窒息したラブソング

「えっ、デート?」
「おん。今日体育館使えんから練習休みやねん。こういう時やないとめったに時間作れんし」

侑くんとの交際がスタートして、約一週間。この日も「がんばってね」のエールで体育館へと送り出そうとしていたわたしに、ホームルームが終わって席を立ったのとほぼ同じタイミングで、「デートせえへん?」彼はそう告げた。確かに、デートらしいデートはしたことがない。それどころか一緒に並んで歩いたこともない、ということに気がついた。言ってもまだ一週間だし、侑くんはバレーで忙しいし、総合的に考えれば全然普通だとは思うけど。しょっちゅうデートするなんて、帰宅部でもないんだから。

デートかぁ。デートなぁ。生理前でなんか体だるいし、正直気乗りしない。
まさか彼氏からの誘いを生理前でだるいからとはさすがに言えず、他に適当な理由をつけて断ろうと思っていると、勘の鋭い侑くんは眉を読んで「行きたくないん?」と訊ねてきた。嫌?なんか予定あるん?他の男と遊ぶわけやないよな?畳み掛けてくる侑くんに、この際だから正直に白状してしまおうか。でもしたらしたでまたむくれそう。

「とりあえず、予定もないし他の男とも遊んだりはせえへんから」

傍目には男をとっかえひっかえしているように見えるのかもしれないけど、わたしだって、一応最低限の道理はわきまえてるつもりだ。付き合ってる相手がいれば、浮気と疑われるような行為はしないし、しないよう少なくとも注意してはいる。ただし、相手が大事だからとかじゃなく、過失をおかしたくないから、っていう理由で。

「ほんならデートせえへん?やなくて、デートしよ。彼氏がしたい言うてんねやから、断るのはナシやで」
「…りょーかいです」

承諾した途端に、このうれしそうな顔。犬みたい、って言ったら絶対怒るかな。侑くん大きいから、ゴールデンレトリバーとか、そっち系。


ーーで、あんなにデートしたいデートするぞと言うからには、どこか行きたい場所や明確な目的があるのかと思ってた。けど、初めに連れて来られたのは何の変哲もないマクドだった。

「すみれちゃん、何か食べたいのある?」
「んーと……あ、三角チョコパイの黒食べたい」
「御意。飲み物は?」
「お茶がええな」

わかった、侑くんはリュックから取り出した財布を手に一人レジへ向かった。すみれちゃんは座っててもええよ、とは言われてないけど、なんとなく彼の背中がそう語っていたし、侑くんもわたしのことだから言われなくてもそうするだろうと思ったに違いない。実際わたしが勝手に席に座っても侑くんは詰るわけでもなく、したことと言えば、にこにこ笑いかけるだけ。そうすれば、周りのテーブルにいた女の子たちが一斉にどよめきだしたので、侑くんは罪深い男だなぁなんてアホみたいなことを思った。クルーのお姉さんたちも、なんかうれしそうな顔してるし。

「侑くん、将来俳優でええんちゃう?」
「はぁ?急に何言うてはるん」

お尻のポケットに財布をねじ込み、トレーを持って席に戻ってきた侑くんは、わたしが唐突に言い放った一言に間の抜けた声を上げて腰を下ろした。おおきに、とお礼を述べて、三角チョコパイとスモールサイズの爽健美茶を受け取る。紙ナプキン足りなそうだなーと思ったけど、察したらしい侑くんが腰かけたばかりだというのに、わたしよりも先に席を立って取りに行ってくれた。

「女の子の気持ち、ようわかるんやね」

癖なんだろうか。他人の目線とか、たぶんものすごいよく見てると思う。今日のあの反応だってそうだ。だから目が合うと、最近ちょっと、ほんのちょっとだけど、怖いと思うときがある。

「そらまあ、それなりに経験しとるから。けど、すみれちゃんの気持ちはまだ、わかれへんで」

口元は弧を描いて、侑くんはさっきのように笑む。冗談めいた口調で、だけど裏があるような、意味深めいたものを感じずにはいられなかった。

「見たまんまやで、別に」
「そぉかぁ?なーんか秘密だらけって感じするけどなぁ」
「秘密なんてなんもあらへんよ」

ストローを口にくわえながら、侑くんの探るような眼差しにきっぱりと否定してみせる。ずいぶんと大口開けてハンバーガーにかぶりついた彼は、ならええんやけど、とやっぱりおいしそうに食べながら応えた。一口、二口、わたしもパイにかぶりつく。あったかくて、おいしい。

「あっすみれちゃん!チョコ垂れとる!」
「え?うわ、ほんまや!」

どろりと溢れたチョコレートは、わたしの指を伝い、テーブルにぼたぼたと海老茶色の染みを作っていく。慌てて胸元を確認するけど、かろうじて制服は汚れてないみたいだった。ひとまずナプキンで拭こうと数枚手に取れば、突然侑くんにチョコレートのついた方の手首を掴まれてしまった。

「ちょっ……侑くん、なに、」

あろうことか侑くんは、掴んだ手首を引き寄せて、わたしの、チョコレートまみれの指に舌を這わせたのだ。こんな、公衆の面前で、そんな。彼は気にもせず、丹念にチョコレートを舐めとっていく。彼のざらついた舌が指を這い回る度、体の芯がふにゃふにゃに蕩けていくような感じがして、どんどん顔が熱くなっていく。「キャー!」とほとんど悲鳴の声が四方八方から飛んでくるもんだから、とても顔なんて上げられそうになかった。

「ん、甘くておいしかったで」

ごちそーさん、と笑う侑くんにどぎまぎさせられるのも、これで二回目だ。もう、笑えないんですけど!

「……侑くん、よう人前でできるねんな」
「やって〜すみれちゃんの反応かいらしいんやもん」
「悪趣味やね」
「おおきに」
「……誉めてへんし」

一癖も二癖もありそうな人だとは、見ててなんとなくわかってたけど。これはかなり、思ってる以上かもしれない。

それからゲームセンターで遊んだりCDショップに行ったり、初めてのデートは完全に侑くんのペースで進んだ。放課後の一、二時間なんてあっという間で、帰りはわざわざ家まで送ってくれるっていうから、断るのが段々めんどくさくなってきたわたしは侑くんのしたいようにさせている。

「侑くん、人と付き合うのしんどくないん?」
「え?なに、いきなりどないしたん」
「いっつも笑てるけど、そのわりにしあわせそうな顔してへんやん。誰とおっても」

寿司のネタなら何が好きとか、おでんの具は何がイイとか、カレーには福神漬けからっきょうかとか、さっきまで延々食べ物の話してたのに。そんな会話がなんにもなかったみたいな、それぐらい唐突すぎる不躾な質問にも侑くんは嫌そうな顔をするどころか、フッフと独特な笑いを溢した。

「それ、すみれちゃんにそのままそっくり返すわ。あとその質問、聞かれるの二回目やで」
「えっうそぉ」
「ほんまに。あーあ、見事に忘れられてて悲しいわ」

と言いながら、侑くんはやっぱり笑ってる。前にも言ったっけか。ぜんっぜん覚えてないなぁ。

「すみれちゃんも、あんましあわせそうに見えへんよ」
「そうなん?」

自分のスペックはさておき、侑くんはスーパースターのような存在。だからわたしたちってきっと、他の女の子にしてみれば羨ましがられるカップルかもしれない。キスだってしたし、そういう雰囲気になればエッチもいずれすると思う。でも、わたしたちは文字通り付き合っているだけで、それ以上でも以下でもない。侑くんはただ面白半分で"付き合おう"って言い出したんだろうし、それに応えたわたしも断る理由がなかったから、成り行きで付き合ってるだけだ。

「今やって、そんな顔しとるもん」

そっか。そうなんだ。自分では、なんとも思わなかったけど。「そうなんや」わたしが薄く笑って返せば、おんなじように微笑む侑くんのその横顔も、やっぱりしあわせそうには見えなかった。
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