うつくしき支配者

「ーーあと、アンケートの提出明日までやからな!まだ出てないのは、わかるやろ?そこの二人、明日忘れたらげんこつやぞ」

アンケート、アンケートねぇ……アンケート?……って、なんだっけ。そんなもん、配られたっけか。早く終わらんかな〜と頬杖ついて担任の話を聞いていたわたしは、"そこの二人"の部分で顔を上げた。そこの二人、のうちの一人がわたしだということを、一応自覚しているからだ。

「侑くん、アンケートってなんやったっけ」

ガサゴソ机の中を漁って、たぶんアンケート用紙を探している侑くんに訊ねてみる。侑くんは「ちょお待ち、」と答えるよりもプリント探しに躍起になっていた。そこの二人、とはわたしと、隣の席の侑くんのことを指している。またの名を、提出物未提出の常習犯。いっつも担任に怒られるから、気を付けなきゃって気持ちは(一応)あるんだけど、気づけばなんでも捨ててしまう。わたしの、癖。

「あったあった、これや」

机の奥から引っ張り出してきたそのプリントは、かわいそうなくらいしわくちゃになっていた。侑くんは頑張ってそのしわを伸ばすけど、今さらやったって遅いと思う。かと言ってそのまま出したら、「出せばええってもんやないやろ!」と叱責されるに違いない。でも、そんなこと、プリントを持ってすらいないわたしがえらそうに言える立場ではないのだ。そんなプリント、知らないなぁ。もらった記憶もない。

「ごめん侑くん、それコピーさせて」
「ええで。職員室のコピー機借りたらええんちゃう」
「うーん。また怒られるやんな」
「ほな一緒にいこか」

ホームルームが終わって、いつもならまっすぐ部活に行かなきゃいけないはずなのに。侑くんって、結構やさしい人だよね。色々よくない話も聞くけど、とりあえず、そんな悪い人ではない気がする。

教室を出て、二人並んで職員室へ向かっていたら、角を曲がったところで誰かと肩がぶつかってしまった。ドン、と押されてよろけた体を、侑くんが反射的に受け止めてくれる。

「ごめんなさい」
「……こっちこそ」

ぶつかった相手とは、お互い謝罪だけで会話が終了。そのまま何事もなかったようにわたしたちとは反対方向へ歩いていく相手の姿を見送ると、侑くんが不思議そうに首をかしげて言った。

「あれ、ええの?彼氏やろ?」
「うん。ええよ。別れたし」
「えっ!早ない?」
「そうかなぁ。いつもと変わらんよ」

同じ学年の、サッカー部の、相沢くん。一昨日まで、わたしの彼氏だった人。交際期間は一ヶ月とか、そんなもんだったかな。顔はジュノンボーイにいそうな爽やかなイケメンさん。性格も普通にやさしい。でも、顔がよくたって、わたしはいつも長続きしない。理由なんて、とっくにわかってるけど。

「侑くん、この前もまた告白されたんやろ?付き合うてるん?」
「うん。フリーやし別にええかな思て」
「ふーん。そうなんや」

告白は、経験上されたことしかない。相手から告白してきて、付き合って、相手から振られる。いつもこのパターンだ。たぶん侑くんも、自分から告白なんてしたことないんじゃないかと思う。黙ってたって女の子がわんさか寄ってくるんだもん。自分から好きとか言う必要性が感じられない。

「その子のこと、ちゃんと好きなん?」
「まあ、嫌いではないけど。…すみれちゃんは?あの相沢くんだかのこと、好きやったん?」

逆にそう聞かれて、わたしの口から出たのは、「うん。好きやったんちゃう」なんて、随分他人事みたいな言葉だった。だって、本当にわからないんだもん。

階段を一歩、一歩、上りながら、消えかけている記憶を振り返る。相沢くんとは手も繋いだし、キスもしたし、えっちもした。キスすれば、ああわたしこの人好きなんやろなぁ、って気持ちになるし、長い時間一緒にいると、この人のこの表情好きやなぁとか、思うことも確かにあった。えっちのとき、「好きや」って囁かれれば、「わたしも好き」って息乱して必死に応えたりもした。けど、相手のことをそこまで好きかと聞かれれば、別にそうでもない。わたしの、ただなんとなく好きだなぁって思う気持ちは、きっと恋に恋する少年少女たちのそれとはまったくもって違うんだろう。

「本気で人を好きになるって、ようわからんねん」

振られる理由はいつも同じ。すみれが何考えてるのかわからへん。すみれの気持ちがわからへん。自分から告白しといてそりゃないよって思うけど、特に引き留めたことはなかった。だって、言ったらわたしも、告白を受ける理由なんて断る理由がないから、ただそれだけのこと。

わたしはなんでもすぐに捨ててしまう。モノも、ヒトも。だって、残しておく理由がないから。


「ほんならさ、」

職員室に着いて、手っ取り早く近くにいた先生に声をかけた。コピー機貸してください言うたら、絶対何コピーするか聞かれるよなぁ。なんて、案の定そのままそっくり問われて、しわくちゃになったアンケート用紙を差し出せば、思いっきりため息をつかれてしまった。そりゃ、こんだけしわくちゃにされたらため息もつきたくはなるか。でもこの先生、わたしたちが未提出常習犯だとは知らないらしく、今回はお叱りもなくコピー機を貸してくれた。

「ごめんなぁ、わざわざ付き合うてもろて」
「ええから気にせんといて」

機械のボタンを押しながら、ふと思い出す。そういえば侑くん、さっき何か言いかけなかったっけ。ほんならさ、って言ったよね、確か。

「さっき、何言おうとしたん?」

印刷枚数、二枚でスタート。だって侑くんの用紙しわくちゃすぎるから、どうせなら侑くんのもコピーしとこうかなと思って。一枚、二枚、規則正しいリズムで印刷された用紙を取り上げて、侑くんに一枚手渡した。

「俺と付き合うてみぃひん?」

職員室の中なのに、大胆不敵な侑くんはあっけらかんと、周りを気にもせずにそう言った。まさか職員室の中でそんな告白を受けるとは思わなかったし、忙しそうに動いてる先生たちも、まさか今ここでそんなことが起きてるとは思ってもいないだろう。侑くん、彼女おるやん。わたしがそう冷静につっこめば、別れるからええよ、なんて冷たい一言をさらりと言い放つ。うわ、別れるってほんまか。付き合ったばっかなのに、彼女さんかわいそ。まあ修羅場にならんならええけど。そっちはそっちでキチンとまとめてくれたら、わたしにはなんの問題もない。

「うん。ほな付き合おか」

職員室に来るまで友達だった人が、職員室を出る時には恋人になる。もって二ヶ月かな、そんなことを考えながら、笑って返した。
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