「ほんまにすいませんでした」

傍から見ると、さぞかし滑稽な光景に違いなかった。ゆるく腕組みをし、仕方ねえなといわんばかりに眉を下げる白石の正面には、ぐりぐりとカーペットに頭をめり込ませるかの勢いで土下座をしている、これでも一応年上のなまえ。例を挙げるならば、浮気がばれて謝罪をしている彼女とその彼氏。とか。そんな風にも受け取れるが、二人は決してそういう間柄ではない。ただこれも、当事者からしたらなんの変哲もない日常の一部なのだろう。
泥酔から一夜明け、なまえは重度の二日酔いを引きずりながら業務に向かっていた。昨晩の合コンはビールに始まり、そしてビールに終わった。記憶する限りでは軽く十杯は飲んでいたと思われる。記憶のうちで十杯ということは、店を出るまで一体どれだけ飲み続けたのだろう。あれだけ飲んで平気な人間がいたとすれば、それはもはや酒豪の域を軽く超えたサイヤ人ではなかろうか。あいにくなまえは根っからのビーラーで酒豪の部類には入るだろうが、サイヤ人ではなかった。当然まともに仕事ができる状態ではなく、結果として多くの同僚に助けられ今日一日を終えた次第だ。そうした中で、自分はどうやって自室までたどり着き、そして無事ベッドで休むことができたのだろうという疑問が生じたとき、真っ先に浮かんだのはこの白石蔵ノ介というスーパーハイスペック隣人さまの存在だった。

「まーぶっちゃけ昨日のことまったく覚えてへんけど…たぶんお世話になったかと思いまして……」
「その通りですよ」
「いやほんま、申し訳なかったなと…」
「別に迷惑ちゃうんでええですけど、もし自分の身に何かあったらどないするんですか?」

白石の忠告が、二日酔いの頭にぐわんぐわんと響く。本当にその通りだ。昨今は物騒な事件が増加しているというのに、昨日のあのアホ丸出しの泥酔状態では、目の前に包丁を持った人間がいたとしても確実に危機感なんて抱けなかっただろう。自分は運が良かったと思うべきところ。猛省あるのみ、である。ぐわんぐわん。まだ頭が痛い。

「なまえさん、夕飯は食べたんですか?」
「いや〜二日酔いで食事どころやなくてですね……とりあえず味噌汁だけ」
「肉じゃが残ってますけど食べてきます?」
「ううん。ええわ〜水飲んで寝る」

白石くんの肉じゃが、ほんまおいしくて好きやねんけど今食べたらリバースしてまいそうなんて。ほんま。味噌汁で精一杯やってん。ラフな部屋着姿のなまえは土下座から体育座りに姿勢を変え、ふとポケットの中で振動する携帯を取り出した。ラインきとる。でもこの人誰だ。知らん人やー出会い系やろか。訝しげに画面をスライドし、内容に目を通す。

「ああ。昨日のイマイチくんや」
「いまいち?」

イマイチくんのイマイチは、見た目がイマイチ……のイマイチではない。某三代目のボーカルに似ていることから、なまえが勝手にそう呼んでいるだけである。よくよく内容を見ると、彼の名前はゲンジというらしい。ゲンジかあ。中々渋いやん。けど確かにゲンジっぽかった気ぃするなあ。なんて思いながらなまえは昨日の合コンの人、と短く返す。その素っ気ない物云いに、白石は妙な引っかかりを覚えた。別になまえが合コンに行こうが、自分には関係のないことだろうに。なぜだかスッキリしない。それから数分後、自室に戻って行く彼女を見送った白石は、ふと付けっ放しだったテレビに視線を飛ばす。放送されていた音楽番組には噂のアーティストが、そして表示されたテロップで白石は誰がそのナントカさんなのかを理解した。ワイルド系イケメン。正直自分の顔もイケメンの部類に入るだろうことは自覚済みだが、彼はタイプの違う、男らしさに溢れたイケメン。なんなんだ。スッキリしない上におもしろくない。ような気がする。そうだ、きっと気がするだけだ。自分の中の釈然としないものを打ち消すかのように、白石はテレビを消した。

*************************
それから数日後の、ボロ狭いラーメン屋にて。なまえは泥酔したあまり激しく曖昧だった約束をしっかりと果たしていた。かなり年季の入ったのれんの先に待ち受けていた光景に、小さく目を見開く。

「えらい繁盛しとるね〜」
「せやろ。地元のきたなシュランちゅーたらやっぱりここやねん」
「いかにもがっつり系っちゅーか、どすこい系っちゅーか」
「いまは全然おらんけど、女の子のお客さんも結構いてるで」

確かに随分汚い店だとなまえは心の底から感心した。店と呼んでいいのかも怪しいレベルである。店内は煙草の匂いと、ラーメンやらニンニクやらの匂いと、そして客たちによる熱気が充満しており、ちょうど今し方空いた席に通されて間もなく、なまえの額にはうっすらと汗が滲み始めた。そうしていざ座ってみると、予想以上にこのカウンターの狭いこと。なんだこれは。隣の客とぶつかり稽古でもしろってか。でも出てくるラーメンは総じておいしそうだ。仕事終わりではあったが、匂いが染み付いても大丈夫なように着替えもバッチリしてきた。適当なカットソーに適当なパンツ。これって一応デートなんかな、まあええかラーメン食べるだけやし。え、あかんかな?問題あらへんよね。そんな自問自答も、あったりなかったり。
ゲンジの格好は今日も決まっていた。いや、合コンの時の服装がどうだったかなどよもや覚えちゃいないが、あの時だってきっとキメキメだったに違いない。そのカッコよさを最大限に形容する適当な言葉が見つからないが、今時すぎず、時代遅れすぎず。自分に似合う服装をちゃんと理解して着こなしているんだろう、なまえはそう感じた。そして改めて思うところと云えば、やっぱりイケメンだということ、だろうか。白石といいゲンジといい、実際スーパーイケメンが近くにいるなんて、なまえにはどこか別世界の夢まぼろしのように思える時があった。こんな非の打ち所がないくらいのイケメンがそうあちこちに転がってるとは、正直想像もしていなかったしできるはずもない。まあ、顔の好みは人それぞれあるだろうが。

「んー何にしよ。どれにしたらええかな」
「がっつり系いけるんならこのあたりオススメやで。これはかなり二郎系」
「ほんまか。いけるやろか」
「いっちゃう?」
「いっちゃう」

小気味良いテンポで言葉を交わし、カウンターの向こうの店員にオーダーを告げる。ここな〜普段からこない混んでんねんけど、料理が来るのは結構早いねんて。俺、週に一回は来とるかもしれん。隣でそう語るゲンジの口元は愉しげにゆるやかな弧を描いていた。どことなく、うれしそうにも見てとれる。

「俺、女の子とラーメン屋なんて初めて来たかもなぁ」
「えっほんまに?」
「なんちゅーか、みんなオシャレな店がええ云うやろ?まあみんなっちゅーか、今まで遊んだりした子はほとんどせやったさかい」
「んまあ女子やからね。わたしもオシャレな店は好きやで」
「せやから、なんて云うたらええんかな、なまえちゃんって変に気遣わんくてええっちゅーか」
「気なんか遣わんでええよ」
「ぶっちゃけそのつもりでおるわ」
「ほんま。たまには気遣うてや」
「考えとく」

知り合って、顔を合わせるのは今日でまだ二回目だ。けれどなまえは、ゲンジの話すことがなんとなくわかるような気がしていた。このゲンジも顔はイケメンでこそあるが、イケメンを鼻にかけるわけでもなし、なんというか妙な気遣い無しに話せる相手のような感じがするのだ。見知らぬ人間と話す時は普通気を遣うためにドッと疲れが押し寄せてくるものだが、今日、シラフで彼と喋っていても全然疲れた気分にならないのは、そういうことなんだろう。人生、巡り合いの連続。その中でこれは、いい出会いだと素直に思えた。

「俺、なまえちゃんとも」
「へいお待ち!宝泉スペシャルはそっちのお姉さんかな?」
「うっわめっちゃボリューム。おいしそ〜!あ、ゲンジくん今なんて?」

店員の言葉とゲンジのそれが綺麗にかぶってしまいなまえが聞き直すと、彼は幼子を見守るかのようなやさしい面持ちで、食べてからでええよ、と返すのだった。

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