救い様のない二人でいいかな



『そっか……まあ仕事ならしょうがないよ』
「ごめんね。楽しみにしてたのに……」

ナマエが悪いんじゃないんだから謝らないの。通話口でわたしを気遣ってくれる徹の声は、それでもやっぱり残念そうに聞こえた。社会人のクリスマスなんて、現実はこんなもんなんだなって思い知らされた気分。それが、イブの三日前のこと。

サービス業、中でも葬祭という特殊な仕事上、明日の休みがどうなるかわからないことなんて日常茶飯事だった。それでも、この二日間だけはとイブの週末に希望休を提出して、実際今月落ち着いてるしいけるんじゃないかなって期待に胸を弾ませていたんだけども。第三週に入った辺りから雲行きが怪しくなって、第四週なんて入る直前からみんな怒濤の忙しさでてんてこまいって感じで、とても「予定通りやすみます」なんて言える雰囲気ではなかった。

それでも、明日のイブの日だけはどうしても徹に会いたかった。クリスマスイブは、わたしたちが付き合って八年目になる日だから。


「ナマエちゃん久しぶり〜〜あ、それ見てた?それ可愛いよね?ナマエちゃん絶対気に入ると思ってたよ〜」
「あー、はい。案の定気に入りました」
「でしょでしょ?値段もね、ほらお手頃価格なの〜素敵じゃないですか〜?」

会えない寂しさをどうにか紛らわせたくて、仕事帰りにスーツのままウインドウショッピングに繰り出した。って言ってもウインドウショッピングがウインドウで終わった試しがない。行けば絶対目ざとく何かを見つけてしまうものだから、最近は用がないときはあまりぶらつかないようにしていた。雑貨屋巡りが趣味なんて、どうりでお金が貯まらないわけだ。火の車というわけではないけど、独り身のわりに通帳の数字はいつも寂しい。

今日来たのは一番お気に入りの店。以前はそれこそ週一くらいのペースで訪れていたから、この通り店長さんには名前もバッチリ覚えられてしまっている。この人、ギャル服のショップ店員みたいな話し方するから正直苦手…。けど、雑貨の好みは怖いくらい合うからこうして来てしまう。そう、来てしまったもんだから、しっかり見つけてしまったのだ。真っ先に目についたのは、クリスマスカラーの赤でコーティングされたライティングランタン。そっと手にとって、ため息がひとりでに溢れ落ちる。ガラスの中にはサンタクロースとツリーが入っていて、それがまた抜群にかわいくて、久しぶりにハートを鷲掴みにされてしまった。値段も確かに中々手頃だ。でも給料日前だしなぁ……眉間にシワを寄せるわたしの中で、天使と悪魔が囁き出す。

給料日って言ったって、どうせあと二日後じゃない。それなら今買っても二日後に買っても同じでしょ?けどその二日後までに、もし急な出費でお金が入り用になったらどうするの?ちゃんとお給料をいただいてからの方が絶対いいわ。

「あ、ちなみにこれね、もうここに出てる分しかないんですよ〜」

即決。今回は悪魔の囁きの圧勝だった。だってあと三つ四つしかないんだもん。二日後来たときに売り切れてたら絶対ショック受ける。そうしてレジで四人の野口さんに別れを告げて、ランタンの入った袋を受け取ったわたしはそのまま店を出た。

歩き出す前にコートのポケットに突っ込んだスマホを取り出して、画面をチェック。着信もない、メッセージもない。飛び込んできたのは待ち受けに設定してる実家の豆柴の姿だけ。三日前のあの電話以降、徹からの連絡はほとんどなかった。

「(う〜さぶっ……)」

店に入る前よりもまた一段と寒さが増したように感じるのは気のせいだろうか。隣には、温めてくれる恋人もいない。どこを歩いてもマライアキャリーだったり竹内まりやだったり聞こえてくるのはクリスマスの定番ソングで、明日のクリスマスがなおさら憎くなる。クリスマスは何も悪くないんだけど。

歩き出したわたしが向かったのは、またまたお気に入りのコーヒーショップ。雑貨屋巡りの帰りにはいつも寄っていく店で、中は広いしお一人様の席が結構多いからいつもありがたく利用させてもらっている。空いてるといいなぁ、そう祈りを込めつつ自動ドアが開いたところで奥の席へと視線を飛ばした。ああ、よかった空いてる。いつもの指定席へ迷うことなく歩いて行き、注文の前に一度腰を下ろす。

「(連絡、きてないかな)」

雪で少し濡れた上着を膝掛け代りにし、ラインのトーク画面を開く。最後に徹とラインをしたのは、二日前にわたしが送った「行ってらっしゃい」だけ。既読にはなるものの、返事はなかった。

同じ部活だった徹と付き合い始めたのは、引退後のクリスマスイブ。大学は別々だったけど、あまり波風が立つこともなく関係は続いたと思う。それから大学を卒業して、わたしたちはともに宮城に残って社会の荒波に飛び込んだ。そうしてその翌年、徹は辞令を言い渡され、東京へ栄転した。わたしにとっては初めての遠距離恋愛。不安しかなかったけど、頑張って休みを合わせて会いに行ったし、会いにも来てくれた。でもそれも、お互い月日の経過とともに忙しさが増したらだんだん連絡もおろそかになって、仕事を言い訳にして会いに行くことも会いに来てくれることも減った。だから正直、もう終わってしまうのかなって気がしてる。本当は明日、会って確かめるつもりだったんだ。わたしのこと、まだ好きでいてくれてるの?って。怖いけど、直接聞きたかったのに。くそう、仕事のばか野郎。

画面はそのままで注文に立ち上がると、あまり悩まずにいつものハニーカフェオレを頼んで、いつもの店員さんから受け取って、席に戻る。徹のことを考えていたらどうしても気持ちが落ち着かなくなってしまって、ロックを解除しもう一度画面を見たら、よーく見てみたら、メッセージがひとつ送られていることに気がついた。

徹:いま家にいる?

ううん、仕事終わって買い物に来てるよ……と。連絡が来たのがうれしくて、わたしはすぐに返事を送った。するとすぐに既読がついて、なんて返ってくるかなーとドキドキして待っていたのに、待てども待てども、返信が来る気配なし。すぐ返すの、駄目だったのかな。明日会えないとわかってて、電話だって全然出てくれない、せめてものラインも返事が一瞬で途絶える。悲しさを塞き止めてくれるものがなくなって、泣きそうになるのを堪えていたら、突然徹から電話がかかってきた。

「もっもしもし?」
『ナマエ、目閉じて十秒数えて』
「え?う、うん」

十秒数えて?またいきなり何を言い出すんだろう。何がしたいのかよくわからないけど、言う通りに目を閉じる。小さな声で、いち、に、さん、し……そうして十まで数えたら、「じゃあ目開けていいよ」電話越しの声がやけに近くに感じた。

「え……と、徹?」
「仕事お疲れ様、ナマエ」

夢なんか見ていないはずなのに、目を開けたらすぐ真ん前に徹が立っていたから。うそだ、信じられない。動揺のあまり、スマホを落っことしてしまった。だってこんなこと、ありえないでしょ。

「なんで、ここに」
「どうしても会いたかったからさ」

だから会いにきたの、内緒でね。徹はそう言うと、いたずらっぽく笑った。さっきのラインで家にいないことを確認してから、あまり迷わずにわたしの居場所を探し当てたみたい。わたしの行く場所なんてお見通しだったってことか。でも、なんだっていい。うれしい気持ちとさっきまでのモヤモヤした気持ちがごちゃごちゃぶつかって、また泣きそうになってしまった。

「あ、会いに来てくれてありがとう…!」
「どういたしまして。ね、それよりご飯は?食べた?」
「え、まだだけど……適当に買って帰ろうかと思って」
「じゃあさ、久しぶりにあそこ行こうよ!」

あそこ?わたしは首を傾げて愉しそうに笑う徹を見た。あそこってどこのことだろ。「行けばわかるよ」って応えるだけで、徹は教えてくれない。とりあえず少し温くなったハニーカフェオレを飲み干して、二人店を出た。さっきまで憎らしかったクリスマスソングに、いまはただただ気分が高揚している。

手を繋いで歩く、それだけのことがこんなにもうれしい。

「うわぁ懐かしい!!」
「でしょ〜?ナマエ迎えに行く前に、ちゃんとやってるか確認しておいたんだ」

そう言って、徹がポケットから取り出したのは黒いライター。歩いていくうちになんとなく分かったけど、連れてこられたのは珍道中だった。高校時代、よくバレー部のみんなで食べに来たなぁ。岩泉がいて、花巻松川がいて、かわいい後輩がいて。あの頃の記憶が少しずつ蘇ってくる。

「珍道中のライターなんていつもらったの?」
「卒業したとき。煙草吸わないけど記念にもらっちゃった」
「知らなかった。ずるいー」

暖簾をくぐり、ガラガラ、とドアをスライドさせる。あの頃と何一つ変わらない店内に、ますます懐かしさを覚えた。ここ座ろっか、そう言ってカウンターの椅子を引けば、おばちゃんがすかさず水をもってきてくれる。あれから七年、おじちゃんもおばちゃんもそれは当たり前に年をとったけど、変わらない感じがしてうれしかった。

「徹、ビール飲む?」
「そうだね。ナマエは?」
「わたしももらおうかな。ラーメンは?いつもの?」
「あ、覚えてくれてたんだ。ナマエはあれでしょ、味噌ネギチャーシュー」
「すごーい徹もよく覚えてたね!」

ちゃんと覚えてるもんなんだね。なんて、何気ないことにも感動してしまうのは年をとった証拠なのかな。注文をするとおばちゃんがすぐに瓶ビールとグラスを二つを持ってきてくれて、冷えっ冷えのビールを注ぎ合ったら、小さくグラスをぶつけて乾杯。

「あ〜〜うまいっ」
「相変わらずいい飲みっぷりだねナマエ」
「でしょ。あ、ていうかその服」

空になったグラスに注いでもらいながら、視線はふと、徹の着ていたニットへ。さっきは徹が会いに来てくれたことにびっくりして全然気づかなかったけど、それ去年わたしが一緒に買い物行ったときに選んだやつだよね。そう言えば、徹は「うん。これちょー気に入ってる」と笑って話してくれた。

まだこんな風に笑ってくれるのに、終わってしまうのかな。

「あ、あのさ、徹」
「うん?どした?」
「えっと……あれ、なに言おうとしたか忘れちゃった」
「なにそれ、変なナマエ〜」

すぐそこまで出かかった言葉は、臆病さに負けて喉の奥の方へ引っ込んでしまった。ここお店だし、他にもお客さんいるから誰かに聞かれても困るよね。そうやって適当な言い訳でごまかそうとする、わたしはただの意気地無しだ。

「ところで俺の髪変じゃない?なんか全然寝癖取れなくてさー」
「そう?変じゃないよ」
「ほんと?かっこいい?」
「うん。かっこいいよ。徹は、なにもしなくたって」

昔からずっと、かっこよかったよ。
徹を好きになったときのことを、わたしは思い出していた。高二の文化祭の準備で、その日残ってたクラスメイトのほとんどが帰ってしまい、ほぼ自分一人で片付けていた時があった。いつ終わるんだろう、なんでみんな真面目にやってくれないんだろう、そんなことを考えてるうちに段々泣きそうになって。

「そしたら徹が来てくれて手伝ってくれたんだよね。なに泣いてんのさ、早く片付けて帰ろうって」
「あったね、そんなこと」
「前からかっこよかったけど、あのときは本当に世界で一番かっこいいと思ったよ」
「…どうしたの、酔った?」
「まだ酔ってないし!」

他にも言いたいことはあったけど、ラーメンが運ばれてきたので一時中断。そうして食べているうちにさっき話そうとしていたことがまとまりをなくしてどっかに行ってしまったから、仕事のことやお互いの近況報告をして時間を過ごした。話し出すと止まらなくて食べ終わってからもしばらくくっちゃべってたけど、続きはナマエの家でやろっかって徹が言ってくれたから、途中コンビニに寄ったりしながら家へ戻った。


「あれ、荷物?」
「ああ、うん。合鍵で中に入って置いといたんだ」
「でも明日もわたし仕事だから終わってからじゃないと一緒にいられないよ」
「ダイジョーブ、部屋の片付けして待ってるよ。それより下着はもう転がってない?」
「こ、転がってないし!……たぶん」

電気をつけて、一応下着が落ちてないか確かめる。恋人に言われるなんてほんと、女としてどうなんだか……。冷えきっているはずのリビングはどうもわたしを迎えに行く前に入タイマーにしてくれたらしく、普通に暖かくて快適だった。それからコンビニで買ってきたつまみと焼酎を取り出して、お互い好きな割り方で二次会をスタートした。わたしは緑茶割り、徹はグレフル割り。接待で勧められるウィスキーや日本酒にもかなり慣れたようだけど、やっぱりこれが一番好きみたい。ザ・安上がり。

「えー絶対そんな上司やだ!うちの豚肉支配人よりも嫌かも!」
「ナマエも相変わらずエグいあだ名つけるね」
「徹の禿げ散らかしてるって表現も結構きついと思うけど」
「でもわかるでしょ?散らかしてる感じ」
「わかるわかるめっちゃわかる。うちにもいるもん」

会えない時間を埋めるには時間が足りなすぎて、何気なく時計を見ればすでに日付は変わっていた。あ、クリスマスイブだ。するとそれを確認した徹は、さっきまで話していたハゲ部長の話をやめ、「あのさ」と言いにくそうに言葉を発した。

「遠距離恋愛、もうおわりにしない?」
「……え?」

徹は、それを言うためにわざわざ来てくれたんだろうか。直接別れ話をするために、こうして。なんだ。聞こうと思ってたこと、切り出す必要もなくなっちゃったね。だってそれが徹の気持ちってことでしょ?泣いてすがるなんてみっともない真似、わたしにはできない。

「うん……わかった。今までありがとね」
「待って待って、ナマエなにか勘違いしてるでしょ」

そう言っておもむろに立ち上がると、キャリーケースの側に置いていた紙袋から何かを取り出してきた。振り返った徹が手にしていた、ピンクと赤の色鮮やかな花束に目を丸くする。

「え……なに、どうしたのこれ」
「遠距離恋愛終わりにしたいっていうのは、こういうこと」

"俺と、結婚してください"

わたしはただ、徹の真剣な瞳を見つめ返すので精一杯だった。突然すぎるんだもん。気持ちはうまく言葉にならないし、なんて言ったらいいのかもわからない。こんな展開、誰が予測できるっていうの。

「……嫌?」
「い、嫌じゃないよ!ごめん、びっくりして」
「俺ね、最近色々考えてたんだ。このままだと、もっとすれ違ってお互いが見えなくなっちゃう気がして。たぶんナマエのことだから、俺がまだ好きでいるのか不安だったでしょ?」
「…うん。正直すごく不安だった」

花束を差し出してきた徹は、ふっと小さく笑った。ねえ知ってる?この花、ガーベラっていうんだよ。ガーベラの花言葉、なんだかわかる?

「ピンクが"熱愛"、赤が"燃える神秘の愛"なんだって」

俺の気持ちはずっと変わらないよ。ずっとずっと、ナマエが好きだから。

わたしも徹も、花なんてチューリップと薔薇くらいしか知らなかったのに。きっと今日のために店員さんに聞いて、悩みながら選んでくれたんだろうね。得意気に話す様子がおかしくて、その姿を想像しただけでこんなにもあたたかい気持ちになれるのは、後にも先にもあなたしかいないんだよ。

「はい。よろしくお願いします」

わたしは照れ笑いを浮かべ、花束を受け取った。


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