熱い瞼に噛みつくシュガー



「え……なにしてんの」

第一声がそれかよって、言った自分が一番そう思ってる。だけど、だって、今日は予報通りの寒波で、実際いま外はマジで真っ白だってのに。

なんでこの子、こんな笑顔で人んちの前に立ってるの。

「こんにちは、先輩」
「こんにちは、……いや、そうじゃなくて」
「推薦合格おめでとうございます!わたし、先輩が受かったって聞いたらいてもたってもいられなくて、来ちゃいました!」

来ちゃいましたって。俺はナマエちゃんと、彼女の後ろに広がるホワイトアウトした世界を交互に見た。来ちゃいましたって。こんな天気で、どこにそんなエネルギーがあるのか。だって見てよ、歩いてる人なんてどこにもいないじゃん。ていうかそもそも見えないけど。

とりあえず玄関の中に通して、コートについた雪をほろってあげる。髪なんかちょっとのレベルじゃすまないくらい濡れちゃってるから、タオルをもってきてやさしく拭いてあげた。それでも、そのまま自然乾燥を待ってれば百パー風邪引くだろうし、ドライヤーで乾かさないと。

「あがって。そのままだと風邪引くよ」
「え!いやいいですよ!走って帰りますから!」
「いいから。先輩命令」
「うう……先輩ずるい。わかりました」

先輩であることを強調すれば大人しくなることを、俺は熟知している。端っこでブーツを揃えて「お邪魔します」おずおずと上がった彼女を、洗面所ではなく二階の自分の部屋に通した。たぶん親に挨拶しなきゃ〜とか考えてたんだろうけど、いま親いないし、いたとしても後ででいいよ。マジで風邪なんか引かれたらカッコつかないからね。


「わぁ……ここが松川先輩のお部屋ですか」
「ごめんね、散らかってるけど」
「そんな!どこが散らかってるんですか!」

あの、なんていうか、先輩の部屋って感じがします!綺麗で、大人の男って感じで。…なんて、(語彙力)ってつけたくなるような貧相なボキャブラリーだと思ったけど、それでもナマエちゃんは一生懸命、身振り手振りで誉めてくれた。つーか大人の男って。一つしか違わないのに。ナマエちゃんはちょっと、いやかなり頭が悪い。けど、そういうとこも含めてカワイイと俺は密かに思ってる。

「先に髪乾かそ。終わったらなんか飲み物持ってくるから」
「え、いいですってほんと!」
「ダーメ。逆らうの?」
「……御意」

ほらこっちおいで、ベッドをぽんぽん叩いて、困ったように棒立ちしているナマエちゃんを座らせる。ドライヤーのコンセントを差し込んで、彼女の髪に触れれば、肩がほんの少しだけピクリと跳ねた。緊張、してんのかな。そういう反応されたらいじめたくなるのは、男の性ってやつだ。

「ナマエちゃん、首細いね」
「そうですか?」
「うん。それにうなじ、すごい綺麗」

長い髪を掻き分けて、今度はうなじの辺りにそっと手を這わせてみる。そうするとまた肩がぴくんと反応して、たぶん今のは緊張は緊張でも意味的には別物だよなーなんて思ったら、もっとイタズラしたくなってしまった。片手でドライヤーを持って乾かしながら、もう片方の手でうなじ、耳たぶ、色んなところに触れてみる。どこを触っても白くて、綺麗で、柔らかくて、ああやっぱ男とは全然違うな、と実感。

「せ、先輩、」
「ん?どうした?」
「あの、あまりからかわないでください……」

いつも声の大きいナマエちゃんが、消え入りそうな声で訴えかけてくる。それがもうおかしくて思わず笑いを溢せば、先輩のいじわる、ナマエちゃんはそんな呟きを吐き出した。きっと、唇を尖らせながら。

「そういや、今日練習はどうしたの?」
「いや、それがですね。インフルエンザが多発しちゃったので、急遽お休みになったんですよ」

ナマエちゃんは女バレのマネージャー。俺ら男子は、作業を分担できるだけの人数がいるから基本マネージャーっていうマネージャーを必要としない。だから、時々、女子が羨ましいと思ったりもしてた。むさくるしい連中の声の、隙間隙間にナマエちゃんのからからとした明るい声が響く。それが俺にとっての密かな癒しだった。
俺は男だし、やっぱ好きな子の前ならなおさらスマートにこなしたいとか思うけど、ナマエちゃんは積極的で、この通り行動力が半端じゃないからいつもいつも、先を越されてかっこなんかつける隙がないのだ。今日だって来てくれるって分かってたら俺から行ったのに、「びっくりさせたかったので」なんてにこにこ笑って言うんだもんな。うれしいのと情けないのとで、返す言葉すら出てこない。俺としては、たまにはかっこつけてナマエちゃんをドキッとさせたいのに。

「いま流行ってるみたいだからな。俺かかったことないけど」
「わたしもないですよ。元気が取り柄なので」
「それ、なっても気づいてないだけじゃなくて?」
「違います!先輩ひどい!」

後ろを向いたまま俺にパンチをしようとするナマエちゃん。さらりとかわして、まだ少し濡れた部分にドライヤーの熱を集中させる。いつもは邪魔にならないようまとめられてるその髪が、今日はまっすぐおろされた状態。普段あまり見ないこともあって、なんか新鮮な感じがした。そこから五分くらいかかってようやく髪を乾かし終えると、よほど気持ち良かったのかナマエちゃんの目は猫みたいにとろんとしていた。

「そういう顔、ほんと反則だわ」
「すいません」
「なんで謝るの。むしろ俺が謝らなきゃ」
「?」

うぶなナマエちゃんは、何も知らない。俺がこの部屋に上げた時点で、少なからず、そういう妄想や期待を抱いてることなんて。その顔を見て、いま、彼女が知ったら赤面してしまうような部分が、ほんの少し熱いことなんて。純粋な彼女を汚してしまった気がしたから、謝らなきゃいけないのは本当に俺の方なんだけど。

「いまあったかいもの持ってくるから待ってて」

台所に確かスティックココアあったっけ。ナマエちゃん甘いの好きだろうし、これ置きに行きながら淹れてくるか。あ、この間のクッキーも一緒に持っていけば食べるよな。そんなことを考えながらドライヤーのコンセントをくるくる巻き付けていたら、ナマエちゃんが「あの、先輩!」とおもむろに立ち上がっては慌てたようにコートを着始めた。

「わたし、そろそろ帰ります!」
「え?あ、ごめんもしかして用事あったの?」
「いえ、用事はないんですけど」
「じゃあなんで?」

なんで、と至極当たり前な疑問を口にすれば、ナマエちゃんはあの、だって、ともごもご言葉を濁し俯いてしまった。よほど言いにくいんだろうなっていうのは理解できたけど、その内容に全然見当がつかないから気になって気になって仕方がない。立ち上がった彼女の手を引いて、もう一度強制的にベッドに座らせ、返答を待つ。教えてくれるまでは、絶対解放してやらない。

「お、」
「お?」
「おっぱいの大きな女の子とイブの日過ごすって聞いたから、だからわたし、すぐ帰らなきゃって思って」

……はい?おっぱいの、大きな女の子?
俺はナマエちゃんの唇から紡がれた言葉に耳を疑った。俺がいつ、そんなこと言った?いつ、誰に。「……それ、言ったの誰?」一応、本当に一応、確認してみる。まあ、聞かなくてもいいようなもんだけど。念のためってことで。こんなこと言うバカが、そうそういてたまるか。

「及川先輩が言ってました」

確かに、今この部屋には俺と、おっぱいの大きなナマエちゃんがいるけども。ああ、うん。今の俺、とてつもなく後頭部にサーブをぶちこみたい気分。岩泉の気持ち、今ならスゲーわかるわ。明日学校行ったら覚えてろよ。

「誰かと勘違いしてるんじゃない?俺今日一日フリーだし」
「えっほんとですか?」

毎年クリスマスはバレー部のやつらとラウワンでボーリングやったりして過ごしてたけど、今年は俺たちも一応受験生だからな〜って二言三言の会話から完全自粛ムードになった。俺らが集まるって言い出さなきゃあの一、二年のことだからたぶん集まったりしないだろう。仮に集まったとしても、一般入試の仲間を差し置いてクリスマス充とかやっぱり気が引ける。それを言ったら何もできないジャンって話なんだろうけど、推薦組は推薦組で配慮してるつもりってこと。ナマエちゃんは一日部活だし、時間が空いたとしてもこんな天気だし、今年はマジでなにもしないまま一日終わるな。と、ほんの一時間前まで思ってた。

「午後から少し天気回復するみたいだし、晴れたら出かけよっか」
「でも先輩、いいんですか?」
「どうしたの。まだ何か気になることある?」
「いや、好きな人いるって噂前に聞いたので。誰か他に誘いたい人いるのに付き合わせたら悪いじゃないですか」

この子、意外と気にしぃなんだな。意外とって言ったら失礼だけど、そんなことまで考えてるとは思わなかった。そこまで気遣わなくていいのに。

「好きな子ならいるよ」
「ほら!」
「いま俺の部屋にいて、ベッドに腰かけてる、おっぱいの大きな女の子」

あ、最後のは余計だったな。けど、いっか。今のナマエちゃんの耳には、そんな一言きっと残ってないだろうし。たちどころに真っ赤になっていく、ナマエちゃんのほっぺた。手を伸ばして触れてみたら、マシュマロみたいにぷにぷにして柔らかくて、まるで赤ちゃんだなと思った。

「あ、あああの!先輩、さっきの言葉は本当ですか?」
「本当だよ」
「わたし、わたしも先輩のこと」
「ダーメ」

ナマエちゃんのせわしない唇に、人差し指をそっと当てる。積極的で、行動的で、俺が言いたかったことまでいつもさらりと言ってしまう女の子だから。こういう時くらい、男の俺からちゃんと言わせて。

「好きだよ」
「わ、わたしも好きです。ずっと好きでした」

だって好きな子じゃなかったら、わざわざ自分の部屋に上げて髪乾かしてあげたりなんかしないよ。俺、人が思う以上に打算的だから。ぷるぷる唇を震わせながら、少し潤んだ瞳で俺を見つめるナマエちゃん。上気した頬に、扇情的な表情。なんだこれ。最高のプレゼントかよ。

「キス、してもいい?」

一応聞いてみれば、ナマエちゃんは恥ずかしそうに俯いて、小さく頷いてくれた。紳士ぶってても俺だって思春期の男だし、頭の中はさっきからずっとヤラシイことばっかり考えてる。たぶん、いや絶対、キスだけじゃ終われないと思うけど。外はまだ吹雪いてるし、天気が落ち着くまでもう少し時間がかかりそうだから、とりあえず目の前のこの、クリスマスプレゼントをいただきます。

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