お待ちかねの給料日から早くも半月ほどが経過し、いよいよ新しい月を迎えるという頃。青色の給与明細と、マスコットキャラクターが描かれた通帳の預金残高。そのふたつを交互に睨み付けては、ある、ない、ある、ない、ない。なまえはおおきく項垂れ、うわ言のように呟いた。

「お金がない……」

給料は決して悪くない。むしろ、同年代の女子と比べてもかなりもらっている方だ。もちろん楽して高い給与を得ているのではなく、それだけ日々の労働量や蓄積する疲労は半端ではないけれども。だが、たった15日足らずで彼女の預金残高は、限りなくゼロに等しい状態にまで迫っていた。あんなにあったはずの福沢諭吉はいつ、どこに、なぜ去っていってしまったのか。おかげで今月も火の車。それどころか自転車もこのままでは壊れてしまいそうである。明日から世界が消えてなくなるとでもいうような、なまえの悲痛な表情。そのうちに、彼女はおいおいと泣き出した。

「今月もまた自分へのご褒美とかいうてクレジットカード使いまくったんちゃいますか?」
「うぐ……やって、そうでもせんと毎日頑張れへんもん…」

六本入り缶ビール、洋服、お気に入りブランドのコスメ、味噌チャーシューの大盛り。どれもこれも、明日を生き抜くための糧である。しかしその糧に投資するあまり、明日が見えなくなっているのもまた事実。隣人の白石に図星を突かれ、なまえは再び泣き出した。

白石蔵ノ介は、なまえにとって隣人であり、そして救世主でもあった。名前が白石蔵ノ介といって、年下で、医大に通っているスーパーモテ男(そして間違いなく倹約家)。そんなちょっとした情報しか彼女は知り得ていないが、いつからかこうして、お金のない哀れな彼女に夕飯をご馳走してくれるようになったのだ。しかもれっきとした手作り料理。しかも普通に美味しい。ただし生活の何から何まで無駄なくスマートな白石は、こうしてなまえを招き入れる度に年上の彼女を諌めるのだが。今日も今日とて絶望していた彼女の下に舞い込んだ、“カレー、食べに来ませんか?”のライン。おおきに、何様神様白石蔵ノ介様!なんて深謝の意を胸に部屋を訪れたのもつかの間、待ち受けていたのは厳しいお言葉の数々だった。予想はしていたものの、現実というのは数倍辛く悲しい。ほんまどうしようもあらへんな、とでも云いたげな白石の表情と辛辣な物言いに、もはや自分が年上として扱われていない気もしたが、文句を云える立場でないことくらい彼女は重々理解している。そもそも、白石はいまのいままで正論しか述べていない。それが余計に、彼女から“年上の威厳”たるものを奪っていた。

「もう少し考えて使わんと、ほんま生活破綻しますよ」
「すいません……」
「いや、別に謝らんでもええですけど。ただ、困るのはなまえさんでしょ?」
「うん……せやけど、白石くん助けてくれるもん。白石くんええ人!神様!」
「もん、ちゃいますでしょ。なまえさん俺がおらんかったらどないしてはったんですか」
「風俗で働いとったかもしれん……」

顔色はみるみるうちに青ざめ、怯えた魚のように目と口をぱちぱちさせるなまえのその様子に、カレーとお冷やの乗せられたトレイを運ぶ白石は、コントよろしくズッコケそうになるのをどうにか堪えた。そこまでいくか。というより、そうならないよう倹約するとかそんな考えは頭にないのか。この人、単純すぎる。 人生で、年上を年上とも思わない人間に出会ったのは彼女が初めてである。

「ほな、風俗行かんで済むよう明日から気を付けましょ」
「はーい」

でも、そんな彼女が放っておけない。そんな彼女だからこそ、かもしれないが。こんなアホで単純でどうしようもない彼女が、白石には可愛くて仕方がないのだ。憎めないキャラクターとは、きっとこういうものなんだろう。だからこうして、救いの手を差し伸べたくなる。こうして、自分の作った野菜たっぷりヘルシーカレーを食べ、“おいひい”と笑う姿が見たくなる。

「あっ、白石くん。ビール飲んでもええ?」
「だめです」

しかしいくら可愛くとも、このアホなお姉さんにはもう少し危機感を持たせなければ。そう心に誓う白石だった。

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