目を閉じればロマンス

放課後、部活へ行く侑くんと別れてスーパーに寄りながら帰宅して、練習終わりの彼からラインが送られてきたのは、いい加減外も真っ暗な七時半頃だった。

侑くん:お疲れ!いま帰ってきたで。めっちゃ腹へったわー

マナーモードにしてたから、そのラインに気付いたのは届いてから十分後くらい。お、つ、か、れ、と打ち間違いがないよう画面をタップし、あとは適当に言葉を選んで返信を送る。そうすればすぐに既読がついて、今なにしとん?って質問されたから、部屋の片付けしとるよ、と絵文字もつけずに答えた。あまり無駄な装飾がないわたしのメッセージは、男女ともに、そっけないと言われることがしばしばある。怒ってないのに怒ってる?とか、なんにもないのになんかあった?とか。怒ってれば怒ってるって言うし、なんかあればちゃんと意思表示するのに。

家庭用ごみ袋を広げて、二週間に一度は部屋の片付けをするおかげで、わたしの部屋には無駄なものがまったくと言っていいほどたまらない。いつ、誰が抜き打ちで来ても平気なくらい、室内はスッキリしていると思う。今だって、棚という棚を開けて、必要のない(と思われる)ものを一掃中だ。でもやりすぎるから、いつも大事なプリントまで捨てちゃうんだよね。そこはさすがに気を付けないと、社会人になったとき絶対困る。

「これはいらんな。あ、これも」

出てきたのは、確かインディーズのロックバンドのアルバム。そういえばこれ、相沢くんから薦められてもらったんだっけ。いや、借りたんだっけか。あれ、どっちだ。

「まあええか。捨てよ」

いるならいるって連絡よこすだろうし、なにも言ってこないということはわたしがもらったことになってるんだと思う。ということは、これをどうしようとわたしの勝手。そしてわたしには、このアルバムを残しておく必要がない。なので、サヨウナラ。ロックバンド、嫌いじゃないけどね。これは微妙だった。声とか、歌詞とか、色々。わたしの好みではなかったな。

結局今日も、たくさんのものを処分した。さっきのアルバムに、個人的ブームの過ぎた花柄のトップス、身に付けなくなったアクセサリー、一昨日買って失敗したマニキュア、ほとんど目を通していない学年通信、クラス通信のプリント(捨てて大丈夫かちゃんと確認した)。ごみ袋にはまだまだものが入りそうだから、この次いらないものを捨てたらごみに出そう。そうやって片付けに没頭するあまり、侑くんからのラインに返信するのをすっかり忘れてしまって、返そう返そう思いながら眠りについた。


次の日、昇降口で靴を履き替えていたら、背中の向こう側で侑くんの新たなロマンスについて囁く声がした。「侑くん、もう西野さんと別れたんやって」「うそー、お似合いやったやん、あの二人」さすが、人気者は話題が更新されるのも早い。ちらりと振り返れば、さっきまでわたしをガン見していたであろう視線の数々があからさまに逸らされたのがわかった。まあ、別にあれこれ噂されるのは慣れっこだからいいけど。それに、どうせすぐ別れると思ってるでしょ。わたしも、あっちも、あのこたちも。

席についてしばらくすると、侑くんがいつものように朝練を終えてやって来た。のだけど、見上げたその顔はどうもあまりご機嫌うるわしくないようで、わたしを見るなりさらにブスッと不機嫌オーラを悪化させた。え、なに。なんかやったっけわたし。リュックをいささか乱暴な手付きで置いた侑くんに、何かしでかしたことはなかったか、昨日の記憶をゆっくり巻き戻す。うん、ない。

「おはよー侑くん」
「……なんであれからライン返してくれんかったの?」

え。唇を尖らせる侑くんの、そのむくれる理由にわたしは驚きの声を漏らした。またまた意外。そーゆーの、気にするんだ。部活忙しいだろうから、逆に連絡とか、全然しなそうなのに。

「ごめん、片付け終わってそのまま寝てもうてん」
「…眠かったんならしゃーないけど」
「うん。でも今度からはもうちょっと早く返信するから」

事務的な感じも否めないわたしの誓いに、侑くんの表情はそれでも柔らかくなっていく。早い返信を心がけます。努力します。こーゆーこと、前は正直めんどくさいとしか思わなかったけど、今はそんなでもない。なんでだろ。


「すみれちゃん、なんでそんなにモノ捨てるん?マメすぎちゃう?」

昼休み。今日は天気がよくないしなんだか肌寒いので、説得の末、教室で食べることにした。自分たちの席でお弁当を広げれば、昨日に引き続き卵焼きは侑くんの口の中へ運び込まれてしまう。今日はしょっぱいのの気分だったから、きっと彼は喜ばないだろう。

「今日はしょっぱいのかー。やっぱ甘い方がええな」
「侑くんに作っとるわけやないもん」
「ほな明日からは俺のために作ってきてや」
「ええー……」

なんでそうなるの。俺様か。まあでも、卵焼きでいいならお安いご用だ。そのうちお弁当まるごと俺のために〜とか、それはないよね。

「確かにマメやんな、わたし。昔っからの癖やから、今まではそんな気にもせんかったけど」

別に潔癖症なんかじゃない。ただ単純に、散らかった状態が嫌だというのもあるけど。

「なんか嫌やねん。無駄に残しとくの」
「なんで?」
「んー……嫌な記憶ごと捨てたいから?」

いやなきおく、神妙な顔つきでおうむ返しする侑くん。だってほら、たとえばやけど赤点の答案とかいつまでも残しとくのの嫌やん?あんときの苦い想い出が蘇るっちゅーか。そんな感じやねんな。たぶん。そう説明すれば、侑くんから返ってきたのは「そうなんや」の五文字だけ。なにか少し物言いたげにも見えたけど、ピリオドが打たれたこの話題が続くことはなかった。
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