なあ、星子。俺な、今まで自分が好きになった子と両想いになったことがないねん。星子もよう知っとるやろ?失恋する度に、優しく慰めてくれたもんな。せやからみょうじさんとやって、告白しても絶対フラれるんやろなって予感がしとんのや。けどな、それでも伝えたい思うねん。

「お、忍足くん待って……っ」

ひた走った俺たちが足を止めると、そこは南棟。えらい反対側まで来てしまったもんやと漸く気付かされた。胸元を押さえ、必死に呼吸を整えるみょうじさん。俺は、その手を掴んだままで。無理矢理連れ出してもうたこと、無理矢理走らせてもうたこと。押し寄せてくる罪悪感とともに、俺は一抹の不安を抱いた。もしあの時みたいに睨まれて、嫌がられてもうたら……。

「か、堪忍な」
「ん、ええよ。とりあえず、中入ろか」

みょうじさんが微笑んでくれた、それだけで不安は一気に吹っ飛んでいく。なんちゅう単純な奴なんや、俺って。促されるままに目の前の教室に入ると、様々な音が飛び交っとった。窓の向こう、グラウンドから聞こえてくるのは陸部マネのよく通る声、サッカー部の耳を劈くようなホイッスル、それから屋上やろか、吹奏楽のいびつなメロディー。意を決した俺は、すうっと大きく息を吸い込んだ。

「みょうじさん。お、俺、みょうじさんに云いたいことがあんねん」

こくりと小さく頷いたみょうじさんは一瞬俺を見て、すぐに視線を足元へ移す。やっぱり、みょうじさんも白石が好きなんやろか。アホやな、俺。フラれる覚悟なんてとっくに出来とったはずやのに。

「俺、みょうじさんが好きやねん。せやから、俺と付き合うて下さい」

ぶっちゃけ今すぐ耳を塞ぎたい。ああああ、なんて返されてまうんやろ。「忍足くんのことは、友達としか思えへんねん」とか「他に好きな人(具体的には白石)がおんねん」とか?あああああ……。

「わたしなぁ、実は転校して来る前から忍足くんのこと知ってんねん」

……へ?

「前の学校で女テニのマネやってたんよ、わたし。せやから、大会で忍足くんのこと何回か見掛けたことあんねんで」

イエスでもノーでもない、みょうじさんからの返答。みょうじさんが何を云おうとしとるのかはよう分からんかってんけど、俺は黙って耳を傾ける。机に腰掛けたみょうじさんは足を小さくばたつかせながら、愉しげな声色で続けた。

「初めて試合を見た時、めっちゃかっこええ思てな。せやから、どないな人なんやろなーって気になっとってん」
「ほんでいつだったかの大会で、部員の皆と話しとるのを見たことがあったんよ。試合中はあないにかっこええのに、普段は皆によういじられとるんやなぁって」
「あの人はきっと、良い意味でも悪い意味でもバカ正直で、ほんまにまっすぐな人なんやろなって。……夢にも思わなかったわ。まさか自分が四天宝寺の、しかも忍足くんと同じクラスに転校することになるなんてな」

それは、どないな意味なんやろか。告白の返事を、期待してもええんやろか。逸る心を抑え、俺は平静を装った。落ち着け、落ち着け俺。平常心、平常心やで。

「イグアナに似とる云われた時は、ほんまにショックやったんやで。え、イグアナ!?って。忍足くんに云われたっちゅーのが余計にな。けど、次の日一生懸命謝ってくる忍足くんを見たら、なんか怒ってたのがばかばかしくなってん。ああ、この人はバカ正直過ぎるけど、やっぱり純粋でまっすぐな人なんやなって」

“そんな忍足くんを、わたしは好きやったんやなって。”

「え、いまなんて」
「せやから。わたしも好きやねん、忍足くんのこと」

え。嘘やん、マジで?俺は思わず、「ほんまに?」を連呼してもうた。しつこい俺に、みょうじさんはいつか見せた困ったような笑みで何度も、何度も何度も返してくれる。わたしは、忍足くんが好きやねん。って。前から、忍足くんが気になっとってん。って。ついでに、さっき白石と教室で何を話しとったんかも教えてくれた。みょうじさんはただ単にあいつに相談しとっただけらしく、きっと俺がおることに気付いたから白石はわざとあないな事を云うたんやろ、と。グッジョブ、グッジョブやで白石!にしてもあかんわ、どないしよ。嬉しすぎて心臓がビッグバン起こしそうや。

「みょうじさん、」
「なまえでええよ。謙也くん」
「お、おん。なまえ」

情けないことに震える手を伸ばし、俺はなまえをぎゅうっと抱き締めた。なまえもぎゅうっと、抱き締め返してくれる。どきどき、ばくばく。この心臓の音は、俺となまえ、どっちのもんなんやろか。ヴヴヴ、とジャージのポケットに突っ込んだ携帯が震動する。部活の存在を思い出し、咄嗟に体を離そうとするなまえを俺はさっきよりもきつく抱き締めた。もう少し、あともう少しだけでええからこうしてたいねん。そう強く願った、6月の終わり。

end



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テーマ「人外ファンタジー」
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