明けない夜があってもいい



「あれ、もしかしてミョウジ?」
「え?……あっ、木葉?!」

観念して目を合わせたその相手に、わたしは今年一番の驚きを禁じ得なかった。


クリぼっちになるのが嫌だったからって飲み会の誘いを受けてしまったことを、非常に後悔していた数日前のわたし。

梟谷を卒業して、そのまま都内の第一志望だった大学に進学したまではよかった。いざ入学してみたら、女子会だなんだとまあ予想以上にお金のかかること。一応成人の身でいつまでも親をアテにするのは情けないと思って、家の近くの喫茶店でバイトを始めたら、講義、バイト、講義、バイト、バイト、飲み会、講義、たまに寝坊。そんな感じで彼氏ができないまま半年、一年が過ぎてしまった。去年まではクリスマスも俄然バイト入れてたのに、今年は店長が家族旅行に行くからお店が休みで。え、休みたくないのに!ぼっちじゃんわたし!飲み会の誘いがきたのは、そんなときだった。

声をかけてくれたのは同じ学部の、同じクラスの、でもほとんど喋らないようなキラキラ女子の結愛ちゃん。最初はただの飲み会だと思って二つ返事でOKしたけど、なんで誘われた時点で気づけなかったんだろう。要するに、合コンだったってこと。結愛ちゃんの中では飲み会イコール合コンなんだろうか。考えてみたら、ただの飲み会に仲良くもないわたしを誘うはずがないのに。やっぱり断ろうと思ったけど、もう時すでになんとやらで。

当日、わたしは適当な服装で相手の誰だかさんが予約してくれた居酒屋へ向かっていた。適当なメイク、適当なニットワンピース、何もかも適当の一言に尽きる。でもいいの。合コン苦手だし、だから目立ちたくないし。大体、いい出会いがあるなんて初めから期待してもいない。そんな感じでお店に到着すれば、わたし以外みんな揃っていた。まるでヒーローの登場みたいに一気に注目を浴びてしまい、早くも逃げ出したい気分。

「(え、予約時間六時半でしょ?早くない?)」

随分気合い入ってるんだなぁなんて思いつつ、結愛ちゃんに手招きされ空いていた席に座ると、すかさず飲み物のメニューを渡される。そうしてタイミングよく通りかかった店員さんに声をかけ、全員分のドリンクをオーダー。甘いお酒しか飲めないわたしは、とりあえず定番のカシオレを頼んだ。"とりあえず生"がほとんどいないことにびっくりしながらメニューを閉じて横に置くと、あきらかにバシバシ視線を感じて居心地の悪さが半端じゃない。真向かいの男の人がものすごいガン見してくるから、わたしの視線はあっちへいったり、こっちへいったり。

その相手こそが、高校の同級生、木葉秋紀だったのだ。

「久しぶりじゃん!てかびっくりしたーまさかここで会うと思わなかったもん」
「俺も他人の空似かと思ったわ。つーか卒業して何年?二年は会ってないよな」
「そうだね。わたしクラス会結構不参加だからなー」

レゲエパンチのグラスを傾けながら、木葉は楽しそうに笑う。合コンが始まってお決まりの「じゃあ自己紹介しよっか」の流れになったけど、木葉に再会できた嬉しさでわたしは参加してる人たちの名前なんてほとんど頭になかった。女の子も違う学部の子がいたりするし、なんというか見事な寄せ集めだなんて思ったりして。

「そっちはみんな同じ学部なの?」
「ん〜違う子もいるみたい。他に誰来るのか全然知らなかった」
「そもそもミョウジってあんま合コン得意じゃなさそうなイメージあったけどなー」
「そーだよ超苦手!だから合コンって知ってれば秒で断ってた」

でも結果オーライだ。こうして木葉に会えたんだから。カシオレを流し込みながら、懐かしい顔に胸の中がじんわり熱くなっていく。
木葉とは、高三のときクラスが一緒だった。どんな子に対しても分け隔てなく接してくれるやつだったし、あのバレー部のレギュラーってこともあって、結構モテてたと思う。思うっていうか、実際モテてた。しょっちゅう告白で呼び出されてたもん。木兎くんみたいに超超目立つ!って感じではなかったけど、地味に有名人だった。

「木葉いま彼女いないの?」
「いたらこんなとこ来ねーからな」
「あはは、確かに」

なのに木葉は、告白される度に全部断ってきたみたい。一部ではマネージャーの白福さんと付き合ってるって噂してる人もいたりして、それが本当だから告白断ってるのかなっていつも気になってた。気になって気になって、でも聞けないまま卒業して、わたしの片想いも終わってしまったのだ。あの頃、二人は本当に付き合っていたのかな。今なら、アルコールの力を借りれば聞けそうな気がする。

「なに、二人高校の同級生なの?」

わたしの隣にいた子がトイレに立つと話し相手がいなくなったからか、木葉の隣の人がわたしたちの会話に入ってきた。えーと名前なんだっけ。背がすらっとして、なんか読者モデルとかやってそうな人。山盛りポテトをつまみながら、あきらだったかまさとだったか、さっきの自己紹介を必死で思い返す。でも、思い出せない。だからとりあえず、ハイボール飲んでるしハイボールさんって呼ぶことにしよう。

「そーそー。卒業してから一度も会ってなかったからマジでびびった」
「へー。ナマエちゃんと同じ高校とかお前羨ましすぎ!」
「だろ〜」

なにそれ。木葉のそのリアクションに思わずドキッとしてしまったけど、カシオレをぐびぐび飲んで適当に笑ってごまかす。あーびっくりした。そういうこと、さらっと言わないでほしい。

「ナマエちゃん高校はなにか部活やってたの?」
「ううん、帰宅部だったよ」
「そーなんだ!じゃあ彼氏とは毎日デートしてた?」
「ああ、うん。そうだね。そんな感じかな」

グラスが空になったからカシオレをおかわりして、いま運ばれてきたおいしそうな肉料理を適当に取り分ける。毎日デートなんてしてないしそもそも彼氏だっていなかったけど、こういうグイグイくる人が苦手なわたしは面倒くさくて嘘をついてしまった。嘘だと知らないハイボールさんは、「いいなぁ〜」「俺もナマエちゃんとデートして〜」なんて言葉を漏らす。隣の木葉はというと、取り分けた料理を食べるだけで突然のノーリアクション。好きな芸能人は?苦手なタイプは?音楽なに聴く?あれこれ質問攻めが始まると、木葉はなぜか黙ったまま相槌すら打ってくれない。もはやわたしとハイボールさん二人の会話のようになってしまって、早く隣の子戻って来てくれないかなぁってそればっかり考えてた。苦手なタイプ?あなたですよ、なんて言ったらどんな顔するだろうか。

それから少ししてようやく隣の子がテーブルに戻ってくれば、ハイボールさんは会話から離脱した。そのタイミングで、口をもぐもぐさせながら木葉が何事もなかったように話しかけてくる。さっきの沈黙はなんだったんだ。もしかして、こっちがいい感じの雰囲気だからとか気を遣ったつもり?

「ねーねー、木葉ってバイトしてる?」
「してる」
「なにやってるの?」
「言わねー。絶対意外って爆笑すっから」
「えー気になるんだけど!お願い教えて!」

じんわりと顔が熱くなってきて、アルコールが回ってきたのが自分でもわかった。木葉も一体何杯目なのか、結構なハイペースでグラスを空にしていく。カルパッチョをつまんだり、ポテトに手を伸ばしたりしながら、「お願いお願い!」木葉が教えてくれるまではわたしも決して引き下がらない。

「……や」
「や?八百屋?」
「だから、花屋だって」

うっそ。あの木葉がお花屋さん?なんで?ほわんほわんほわん、と色とりどりの花に囲まれた木葉の姿を想像して、たまらず吹き出してしまった。

「だから言いたくなかったんだよ!つーか親戚のやってる店手伝ってるだけだから!」
「ごめんごめん、やっぱちょっとギャップありすぎて」

心底恥ずかしかったのか、木葉はそっぽを向いてしまう。でも、うん。案外合ってるかもしれないよ。ほら、今そういう男の人増えてるし!フォローにもならないわたしのしょうもないリアクションに木葉は仕方なくこっちを見てくれて、主に籠花やアレンジメントの配達に回ってると仕事のことを話してくれた。段々、違和感がなくなっていくというか。話を聞いてるうちに、将来お花屋さんでもいいような気がしてくる。また不貞腐れそうだから言わないでおくけど。

「あ、ごめんちょっとトイレ行ってくるね」
「おーいってら」

席を立ち、トイレはどこかキョロキョロしながら歩いていく。すると後ろから「こっちだよナマエちゃん」と結愛ちゃんが教えてくれて、そのまま二人でトイレへ向かった。店内はいつの間にやらほぼ満席に近い状態で、おもちゃ箱をひっくり返したようにどこを歩いても賑やかだ。今日がクリスマスイブだからか、日曜日だからか、たぶん両方。

トイレのドアを開けると、結愛ちゃんは真っ先に奥の化粧台へ。化粧直しを始めた彼女を一瞥して用を足そうとすれば、「ナマエちゃんさぁ」と何か言いたいことでもあるのか引き留められてしまった。

「木葉くんと仲良いんだ?」
「え?木葉?いや久しぶりに会ったから今はそんな仲良くもないけど」
「ふーん。じゃあ、わたし木葉くん狙ってもいいよね?」

ミラー越しの結愛ちゃんと目が合ってしまった。挑戦的で自信に満ち溢れた大きな瞳が、わたしの間抜け面を捉えて離さない。う、うん。いいんじゃない。わたしにはカンケーないし。必死で強がってみせたけど何もかも見透かされていそうで、わたしは思わず引き返してしまった。

「(トイレしに来たのになんで出てきちゃったんだよー!)」

トイレ前の通路で頭を抱えていたら、なにしてんの、と背中から声をかけられて肩が跳ね上がった。同じく用を足しにきたらしい木葉が、怪訝そうな表情でわたしを見ている。

「あ、いやなんでもないから気にしないで」
「そ。つぅかさ、」

周りには誰もいないのに、こっそり耳打ちしてくる木葉のその顔の近さに、またドキッとしてしまう。

「二人でどっか行かね?」
「え?抜け出すってこと?」
「うん。だって合コンとか正直面白くねーじゃん。それに」

"お前と二人でゆっくり飲みたいし。"
木葉の一言に、その誘うような顔つきに、自分でもはっきり聞き取れるくらい心臓が高鳴ってる。どうしよう、今日はドキドキしてばっかだよわたし。今なら間に合うかな。まだ、結愛ちゃんが戻ってくる前なら。さっきはわたしにはカンケーないなんて言ったけど。わたしだって木葉ともっと喋りたいんだ。久しぶりに会えたのに、他の子に邪魔されたくない。うん、とわたしは小さく頷いた。それはつまり、わたしも木葉と二人きりになりたいってこと。

結局目的を果たせないままテーブルの近くまで戻ると、木葉がわたしの代わりにハンガーに掛けていたコートと荷物を取りに行ってくれて、
「わり、あいつ具合悪いみてーだからタクシー停まってるところまで送ってくるわ」
うるさいくらいに賑やかな中でも、そう言ってるのはクリアに聞こえた。ああ、明日大学行ったら結愛ちゃんに睨まれたりして。ごめんね、結愛ちゃん。でもわたし、今この時だけでも取られたくないの。足早に歩いてくる木葉から荷物を受け取ったわたしは、逃げるように外へ出ていった。

「あー風きもちー。で、次どこ行く?」
「前に大学の先輩から教えてもらったバーに行ってみたいと思ってるけど、他にいきたい場所ある?」
「ないよー」

さっきの店で飲んだのは三、四杯程度。いつもならまだほろ酔い程度だ。でも今日は違う。木葉がいるから、いつもより酔いが回るのが早い。イブの夜は雪こそないけど風は刺すように冷たくて、それがアルコールで火照った頬にはちょうどよかった。二次会の場所を知らないわたしは、ただ木葉の足取りに合わせて歩くだけ。そうして居酒屋が立ち並ぶ通りを出、徐々に見えてきたキャバクラやスナック、果てはラブホテルのネオンには、さすがに戸惑いを覚えずにはいられなかった。

「えっ、お店こっちなの?」
「らしいけど俺も行ったことねーんだよ……いや、別に変なことするつもりじゃねーからな!」

誓って!必死な様子の木葉に自然と笑いが溢れる。今のわたしはきっと、箸が転んだっておかしいと思えるに違いない。それから五分ほど歩いて、探していたお店に無事たどり着いた。お互いに初めて来るお店。大人な雰囲気に、結構ドキドキ。扉を開けて、ボックス席がかろうじて空いていることを確認して中へ入る。そうしてコートを脱いで折り畳み、ソファーに腰を下ろせば結構な柔らかさにお尻が沈み込んだ。

「あーこれは中々帰れないやつだ」
「確かに。ところでミョウジ、なに飲む?」

メニューをもらって目を通したわたしは、カクテルの種類の多さにびっくりしてしまった。もはや聞いたことないお酒が多すぎて、何が美味しいのかもさっぱりわからないので、とりあえず無難なモスコミュールを注文。で、木葉はまたしてもレゲエパンチ。お店が変わっても頼むの一緒とかウケる。そう思ってたら、木葉もおんなじことを考えていたのか小さく笑っていた。

「でさ、いっこ聞いていい?」
「いいよ。なに?」
「さっき悠人と喋ってたじゃん」
「悠人ってだれ?」
「俺の隣にいたやつ」
「あー。あの人悠人って名前だったんだ」

なんだ、あきらでもまさとでもなかったのね。

「そう。んでさ、実際マジで高校の時毎日デートしてたワケ?」
「えっ?あれジョーダンだよ」
「……は?嘘?」
「うん。だってあの人なんかめんどくさそーだったから」

運ばれてきた飲み物を受け取って、グラスをカツン、とぶつけ合う。あ、ていうか仮にも木葉の友達なのにめんどくさそーとか完璧失言だ。まあ気にしてないっぽいし、いいことにしよう。わたしの発言が嘘だったとわかった途端、拍子抜けしたような、少し安堵したような表情を見せた木葉に、妙な期待を抱いてしまった。

「木葉、もしかして気になってたの?」

普段ならこんな大胆なこと絶対言えないけど。アルコールのせいにして、言ってみようと思って。

「いや、別に気になってたっつーか……」

言葉を濁しつつ、はっきりと否定はしない。そんな木葉に、気にしてほしいな、なんてわたしの大胆発言は続く。

「わたしはずっと気になってたよ。木葉が白福さんと付き合ってるって噂、ほんとだったのかなーとか」
「あーそれ、あの頃百回くらい聞かれたけど嘘だからな。大体あいつちゃんと彼氏いたし」
「そうだったんだ。よかったー」

言って、驚いたような木葉と目が合う。あああヤバい!だっていまの言葉、完璧好きだったって言ってるようなもんじゃんね。ちょっと二次会一発目から飛ばし過ぎかもしれない。これじゃあお店を出る前に潰れちゃうかも。

「そんなんあの頃聞いてくれたらよかったのに」
「そうだね。お酒飲んでたら聞けたと思うんだけど」
「おーおー、未成年の飲酒は法律で禁止されてるぞ」
「してないもんねー」

ハイペースでモスコミュールを飲み干して、ミモザとかいうかわいい名前のカクテルを頼んでみた。見た目はただのオレンジジュースっぽくて、味もさっぱりした甘味で飲みやすい。飲みやすいって一番危険なんだよね。分かってはいても、もう酔っちゃってるしとまんない。木葉のせいだ。

「ちょ、早くね?あんま飛ばしすぎんなよ」
「だーいじょうぶですー」

酔っぱらいの「大丈夫」ほど信用ならないものはない。木葉がそう思ったのかはわからないけど、案外早めにバーを出た。わたしが飲んだのは、モスコミュールに始まりミモザ、マルガリータ、ブルームーン、あとなんだっけ。木葉はレゲエパンチと、あとなんだっけ。よくわかんないけど、頭の中がすごくふわふわしていて気持ちいい。

外に出て、タクシーでも拾うつもりなのか木葉が歩き出したから、わたしもそれに合わせてふらつかないよう頑張って歩く。と、距離が近かったせいで木葉の右手とわたしの左手が何度もぶつかって、そうしているうちに木葉の方から手を繋いできたので、わたしは思わず「え?」と声を上げてしまった。指と指をしっかり絡め、強く握ってくるその手は間違いなく"男の人"の手だ。

「ごめん。いやだった?」
「……ううん。やじゃないよ。これってあれだよね、ワンナイトになっちゃうパターンだよね」

久しぶりに再会して、二人抜け出して二次会なんてやっちゃって、そうなったら行き着く先はひとつしかないじゃない。わたしはそれでよかった。むしろそれがよかった。だって次、いつ会えるかもわからない。もしかしたら、次会うときには木葉に彼女ができているかもしれない。それなら一度きりでもいいから、抱いてほしい。

「それ、肯定的に受け取ってもいいんだよな」
「うん。……いいよ」
「言っとくけど、ワンナイトでなんか終わらせねーから」

安心しろ、そう言ってしずかに笑う木葉のその顔が、わたしにはあまりにもいやらしく見えてしまった。まるで眠ることなんて知らずに光り輝くネオンの、そのさらに奥へ迷うことなく歩いて行く。大好きだったその腕に抱かれることを想像したら、今まで感じたこともないようなやらしさで体がどうしようもなく疼いちゃって。だからこんなわたしをどうか早く満たして、あなたでいっぱいにしてね。
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