくせにどんだけ気ぃ遣うねん。俺は俺でそれに気付けへんかったとか、もはやあほ以外の何者でもあらへんわ。謙也さんのことあほあほ云うとる場合ちゃうやんけ。なっさけな。


「ひまありばたけ」

ふとなまえが発した言葉。髪を結んどった向日葵のゴムは故意に外したんか、手の中から顔を覗かせとる。ひまありばたけ?俺が鸚鵡返しをすると、なまえは向日葵をじいっと食い入るように見つめながら頷いた。「こおきがね、こんどひまありばたけにいくんだーっていってたの。それでね、でんしゃにのるんだって」まるで宝物でも扱うような手付きでゴムを掌に乗せとるなまえは、明らかに羨望の色を瞳に宿しとった。ちゅーか向日葵畑に行くなんて話あったっけ?それかまた子供特有の虚言が始まったんやろか。まあ、でも。

「せやなぁ。したら次の練習休みに俺らも向日葵畑に行こか」
「やしゅみ?あとなんかいねんねしたら?」
「後三回くらいやで。ちゃんとねんねして、お利口さんにしとったら向日葵沢山の所に連れて行ったるからな」
「やったあ!なまえ、おりこうさんにしてる!」

なまえと過ごせる、有限の時間。できるだけ行きたい場所に連れて行きたいし、やりたいことをさせてやりたい。それを心から望むなら。先の話なんか分かるはずもないねんから、今は精一杯、なまえと生きるんや。
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -