「やーっぱり!なまえさん、絶対うちのことくーちゃんの彼女と勘違いしてる思ってたわ〜」
「友香里ちゃんと白石さん、明らか似とるやん」

四人で囲むには少し小さいテーブルにずらりと並ぶ、タコライス、大根サラダ、ピーマンの肉詰め、豚汁の四品。タコライス以外は、なまえとひなたが共同で作ったもの。シンプルイズベストを信条にしている彼女だが、もともとプレゼントと一緒におすそ分けするつもりでいたこともあり、今日はかなり頑張った方だろう。その努力は白石にも汲み取ることができた。

友香里は白石の彼女ではなく妹。ここへきて判明した真実は、それはそれでなまえの驚きや艶羨の材料を増やすこととなった。ずるい。自分はこんなんで妹だけが美形なのに、なぜこの兄妹は二人揃って美しいのか。さらに二人には姉までいると知り、ますますなまえはこの世の不公平さを呪わずにはいられなかった。似たようなことは何度も前述してきたが、こんな美形兄妹が身近にいて自分はこの先どうやって生きていけばよいのやら。全くもって肩身が狭すぎる。

喜色を浮かべ豚汁をすする友香里から、美味しい、賞賛の一言をいただく。なまえは心底安堵した。まずくて食えんわ!なんて云われてちゃぶ台をひっくり返されるのではと、内心危懼していたからだ。ここにあるのがちゃぶ台ではなく普通のテーブルだということはさておき。安堵し、嬉しさで心の中が温かくなるのを覚えた。自分の作った"ただの豚汁"で、こんな風に喜んでもらえる。それがすこし、照れくさくもあり。

「白石さんってほんまええ男ですね!その年で倹約家なんて尊敬しますわ」
「そんなおもろないやん。うちはくーちゃんみたいな退屈な男と絶対付き合えへん」
「えー贅沢やで友香里ちゃん」
「(さっき人生なにが楽しいとかボロクソ云うとったやん)」
「なまえさん、今日は飲まんでええんですか?」
「うん。今日は大丈夫」

タコライス、めっちゃ美味しい。なんでも器用にこなしてしまう白石が、すこし、羨ましくもあった。本当に思う。こんなミスターパーフェクトが選ぶ相手も、きっとミスパーフェクトなんだろう。美男美女、バランスのとれた恋人。時々、本当に時々だが、自分の不器用や不恰好さに落ち込んでしまう日がある。白石には、ありとあらゆることを気づかされてしまうのだ。だから、彼のようなミスターパーフェクトが実際そこら中にいてたまるものか。女である自分の立つ瀬がない。

「えー白石さんって好きな人いてへんのですか?」
「あ、うちも聞きたい!どうなん!」

結束した女ほど怖い生き物はない。白石が思わず後ずさりしてしまうほどに、友香里とひなたは獰猛なハンターさながらの目付きで彼との距離を狭めていく。話題をすり替えることも、適当にごまかすことも許してくれるような雰囲気では、到底ない。

「いや、わかれへんて」
「はあ?なによくーちゃん」
「自分のことやけど、ようわかれへんねや」
「え〜〜それって普段から自分の気持ち押し殺しすぎやからやないですか?もっとオープンにならな、オープンに!」
「せやで。ぼやぼやしとったら他の男にとられてまうんやで!」

今度は友香里がなまえをチラ見する番だった。その視線が、ただ同意を求めているものと受け取ったらしい彼女は、確かにそうかもなぁ、と他人事のように返す。そうしてひなたが友香里を見るのと、彼女がひなたを見るのはほとんど同時だった。二人の考えていることは、完全に合致しているようだ。それから他愛ない話をしては食事の時間も和やかに進んでいき、お皿の上が綺麗になったところでひなたが出し抜けに大声を上げた。

「うちいまめっちゃハーゲンダッツ食べたい。お姉ちゃん買うてきて」
「えーいややわ自分で行ったらええやん」
「そないなこと云わんで〜一生のお願い〜」
「くーちゃん、うちもハーゲンダッツ食べたい。ゴー、くーちゃん!」
「人使いあらすぎっちゅー話やで…」

しかし、何を云っても二人にしてみればやはり可愛い妹。断るにも断りきれず渋々了承すると、その代わりとして洗い物を居残り組の妹たちに任せ、コンビニへ向かわんと重い腰を上げた。ハーゲンダッツでもスーパーカップでも、なんでもよいのだ。所詮はただの口実なのだから。二人がいなくなったところで、グッと親指を立て合う友香里たちなのであった。

◆◇◆

二人を覆う夜風は、ほつれ毛を弄ぶように襟元をくすぐる。その風の生ぬるさが、今は心地よかった。自分たちの体がどこにあるのかさえ分からなくしてしまうほどに、どこまでもどこまでも伸びていく夜の闇。それを等間隔で並ぶ背の高い街灯が、頼りなさげに照らし、見守ってくれる。歩く二人の間に会話はない。変な緊張感を携え、ただ黙々と歩みを進める。どちらからともなく、同じ歩幅で。

こんな時間だからか、コンビニのチカチカした明かりがやたらと存在を主張しているように映った。なまえは眩しさに目を細め、縦長のボタンを押して店内へと入れば、すかさずカゴを手にする白石。スマートやなぁ、と感心しながら向かう先はアイスコーナー。

「何味がええんやろ。聞いてくればよかったわ。白石くんも何かいる?」
「俺はええですよ。なまえさんは?」
「考え中」

アイスコーナーを漂うキンキンに冷えた空気に、なまえは両腕をさすった。ノースリーブにこの冷気は、真夏じゃあるまいし、さすがに寒い。代わる代わるアイスを手に取り決めあぐねていた白石は、ふと彼女の二の腕を見、動きを止めた。すらりと伸びた、透明感のある細い腕。少し力を加えたら、簡単に折れてしまいそうな。こういう部分にも、男は守ってあげたいと思うのだろうか。ジイッと食い入るようなその視線に気付いたのか、なまえは怪訝そうな顔で白石を見つめ返した。

「どした?腹痛いん?」
「あっいやなんでもあらへんです」
「ほなちゃっちゃと買うて帰ろか」

バニラ、ストロベリー、期間限定のキャラメルトリュフ。適当な数をカゴに突っ込み、レジへ進む。カウンターにカゴを置く白石の傍らで、素早く長財布の口を開けるなまえ。まさか年下に出させるなんて、年上の風上にもおけない。なんて、こんな時ばかり年上ぶってみたり。
それにしても、この財布もだいぶボロボロになったなぁ。千円札を取り出しながら、なまえは今日百貨店で見かけた財布を頭に思い浮かべる。

「(あれ可愛かったなぁ、あのパステルグリーンのレザーの財布)」

自分よりもお金を持っている人からプレゼントしてもらうと、財布にお金が貯まるとよく聞くが。どこかにいないだろうか、そんなお金持ちで贈り物するのが大好きな人。

ありがとうございました〜。またお越しくださいませ〜。店員の覇気のない決まり文句を背中に、コンビニを出る。さりげなく、袋は白石が持ってくれていた。スマートだし、大したジェントルマンだ。

「あの、なまえさん」
「うん?」
「なまえさんは好きな人とかおるんですか?」
「えー好きな人ぉ?」

うーん。どうなんやろ。空を見上げ、考える素振りを見せるなまえ。そんな彼女を視界に映す白石の頭の中では、さきほどの友香里の言葉がぐるぐる反芻していた。ぼやぼやしていたら他の男に取られてしまう、か。

「わっ」

暗がりの中でなまえが突然バランスを崩し、後ろにぐらりと傾いた。白石は反射神経の良さを存分に生かし、尻もちをついてしまわぬよう華麗に受け止める。二の腕に、触れる。なまえを、抱きとめる。

「……ぼやぼやしとったら、」
「え?」

ぼやぼやしていたら、ほかのだれかに取られてしまう。ほかのだれかが、この体に触れる。あなたが、ほかの人の物になる。そんな考えが加速すればするほど、抱きとめ、密着したこの体を離すことができなくなってしまった。もし、二の腕に触れたこの手をこのまま前に持っていって。なまえを、抱きしめることができたなら。この柔らかい体を、腕の中に収めることができたなら。単純に、嫌だと思った。なまえが、ほかのだれかの物になるなんて。それを嫌だと思った時点で、答えは出たも同然だったのだ。

「(好き、なんやろな)」

どうして俺は、こんなに苦しくなっているのだろう。どうしてこの人は、こんなに俺を苦しめるのだろう。目を真ん丸くし、不思議そうに見つめてくる彼女には、きっとわからない。あなたが好きです。そう簡単に打ち明けられたらどんなに楽か、なんてこと。

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