逆再生のハッピーエンド



「赤葦くん、これなんかどうかな?」
「いいんじゃない。でも色は別のにした方がいいかもね」
「そうだよね…男女関係なくって考えたらやっぱ白とかグレーかなぁ」

春高前のクリスマスイブは当然ながら一日練習だった。でも一週間くらい前に雪絵先輩から「イブの夜うち親いないからさ〜みんな鍋パしよ〜」って誘われてて、ほとんど全員集まるって聞いてたからすごく楽しみにしてた。それでその時みんなでプレゼント交換するからね〜って言われてたのに当日なるまですっかり忘れてて、慌てて赤葦くんと選びに来たわたしはただのばか野郎だ。男子の先輩たちもほとんどまだ買ってなかったみたいだから、ちょっと安心したけど。しっかり者の赤葦くんは忘れてたわけじゃなくて、単に一人だと選べないから同じ学年のわたしに一緒に買いに行こうって声かけてくれたみたい。

二人で来たのはバスで十分行ったところにあるショッピングモール。ここならいろんなお店が入ってるから、選ぶのにも困らないと思って。今日はイブだからクリスマスソングしか流れてないし周りはやっぱりカップルや家族ばかりで、わたしと赤葦くんも恋人っぽく見えてるのかな?見えてたらいいな、なんて考えたら少し恥ずかしくて口元が緩んでしまった。

「どうしたの?変な顔して」
「しっしてないし!なんでもないよ!」

赤葦くんは時々ひどい。時々、いや結構いつもひどい。でもそんな赤葦くんがみんな好きだし、わたしも好き。すごく。

実際お店の数は多いから、選択肢の少なさに困ることはないんだけど。プレゼントが誰の手に行き渡るかわからないし、あとそもそも男の人ばかりだから男女兼用できそうなものじゃないと買えないことに気づいてしまった。ヴィレッジという手もあるけど、先輩たちたぶんそこで買うんじゃないかなーと思ったら被りそうな気がしたから、とりあえず選択肢から除外。

「赤葦くんならどういうものもらえば嬉しい?」

さっきから見てるのは、無難なマフラーとかニット帽ばかり。バスボムも可愛いのがたくさんあるけど、木兎先輩がもしこれをもらっても喜ばないだろうなーとか考えたら手に取ることもできなくて。

「香水とか?でも赤葦くんつけなそう」
「そうだね。ていうか先輩たちもほとんどつけないと思うよ」
「だよね〜」
「いいんじゃない、マフラーとか手袋で。あって困るものでもないし、大体先輩たちのことだからそんな真剣に選んでないと思うよ」

赤葦くんの言ってることはあながち間違ってはいないと思う。現にその様子が簡単に想像できてしまうからわたしもうっかり「たしかに」なんて口にしてしまった。それに、赤葦くんは続ける。

「俺はミョウジが選んだものならなんでも嬉しいけど」

赤葦くんは時々ひどい。だってこうしてさらりと、何の気なしにわたしの心を揺さぶるんだもん。本人がなんとも思わずに発してることがわかるから、わたしもオーバーリアクションなんてできないしなにより動揺してる姿を見せて怪しまれたくなくて、「そっか」たった三文字しか言葉を紡げない。赤葦くんは本当にひどい人だ。わたしの気持ちなんて、なんにも知らないで。

「ミョウジなら何がいい?」

今度は逆にそう聞かれ、わたしは近くの棚を見回した。ハンドクリーム、アロマキャンドル、コスメポーチ。わたしなら、まあなんでももらえれば嬉しいけど……。なんだろう、わたしなら何が嬉しいかな。「あっ」きょろきょろ忙しなく動いていた視線は、ある一点でピタリと止まる。棚の側まで近寄って、それを持ち上げてみせた。

「これかわいい!」
「え、ぬいぐるみ?」
「ううん、抱き枕!これね、ひつじのメイプルっていうんだよ」

触れた感じがあまりにも柔らかくて、ついギュッとしたくなってしまった。来年の干支である犬のきぐるみを着たメイプルが、目を閉じてにっこり笑っている。それを見つめる赤葦くんのいつもの仏頂面ときたら。ちょっと子供っぽかったかな?なんて卑屈になってしまうわたしに、赤葦くんは「そうなんだ」の一言だけで終了した。自分で聞いといて随分そっけないなぁ、赤葦くん。いつものことだけど。

それから迷いに迷って、結局マフラーと手袋のセットに決めた。色はネイビー。

「赤葦くんに当たったらごめんね。ネタバレしちゃってるし」
「くじ引きだし人数も多いから確率は低いんじゃない」

そうなのだ。このプレゼントはきっと、赤葦くんの下へは行かないだろう。そうだとわかっていても、わたしはこの色のマフラーを赤葦くんにつけてほしくて、赤葦くんにきっと似合うと思ってこれを選んだ。雪絵先輩、かおり先輩。当たっちゃったらごめんなさい。「俺まだかかりそうだから、あそこ座って待ってて」赤葦くんに言われるがまま、お店を出たわたしは少し離れた場所で赤葦くんの買い物が終わるのを待つことにした。赤葦くんは何にするんだろう。そんなことばかり考えながら。


無事に買い物を済ませて雪絵先輩の家に行くと、かおり先輩と二人で野菜を切っているところだったのでわたしたちも慌てて準備に加わった。大所帯だから、当たり前だけど野菜の量も半端じゃない。鍋も大きいのが二つ、あとご飯も大量だ。けど、これだけ準備していてもきっと一瞬で育ち盛りの胃袋の中に収まってしまうんだろうな。そんなことを考えながら包丁を握っていたら、赤葦くんに包丁の握り方怖いと指摘されてしまった。「あ、赤葦くんだって結構危ないよ!」ムキになって言い返せば、先輩たちに痴話喧嘩は向こうでやってねなんて茶化されてしまったので、言わなきゃよかったと少しだけ後悔。そうして徐々に徐々に他の先輩たちも集まりはじめて、しかもみんなジュースとかお菓子とか色々持ってきてくれて、楽しい鍋パが始まった。

「だから俺キムチ鍋やだって言ったぞ!」
「うるさいよ木兎〜多数決で決まったんだから文句言わないの〜」

やんややんやと騒ぎながらも、やっぱり先輩たちといるともうそれだけで楽しい。もちろんその中には、赤葦くんもいてこそ。木兎先輩は文句を言いつつも人一倍食べていて、時々「おいそれいま俺が食べようとしてた肉!つーかネギ食わねーと頭よくなんねーぞ!」なんて木葉先輩とやりあったりしている。

「赤葦くん、何か取ろうか?」
「いや、大丈夫。ミョウジは?」
「結構お腹いっぱい」
「前から思ってたけど少食だよね」
「そう?そんなことないけど」

何気に赤葦くんが隣に座ってくれてて、もうこうしてるだけでお腹いっぱいだ。大体わたしはいつも雰囲気で満足しちゃうタイプだから、確かに人より食べる量は少ないかもしれない。

「ごめん、ナマエと赤葦、頼み事してもいい?」
「ジュース足りなくてさ、すぐそばのコンビニに買いに行ってもらえない?戻ってきたらアレ、やるからさ〜」

雪絵先輩は、リビングの隅に山積みされた袋を指差して言う。アレ、とはすなわちクリスマスプレゼントのことだ。先輩から今回の鍋パで集めたお金の入った財布を受け取ると、わたしたちはコートを着て外に出た。雪は降ってないけれど、息が凍りそうなくらい寒い。手を擦り合わせていたら、赤葦くんが「大丈夫?」とこっちを見て言った。

「手袋もってきたらよかった」
「今日買ったやつ使ったら?」
「あはは、自分で自分にプレゼントしてどーすんの」

わたしがあげたいのは、今目の前にいるあなたです。なんてね。

それから歩いて数百メートルのコンビニで何本か買い足して戻ると、言葉通り先輩たちはくじ引きの準備をしているところだった。ラッピングされたものを見ればやっぱりというか同じ店のものが多くて、中にはわたしたちが買ったあの雑貨屋のものもいくつかある。きっと雪絵先輩たちだろう。そしてあそこにあるのは、わたしが買ったやつだ。

「ごめんね、ありがとう」
「いえいえ。これだけあれば足りますか?」
「十分でしょ。赤葦もサンキュー」
「いえ」

重たいからって赤葦くんがほとんど一人で持ってくれたから、わたしは一緒に行っただけで実際なにもしていない。そういうさりげないやさしさにもキュンとしちゃうんだよ、赤葦くん。

「っし、じゃあ始めるぞ〜」
「今回は年功序列ね〜」

木葉先輩の合図で、くじの入った空箱の前にみんなわらわらと集まり出す。プレゼントひとつひとつに数字の書かれた付箋が貼られていて、わたしは自分のプレゼントが一体誰の手に渡るのか、ドキドキしながら順番を待った。年功序列、ということは尾長くんは来ていないので当然わたしたちが最後だ。なんでじゃんけんじゃないんだろう。まあいいけど。みんな適当に選んだ紙切れを開いては「なんだよこれ〜」「やばいちょーウケるんだけど!」思い思いの反応を示してるのを見て、わたしのドキドキも最高潮。だってまだ、誰もわたしのプレゼントを開けてない。

いよいよ自分の番がきて、残ったものを見ればわたしのプレゼントがまだ残っていたからびっくりしてしまった。しかももうひとつも同じラッピング。赤葦くんの、なわけないか。でも、可能性がないわけじゃないよね。どちらにしようかな、で選んだのは左の紙切れ。出てきた数字は、6?9?判別できなくてかおり先輩に渡したら、「あ〜これは9だね」ということらしいので、セルフプレゼントだけはなんとか避けることができた。赤葦くんは、引くまでもなく6。

「ごめんね赤葦くん、それわたし買ったやつ……」
「え?あ、ほんとだ」

袋から出てきたのは、間違いなくわたしが買ったネイビーのマフラーと手袋だった。赤葦くんがもらってくれてほんと嬉しい、けどサプライズ感なくてつまらないよね。そう思ってブルーになったけど、赤葦くんは「大事にするよ」と小さく微笑んで受け取ってくれた。

「ミョウジも開けてみたら?」
「あ、そうだね」

大きさ的になんだろう。バスタオル?違うか。ガサガサと袋を開けて中身が見えたとき、思わず目を見張った。

「わぁ〜ひつじのメイプルだ!」
「それ超かわい〜ナマエよかったネ〜」

なんて運命なんだろう。まさかわたしのところにメイプルがやってくるなんて、夢にも思わなかった。誰だろう、選んでくれたのは。やっぱかおり先輩たちかな?喜びのあまり取り出したメイプルをギュッと抱き締めれば、隣で赤葦くんが「よかったじゃん」とクールに言い放った。うん、ほんと嬉しい。今年はいいクリスマスだ。

鍋パ開始から三時間超でこの宴会騒ぎはお開きになった。片付けはみんなでやったからすぐに済んで、一人帰ろうとしたら一緒に歩き出したのは赤葦くん。あれ、家反対だよね?そう言えば、「こんなに暗いのに一人でなんか歩かせられないでしょ」って。呆れたような、でもやさしさがその一言から感じられて、わたしは素直に彼の好意に甘えることにした。

「あ、さっそくマフラーしてくれてる。ありがとう」
「どういたしまして。すごくあったかいよ」
「でも色々びっくりだったな〜まさか赤葦くんがもらってくれると思わなかったし、わたしはメイプルゲットできたし」

見上げれば、ちらちらと雪が降り始めた。そういえば予報だと明け方まで降るから少し積もるんだっけか。ホワイトクリスマスってやつだね。

「あれ、俺が買ったやつだよ」

え、いまなんて。わたしは驚きのあまり、それはそれはものすごい勢いで隣の赤葦くんを見つめる。首の骨ボキッて鳴ったし折れるかと思った。

「俺は最初から、ミョウジにあげるつもりであれ選んだんだけど」
「え、え、だってくじ引きだしわたしがもらえるとは限らないじゃん」
「うん。だけど仮に木兎さんや木葉さんがもらってもたぶんその場で誰かのと交換しようとするでしょ。そうなると行き着く先は雀田さんとかミョウジだと思うけど、雀田さんたちは買ったの俺だって言えば絶対ミョウジに渡すと思って」

"だから他の人のことなんて何も考えてなかった。"赤葦くんはそう、教えてくれた。え、すごい。そんなことまで予測して選んだの。すごいっていうか、わたしの好きな赤葦京治くんは思ってた以上に赤葦京治くんだった。ああもう、自分でも何言ってるか意味不明。

「でも、それにしたってわたしがこれもらえるなんてすごい偶然だよね」
「それはたぶん先輩たちが仕組んだんだと思うけど」
「えっ!?いつ!?」
「俺たちが買い出しにいってるときに話してたんじゃない?だって年功序列なんて普通変でしょ。それに残ったのも6と9だしこの数字ってどっちがどっちになっても不思議じゃないよね」

確かにわたしがあの時迷ったのも6と言われれば6に見えたし、9と言われれば9に見えたから。だから先輩の判断を仰いだんだ。まさか、そんな打合せしてたなんて思わなかった。ああどうしよう、あとでいっぱいお礼言わなきゃ。

「でも、なんで?」

赤葦くんはなんで、プレゼントの相手をわたしにしたんだろう。だってそれこそ木兎先輩とか鷲尾先輩とか、お世話になってる先輩たちがいるんだから(赤葦くんの場合は世話する方かもしれないけど)、わたしなんかよりも先輩たちのことを考えて選ぶと思っていたのに。素朴な疑問をそのまんま口にしたら、赤葦くんが立ち止まったからわたしも同じく立ち止まって、凍える手を擦り合わせながら返事を待つ。見つめる先の彼は、また小さく笑っていた。

「わからない?」
「へ?」

赤葦くんは、マフラーはしていても手袋ははめていなかった。彼の左手がおもむろにわたしの右手を取ったかと思ったらそのまま指を絡めてきて、わたしの右手はされるがまま赤葦くんのコートのポケットの中へ。お互いに手は冷たかったけど、こうしていられることが夢みたいでうれしくて、だから全然気にならなかった。

「なら、あとでちゃんと教えてあげるよ」

あとでっていつなんだろう。わたしの家まではまだまだかかるよ、赤葦くん。家に着くまでに教えてくれる?じゃないと、わたしの心臓がもたないかもしれない。「うん。あとで教えて」でもね、本当はなんとなくわかっちゃった。だけどちゃんとその口から聞きたいから、だからもう少し、知らない振りをしていようと思う。
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