蛇を脱ぐ処女

「今日もうまそーな弁当やなぁ。ちゅーかこれなに?むっちゃハートの絵ついとる」
「チーズ入りのはんぺんやで。余った転写シート使ってデコってみたんやけど、かわええやろ」
「へ〜すみれちゃんほんま女子力高いわぁ」

今日のお弁当の中身は、豚肉の三色巻き、ほうれん草のはちみつごま和え、卵焼き、チーズ入りはんぺん、海老のケチャップ炒め、ミニトマト。卵焼きは、食べられるって分かってるから多目に入れて。味付けも、侑くんのリクエスト通り数日間ずっと甘くして作ってる。でも、毎日よく飽きもせずに食べられるよね。一途なのかな。たぶん、一途なんだろうな。

先週侑くんが言ってた進路希望調査表は、案の定ゴミと化してしまったようなので、結局今回もコピーさせてもらってなんとかやり過ごした。それに、提出期限も先週いっぱいじゃなく今週いっぱいだったから、担任には嫌味の一つ二つ言われたけど、まあ間に合ったし結果オーライだ。

侑くんの強引グマイウェイっぷりは日に日に増していき、天気の良い日は問答無用で屋上ランチへ連行されるようになってしまった。たとえばわたしが体調不良を訴えたりすれば、そういう時は素直に諦めてくれるけど、なんかめんどくさいとか、なんかだるいとか、"なんか"っていう曖昧なときはもはや話も聞かない状態。天気がよくない時でも、空き教室とか、適当な場所に行ったり行かなかったり。なんでそんな二人になりたいの?って質問したら、いちゃつきたいから、だそうで。淡白そうなイメージがあったから、そんなところも意外だな〜って思った。

今日は晴れだから、定番の屋上でお昼ご飯を食べる。食べ終わったあとは、膝枕をしたり、キスをしたり。でも、それ以上のことはしない。侑くんに、手を出す気配もない。彼を知れば知るほど、意外なことばかりで驚いてる自分がいる。

「ほんでな、治に卵焼きの話したらめっちゃ信じられへんっちゅー顔すんねんあいつ!」
「治くんはしょっぱいのが好きなんやね。双子でも好みはやっぱ違うんや」
「そらそうに決まっとるやろ。なんでもかんでも同じやったら、いますみれちゃんの傍におるのも俺やない可能性もあるやん」

すみれちゃんの隣は俺だけや、侑くんは胡座をかき、そこにわたしを跨がらせた状態で、まるで独占欲を剥き出しにするかのように呟いた。そうしてわたしを見つめるその瞳は、やさしさというよりも獣の荒々しさを秘めてるように思えて、やっぱり恐怖心から背中がぞくりとする。その色に心を許して、裸の自分を暴かれてしまいそうな気がするのだ。

侑くんの大きな掌が髪を梳き、頬に触れ、顔を引き寄せられて、また唇を重ねる。誰かに見られてるかもしれないのに、そんなのお構いなしなんだって、あの指を舐められた日によーく学んだ。

「せやけどわたし、侑くんに好きって言われたことあらへん」
「……言うてほしいん?」
「はっ?ち、違うし!」

ただ一言否定するだけなのに、ついムキになっちゃった。けど、確かにそうなのだ。わたし、好きって言われたこともないし、言ったこともない。いままでの彼氏は、みんなことあるごとに好きだの愛してるだの囁いてきたのに。侑くんみたいな人は、初めてかもしれない。


「すみれちゃん、次の授業なんやったっけ?」
「古文やで。当てられそうになったら教えて」
「俺もいまお願いしよ思ってたのに!絶対無理やわ百パー寝るで。あ、先戻っててええよ」

お昼休みが終わりに近づき、階段を降りきったところでトイレへ行く侑くんと別れた。まだ時間あるし、わたしもお弁当置いたら行ってこよ。ガヤガヤ騒がしい廊下を一人静かに戻っていけば、教室の引き戸の前に女の子が数人群がってるのが見えた。そのうちの一人が偶然後ろを振り返ってわたしを一瞥すると、次の瞬間には全員の目がわたしを拘束する。そうして中心に立っていた女の子の怒りに満ちた目に気づいた時、大体の察しはついた。

「どないしたん?西野さん」

ちょっと前まで、数週間侑くんの彼女だった西野さん。間近で見ると、肌キレイだし華奢だし、ほんとかわいい。どっかの芸能事務所にスカウトされたって噂も聞いた。こんな子をあっさり振れる侑くんは、やっぱり色んな意味ですごいと思う。

「なぁ、藤川さん侑くんと付き合うてるってほんま?」
「せやで」
「けど、どうせまた遊びなんやろ?…返してよ、侑くんのこと。わたしが彼女だったんやで」
「別に返すもなにも、わたし奪ってへんし」

わたしの一言一句に、取り巻きの殺気が色濃く迫ってくるのがわかった。いつ噛みついてきてもおかしくない。てゆうかその目力だけで殺されそうだわ。けどそんな取り巻きとは対照的に、西野さんは激昂することなく至って冷静に話を続ける。

「わたしは本気やねん。せやから遊びなら今すぐ別れて。藤川さんみたいな子には恋する気持ちもわかれへんかもしれんけど、いい加減な気持ちなら邪魔せんといて」
「……本気ならええんやろ?」

さらりと返したその一言には、さすがの西野さんもカッときたらしい。ふざけんな、と声を張り上げる彼女の剣幕には思わず後ずさった。

「ほんなら教えてや。藤川さんは侑くんのどこが好きなん?」
「なぁ、何しとんの自分ら」

そこへ絶妙なタイミングで侑くんが戻ってくると、西野さんはハッと大きな目をさらに大きく見開いて、視線をわたしから彼へ移動した。唇を震わせ、必死でなにかを伝えようとする西野さんだったけど、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響くや否や、泣きそうに顔を歪めて走って行った。取り巻きの子たちも、慌てて彼女を追いかけていく。あ、わたしもトイレ行きたかったのに。

「ごめんな、すみれちゃん」
「別に。わたしこそなんかごめん」
「なんですみれちゃんが謝るん?悪いのは俺やろ」

うん、まあ、そうなんですけど。なんでそんな、逆ギレみたいになってるの。

わたしはめんどくさいことが嫌いだ。特に恋愛絡みでそーゆーことが起きればその瞬間に相手を切り捨てるし、実際今まではそうしてきた。

「(…意味わからんわぁ)」

どこが好きとか、聞いてどうすんだろ。わたしはあんたよりこんなに侑くんを知ってて、こんなに好きなんだぞってアピールしたいのかな?訳わかんない。
ーーでも。
それよりも何よりも、侑くんにしょんぼりした顔されて、今までみたいに簡単に突き放して棄てられない自分が一番、意味わかんないよ。
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