世界を救う。そんな大層で深刻な状況には不釣り合いなほどゆるやかな空気がカルデアに流れていた。もちろん二十四時間三百六十五日ずっと張り詰めているなんてことは無理に決まっているし、こういった環境は大事だし士気にも影響を与える。むしろこういった当たり前がないと精神がすり減って壊れてしまうだけだ。
ロビンフッドは戦闘後に談笑するマスターとサーヴァントたちを眺めながら思う。今はハロウィンだとかでかぼちゃのランタンだのコウモリのぬいぐるみだのキャンドルだの素材集めに駆り出されているものの、祭りごとは好きだ。何もなければ自分も酒場に行って名も知らない住人と飲んだり、小さい子供に菓子を与えてやるところだ。くだらない話、賑やかな声、明るい笑顔。そういうものが好きだから。
「ランタンは集め終えたか」
凛と張った声に意識を向ける。無造作に伸ばした髪と獣の耳と尻尾、緑の衣服にしなやかな体を包んでいる。アタランテだ。こちらはただの人間、あちらは神々の世界の住人。もちろん生前の縁など全くないが、ロビンフッドは一方的に相手のことを知っていた。
――――私のアーチャーはね、すごく綺麗なアーチャーだったんだよ。
そうやって自分のことのように誇らしげに語る少女がいたから。勝てなくて申し訳なかったと目を潤ませていた少女がいたから。
そんな少女のことを思い返しながら、袋に詰めたランタンを掲げる。
「この通り終わってますよっと。しっかし、こんなにランタンやらばっか見てるといい加減飽きますわ」
「文句を垂れるな。マスターに渡しに行くぞ」
「はいはい」
アタランテは少女のことを覚えているだろうか。カルデアでは何故か参加した聖杯戦争の記憶がある者が多い。だが、全てはっきり覚えている場合もあれば参加した事実や大きな経験のみだったりとサーヴァントによって様々だ。
ロビンフッドは月のことも月の裏側のこともしっかり残っている。たとえ己自身でなくとも、あの聖杯戦争を記録だと切り離すことは難しかった。重い騎士の矜持も、あたたかな慕情も。たとえ他人の思い出を自分のもののように錯覚しているとしても。それでも無くしたいとは何故か思えない。
とはいえ、アタランテが会話していたサーヴァントといえば七騎と七騎のサーヴァントが戦う聖杯大戦だとかいう参加者、生前縁があったサーヴァントだけだ。常に観察しているわけでもないのでもしかしたら知らぬサーヴァントと懇意にしている可能性はあるが、聞いたこともない。
ぼんやり考えつつ、アタランテと共にマスターにランタンを渡す。まだ子供といって差し支えないマスターは笑顔で礼を言う。
「皆、ありがとう! じゃあもう今日は解散しよう。好きに過ごしていいよ」
喜びや労わりの声がサーヴァントたちからこぼれる。わいわい騒いでいる様は、奇妙な服装や手にした武器を除けば単なる村人のようだった。
さて、どうするか。軽く体を伸ばす。これからの予定を思案していると、アタランテが夜空に佇む月を見上げていた。冷たくも闇を照らす月は美しい。月の女神アルテミスを信仰しているアタランテにとっても見惚れるほどなのだろう。
「いい月だな」
「ああ。……そういえば、汝は月の聖杯戦争に参加していたのだったな」
唐突な会話の切り口に頷くのが遅れた。本来の月と形は似て非なるものだが、同じ月という単語が聖杯戦争を連想させたようだ。
「そうそう。オレも全部は覚えてねえけど、おたくがいたのは覚えてるぜ。別に戦ったりとかしてねーけど」
「ほう。私はさすがに対戦相手などは記憶にないが、マスターとの出来事は覚えている」
マスター。つまりあの少女のことだ。
覚えているのか。ロビンフッドは、へえ、と軽い相槌を打つ。
「どんなマスターだったんだ?」
「そうだな……ちょうど今のマスターくらいの少女だ。自信はないが、願いのためなら己の全てを投げ打つ覚悟があった」
――――どうしてそこまでって言われるかもしれないけど。でも、私にとっては大事な、大事な夢だよ。
涙が出るくらい憧れの人がいても夢を選んだ。負けたら死ぬ危険性を無視してでも他者を蹴落とすことを選んだ。二度と叶わなくても亡霊として少しだけ生きることを選んだ。いくら妖怪やらと対峙してきたとはいえ、電子魔術師らしくない少女には重く強い決意。
少女との少ない記憶の欠片を拾って思い出しているのか、凛々しい表情が緩み穏やかな微笑を浮かべている。背筋を伸ばして生きているようなアタランテの笑みを(少なくともロビンフッドは)見かけたことはなく、軽く目を丸くした。
「料理も振る舞ってくれたことがある。あれは美味かった。褒めると何だか幼い子供のように笑っていたな」
――――さっきの撤回してもらうからね、アーチャー。
作られた料理に美味いと素直に関心すると、胸を張って自信たっぷりに笑っていた。面倒そうに返したらやはりむっと顔をしかめていたことも知っている。
横顔を見つめながらもとある記憶を思い返すロビンフッドに気付かず、アタランテが続ける。
「子供を救いたいという私の願いも良きものだと心の底から賛同してくれた」
――――私、幸せになりたいんだ。好きな人と結婚して、家族になって、子供をつくって……ずっと、ずっと、それだけを夢見てきたの。
ちっぽけでありきたりで、文字通り夢のように甘い願い。それを名前のない青年は、「夢見がちな乙女だ」と笑うことなどできなかった。できるわけがなかった。
そんな夢見る少女は当然アタランテの願いに同意するだろう。素敵な願いだね、と。あの森の日差しのような穏やかな微笑みで。どこか懐かしく、胸にじんわり何かが沁み込んでいくような微笑みで。
「……そりゃ、いいマスターだったんだな」
「ああ。百戦錬磨ではないが、いいマスターだった」
唇からぽつりとこぼれた言葉にアタランテが優しく目を細める。私にはもったいないと口にしていたサーヴァントからこんなに高い評価を受けていたことを知れば、少女は照れくさそうに笑うのだろうか。
「アタランテー! ごめん!」
遠くのマスターが申し訳なさそうに声を投げかけた。よく通る声だ。アタランテはすぐにマスターへ視線を向けて近寄る。すでに意識はロビンフッドにない。
「どうした、マスター」
会話が途切れ、一人残されたロビンフッドはもう一度月を見る。
――――またな、オレのお嬢さん。
あの約束は、どこかで果たされるだろうか。期待などしても意味のないことだ。だが、その約束のために世界を救ってやろうとは思うのだった。
夢本をご購入いただいたお礼にお送りしたものです。
アタランテと緑茶は全然接点ないので(記憶だとおそらく……一緒にいたくらいのちびちゅきか、コハエースしか思いつきません)、どう対応するのか謎で、よく分からない口調になってしまいました。対マタハリさんみたいな話し方になるんでしょうか?
FGO初めてのハロウィンイベント「歌うカボチャ城の冒険」を想定しています。