抱きしめたってひとりきり

バレー部が春高常連校だってことは知ってたけど、素人目に見てもかなりレベルが高いチームなんだって、今日初めて理解した。一昨日どうしてもって誘われて、だって観に来ないと監禁するとか、侑くんが言えば冗談に聞こえないような冗談を言われて、金曜日の放課後に足を運んだのは体育館で行われた練習試合。ポジションの名前もろくに知らない、スポーツに大して興味のなかったわたしですら、すごすぎて息を飲む試合だったんだ。練習試合でこれなら、本番はもっとすごいんだろうな。そう思った時には、部活をやってる侑くんにもちょっとだけ興味が沸いてきた。

帰りも一緒がいいとしつこい侑くんの、その顔にわたしは弱いのかもしれない。てゆうかしつこすぎて、こっちが折れるしかない感じもするんだけど。仕方なく部活が終わるまで図書室で時間を潰して、「今日俺ら優秀やったから早く終わったで〜」ってラインが来たから体育館の方まで迎えに行けば、入り口でジャージ姿の侑くんが女の子と一緒にいるのが見えた。声をかけずに近寄っていって、その輪郭が鮮明になったところで気付く。違う、この人侑くんじゃない。治くんだ。


「……あ、卵焼きさんやん」

たまごやきさん?なんのこっちゃとゆう感じに、わたしも治くんが喋っていた女の子も目が点になる。それからごくごく自然な感じで目が合ったけど、二人それぞれ、すぐにまた治くんへ視線を戻した。卵焼きさんって、なんかアンパンマンに出てくるキャラクターみたい。

「侑から聞いてん。むっちゃうまい卵焼きのこと」
「あー、それで卵焼きさんなんやね。何言うてんねやろこの人意味わからんわぁ思てしまったで」
「せやろ。ごめんな」

治くんの横にいる女の子も、なにか納得したように「ああ」と唇を動かした。にしても、一体どんな風に話をしてるのかあとで問い詰めてみよう。とそこへ制服に着替えた本物の侑くんも現れて、わたしを見つけるなりふにゃりと表情を柔くして駆け寄ってくる。こうして二人揃うと、やっぱり双子だけあって激似だ。分け目と髪の色がまんま同じだったら、絶対見分けつかない。

「すみれちゃんおおきにな〜帰られとったら姫路城から飛び降りてたでぇ」
「えらいオーバーやね。そら監禁される脅されたら行かなあかんやろ」
「侑、監禁とかまだ中二みたいなこと言うとるんか」
「やかましい!俺は中二やなくて高二や!」
「わかっとるわ」

邪魔しちゃ悪いと思ったのか、女の子が治くんに目配せをすると、察したらしい彼はわたしに小さく頭を下げ、二人並んで歩いていった。わたしたちも行こう、そう声をかけて歩き出そうとすれば、侑くんはわたしの手首を掴んで引き留める。

「それだけ?」
「は?なにが?」
「観に来てくれた理由、ほんまにそれだけなん?」

その言葉のあとに侑くんが見せた笑みは、絶対に何か意地悪を企んでる時の顔だ。そしてこういう時、結局踊らされるのはわたしの方だってこともよーく知ってる。

「俺のこと好きやから、来てくれたんとちゃうの?」
「な、なんやねん突然」
「んー、別に。ただ、ほんまにそれだけなんかな〜思て」

お得意の揶揄に、分かっていても声を上ずらせて取り乱してしまうわたしは、侑くんにしたらちょうどいい玩具なのかもしれない。自分は好きだなんて口にしないくせに、わたしには言わせて、いつもみたいにそのリアクションを見て楽しむんでしょ。悔しいって形容したらいいのか、ともかくそんな気持ちがじわじわと胸の中に広がって、わたしは唇を引き結んだ。だっていつも、わたしばっかり。


学校を出たわたしたちは、そぞろに歩きながらも一番近くにあるサイゼへ向かった。侑くんの性格の悪さなら、あの時のこと忘れた振りをしてまたマクドに行こうって言い出しかねないと思って。だから今回は、わたしから先手を打ったのだ。

「サイゼって安くてうまいから高校生にはうってつけやんな」
「せやね。あ、わたしティラミス食べたい」

なんやかんやありつつ、付き合って一ヶ月が過ぎたらしい。自分ではそんな実感もなかったけど、侑くんに言われた一言でもう一ヶ月経ったんだ、と心の底からびっくりした。予想だと、もってあと一ヶ月。でも最近なんだか、侑くんのことばかり考えてる自分がいる。すぐにむくれる侑くんに困ったり、不意打ちばかりのいたずらっ子な侑くんにどぎまぎさせられたり。まるで侑くんが棲み着いたみたいに、気づけば侑くん、侑くん、侑くん、そればっかりで。これって、本気で好きってことなのかな?そう、思い始めていた。

「(侑くんの、どこが好き……かぁ)」

ハイスペックなパートナーのせいにするのも悪いけど、女のめんどくさいのに巻き込まれて正直嫌な想いもしたし、それでも侑くんと一緒にいる道を選んだ自分は、少なからず彼が好きなんだと思う。だけど西野さんの言葉を思い起こせば、その気持ちは結局これまでと同じで、あまい雰囲気に絆されて芽生えた偽物の"好き"だと切り捨てられてるような気もして。どこが好きって、はっきり答えられなきゃ好きな証拠にはならないのだろうか。きっといままで、上っ面でしか人と付き合ったことがないわたしには、とても難しい問題だ。てゆうかそもそも、この恋は本気だ、ってみんな何を根拠に断言できるのかがわからない。

「すみれちゃん、今日練習見てどぉやった?」
「かっこよかったで。なんかレベル高すぎてびっくりしてもうてん」
「せやろ?俺ら今年こそ絶対に春高優勝すんねん。もう二度と負けへんで」
「侑くんたちよりも強い人たちがおることが信じられへんわ」
「セッターとしてなら俺が一番やけどな」

早速運ばれてきたティラミスにフォークを刺しながら、わたしの向かいで侑くんは自信たっぷりに笑う。実際そこに実力が伴っているだろうから、文句のつけようがない。お世辞抜きで、バレーをしてる侑くんはかっこよかった。そういうかっこいいところが、わたしは好きなんだろうか。

「優勝する瞬間、絶対見ててな?見てへんかったら六甲山で身投げするで」
「またそういうこと言うて……せめてポートタワーにしてや。六甲山遠いねんもん」
「身投げは止めへんのかい!」

イケメンなところ。少し冗談が過ぎるところ。忙しいくせに連絡がマメなところ。甘い卵焼きが好きなところ。バレーがうまいところ。一つ一つ、脳裏に思い浮かべながら探してみる。
小一時間ほどのファミレスデートを終え、今日もまた侑くんに送り届けてもらい、家へ帰ってきた。夕飯の時間は、もうとっくに過ぎている。しんと静まり返った玄関でローファーを脱ぐと、そのまま台所へ足を進めた。「(今日もお母さん帰り遅いんかな…)」さっきティラミス食べちゃったし、お腹空いてないからご飯作る気にもなれないや。冷蔵庫を開け、少し考え込んでからそっと閉じ、二階の自室へ向かった。

「……なんしよ」

リュックを下ろし、ベッドにぼふんとダイブする。侑くんを待ってる間に宿題もでかしたし、部屋はこの通りいつも綺麗だ。そこにお腹もいっぱいとくれば、やることなんてお風呂に入って寝るくらいしかない。目を閉じ、枕に顔を押し付ける。静かな空気が肌に突き刺さり、と同時に、頭の中に侑くんの笑い声が響いた。侑くん、今日の夕飯唐揚げって言ってたな。家族みんなで食卓を囲んで、わいわいやるのかな。

むくりと徐に起き上がったわたしは、もう一度リュックを背負って家を飛び出した。そのままの勢いで目指した先は繁華街。そうすれば、仕事帰りのサラリーマン、これから出勤すると思われるお兄さんお姉さん、子供連れ、外人さん、賑やかな街がわたしを出迎えてくれた。制服姿だと目立つ気もするけど、まあいいや。お気に入りの服屋や雑貨屋を何度も何度も往来していたら、制服のポケットの中でスマホが着信を知らせた。

「侑くん?どないしたん?」

何かあったのだろうか。電話の向こう側からは、たぶんテレビと思われる複数の笑い声が聞こえた。

「いや用はないねんけど、声聞きたかってん」
「さっきまで一緒におったやん。変な侑くん」
「別に変ちゃうし……ちゅーかすみれちゃん今どこにおるん?なんや騒がしない?」
「ああ、うん。いま買い物しとるから」
「え?買い物?だれと?」
「ひとりで」

は、と侑くんが抜けた声を漏らし、箸か何かが落ちる音がした。それからすぐに場所を訊ねられ、現在地を告げれば「そこから動かんといて!」と慌てたような声音で命令されてしまう。ますます訳がわからなくって、とりあえず言われるがまま動かずに、通話の終了したスマホの画面をただひたすら見つめ続けた。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -