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あなたの死因になりたい

三人で和気藹々とまではいかないが、それなりの会話をしながら食べていた。皿は全て何も残っておらず、湊は心の中で一人満足げに笑った。片付けは湊だけでやるつもりだったが、アーチャーが手伝いを申し出てくれた。それがかなり意外で驚いていたらまた口論になった。待っていたBBは「仲悪いですねえ」と言うだけだった。

二人が言い争いながらも浸けていた皿やフライパンなどを洗い終えたら、キッチンやテーブル、椅子はいつの間にか消されていた。なら皿も一緒に消した方がよかったのではないかと湊は思ったが、口にするのはやめた。
BBが教鞭を弄びながら、湊とアーチャーへ言った。

「さて、湊さん、アーチャーさん。おいしい料理を食べて英気を養ったところで、お仕事に入ってもらいます!」

「ようやくかよ」

「本当は出番がない方が一番いいんですけどねー、ちょーっとラニさんとエリちゃんがてこずってるみたいなんです。なので、センパイの邪魔をしてもらおうと思います」

センパイ。名前が出てこないため、誰だか分からない。そもそも上級AIがセンパイなどと呼ぶ存在が何なのか、湊には予測できなかった。まさか同じ上級AIであるはずがない。邪魔をしてもらいますと言っているのだから。戦闘機能を持つ上級AIなど、目の前にいる少女の姿をしたAIを除いて聞いたことがない。当然マスターなのだろう。だからなおのこと理解ができない。

「その前に。センパイに忠告しなくてはいけないので、BBちゃんねる、録画しちゃいましょう!」

BBちゃんねる、という初めて聞いたストレートにダサいチャンネル名に、湊が眉をひそめる。湊より先に呼ばれたアーチャーなら分かるかと視線をやった。視線に気付いたアーチャーも「知りませんわ」と言うように目を向けるだけだった。

突っ込んではいけないと思ったが、我慢できなかった湊はBBに聞く。

「…………何、それ?」

「センパイへの悪戯、ちょっかい、もしくは警告するためのものです」

聞いても全く分からなかった。

「――――えー、テステス」

ついていけない湊とアーチャーをよそにBBが一人で進めていく。知らぬうちに空間はマイルームから予算のなさそうな番組のセットに切り替わっていた。

「どんくさいセンパイのことだから、まだ五階あたりでぐるぐる回っている筈ですよネ☆ そんな気持ちで読書にいそしんでいたBBちゃんでしたが、ふとモニターを見たらまあたいへん。どんな幸運か、悪い子センパイはもうゴール直前まで来ていたのです。なので、ただいま電波を放出中〜☆」

BBがそれは楽しそうに喋っている。スタジオまでスキップしそうな勢いで歩く。ちらり湊とアーチャーを見る。「ついてこい」と目が言っていた。仕方なくBBと共にスタジオへ向かう。

「ぴんぽぱんぽーん。おはようございます、深夜の秘密放送の時間です」

いつものテンションより数段高く話すBB。湊は初っ端から頭痛がしてきた。

「司会はわたし、月海原の影の生徒会長、ムーンセルの女王ことBBちゃんと! たまたまそこで拾ったマダオ、PN.ミドチャさんと、同じく拾った少女M、PN.名無しさんでお送りします!」

「はあ? 拾われてねえでしょ、むしろ殺されたって解釈でしょ、アレ。オタク、一体なにしたいんだっつうの」

アーチャーが声を荒立てて反論する。湊と同じように拾われたのではないらしい。しかし、殺されたというのはどういうことなのか。彼はBBが紹介した言葉を信じていいのなら、二回戦で敗れ座に還る前に拾ったことになる。気になったが、今聞くのはやめた。

「きゃ、ミドチャさんったらこわーい。なるほどなるほど、そのタレ目で睨まれちゃうと、たいていの女の子はコロっといっちゃうんですね。そんな甘いマスクのミドチャさんには、せーのっ、超絶☆体罰ビーム!」

「ぐわああああああ超いてぇ――――― !」

剣呑な空気のアーチャーに全く怯むことなく、むしろBBはひゅん、と教鞭を振るった。謎のエフェクトがかかった瞬間、アーチャーがギャグのような悲鳴をあげて倒れた。ギャグならここですぐに起き上がって突っ込むところだが、彼はぴくりとも動かない。さすがに湊は倒れたままのアーチャーへ不安の目を向けた。

「てへ☆ ごめんなさい、この水鉄砲、改造しすぎてダメージ限界突破しちゃってました。一億ダメージとかチートにも程がありますよね」

「水鉄砲じゃなくない、それ?」

「わたしが水鉄砲って言ったら水鉄砲なんです。もー、ツッコミさんたちってばノリ悪いです」

「ツッコミさんたちって……あんたのテンションについていけないんだっつーの」

「ノリが悪いとお友達できませんよ?」

「……ほんとうっさいんだけど」

「もしかして、図星ですか? 名無しさん、お友達いない感じですか?」

BBが哀れみの目を湊へ向ける。湊のこめかみが動く。簡単な挑発に乗ってしまいそうになる。しかし、攻撃されたアーチャーのようにギャグ表現したくない。会ったこともない相手にギャグキャラ認定などされたらたまったものではない。湊は深呼吸してからBBへ言う。

「…………アーチャー、元に戻さないの? てか、どうなってんのこれ」

「あ、ミドチャさんのこと忘れそうになっちゃいました。えーい、生き返れー♪」

カメラ目線で息を吹きかけると、アーチャーが華麗に起き上がり、何事もなかったかのように戻った。

「げ。生き返ったよオレ、一ドットからバッチリ生き返ったよ。……あー、死にてぇ」

アーチャーが暗い声でぼやくと、突然たくさんの笑い声が流れる。観客は当然いないし、BBが録画と言っていたため今は実際に放送されているわけがないので、ただの音声だろうか。寂しすぎる。湊はやはりついていけなかった。

「ところで名無しさん、ミドチャさん。近頃の風紀の乱れをどう思います? マイルームとか着替えとか自由すぎますよね?」

「いや、自由すぎるのはオタクの芸風でしょ」

「それはアーチャーに同意」

「仲良く生徒会室で青春トークとか、人目も気にせず廊下でイチャイチャとか、サーヴァントとお話とか。わたし、とにかくもう許せない」

BBから問いかけてきたくせに、湊とアーチャーのコメントは無視された。


――――なんか、好きな子なのに素直になれなくて、でも構ってほしいからちょっかい出して嫌われちゃう男子みたい。


BBの発言から湊はそう感じた。あくまでその言葉通りに捉えたら、の話だが。

「ですので、新しい校則(ルール)を提案します! 題して、『私語をしてはならない』、です! はーい。そういう事で聞いていましたかセンパイ? これからは、私語禁止です。アイコンタクトで頑張ってください。あ、スキンシップはとっくに禁止していますから、あしからず。ついでに、リターンクリスタルも封印です☆ これを機会に、サーヴァントさんと不仲になってください。それでは、校舎にいるNPCのみなさん、さようなら。夜のはちみつ放送でした!」

BBが謎のポーズを決めると歓声が上がった。湊はなんだかBBが可哀想になってきた。仕返しとばかりに、BBへ憐憫の眼差しを送る。

「はい、というわけで、湊さんとアーチャーさんにはセンパイへの妨害をお願いしたいと思います」

それも意に介さず、にっこりと営業スマイルを浮かべ、先ほどのテンションよりだいぶ落ち着いた声でBBが湊とアーチャーに言う。
腕を組んで湊はBBへいくつか聞きたいことのうちのひとつの疑問をぶつける。

「ねえ、さっきから言ってるセンパイって誰?」

そのとき。湊には、BBが残虐な紫の瞳に、ひどく優しく切ない光を灯した、ように見えた。蜂蜜のような甘さすら感じるそれに、湊は一瞬見惚れてしまった。

「岸波白野って名前の、私の目的を邪魔しようとする馬鹿な人です。力のないくせに頑張っちゃう、口にするのもおぞましい、一匹見つけたら何匹いる、みたいな人です」

だが、すぐにその光も消え失せて元の傲慢さに満ちた顔に変わり、BBはまた教鞭を振った。その瞬間、BBの隣に一人の少年のホログラムが映し出される。際立った特徴はない。よく見たら顔がいい部類かもしれない、という程度だ。クラスの中で三番目に顔がよくて、いい人の評価を得られそうな。たとえば少年漫画の主人公のような、平凡な少年。
湊は無表情でそのホログラムを見つめていた。

「ふーん」

「月の裏側に幸運にも生き残ったマスターさんがいますけど、さっき言った通り、他の人はサーヴァントがいない、いても切り札、いても戦う意志がありませんから。センパイを潰せばほぼほぼ終わりと言っていいと思います」

「……なるほど」

実質一人、あるいは二人らしい。切り札が誰かは分からないが、レオとガウェインがいなければいい。いたとして相手にしろと言われなければいい。湊は彼らに勝てる気がしない。どんなに強いサーヴァントを連れてきたとしても、あのときの敗北を乗り越えるイメージが頭に浮かばない。

今度はアーチャーがBBへ尋ねる。

「具体的に妨害って言われても何すんだよ」

「お二人にやってもらうのはサクラ迷宮でトラップの設置。先に進ませないでください。あ、別にそれで殺しちゃってもいいですよ。資材は差し上げますから。それじゃ、よろしくお願いしますね」

言いたいことだけ言い、BBは再び消えた。残ったのはアーチャー用と思われる様々な道具と、サクラ迷宮に続く扉だけだった。

湊は消えたBBの姿を追いかけるようにじっと見つめていた。そんな湊にアーチャーが視線を投げる。

「……トラップ設置なんてオレの得意分野ですけど。お嬢はんなことできるんです?」

湊とアーチャーはお互い無理矢理組まされた急造のマスターとサーヴァント。相手の能力など何も知らない。マスターとサーヴァントとはいえ、すぐに秘密を喋ることでもない。湊はそう考えている。アタランテのときもそうだった。一回戦でお互いの力量を見定め、認め合い、戦術を決めていたものだ。
マイルームで湊は一人魔術を試していた。湊は気付かなかったが、弓矢を整備しながらもアーチャーは観察していたのかもしれない。

トラップと言われても湊にはそんな技術を習ったことがあるわけがない。だが、トラップに該当するだろうものはあった。

「札でも床に貼って、その範囲内に入ったら火が出たりとかはできるけど……トラップって言っていいのかな」

「それだけできりゃ十分だ。んじゃあ、行きますか」

アーチャーが先に扉へ向かい、さっさと入って消えていく。湊もアーチャーに続いた。


――――月から出ようとするマスターたちを邪魔するなんて、まるで物語の悪役みたい。


自分の意識が転送される感覚を味わいながら、湊は自嘲した。
ついさっきまで、名前のない脇役だったのに。