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ぶっとべ!超時空トラぶる花札大戦・後編

凛と赤いアーチャーと別れてそれなりの時間が経過し、繁華街まで辿り着いた。周りには大型ショッピングモール、かなり大きな屋内型プール、小洒落たレストランやカフェ。少し前までありふれた住宅ばかりだったというのに、急に都会的だ。状況が状況でなければふらつきたくなる。湊も年頃の少女、ショッピングはそれなりに好きだ。
様々な店を見ては通り過ぎ、軽いため息をついて湊は言う。

「思ってたほど会わないね」

実はまだ二組目に遭遇していない。同じクラスが被るのだからもっといるものかと思っていたのだ。

「それはそれで楽できるんでいいんじゃないすか、……ん?」

笑っていたアーチャーの眉がひそめられる。サーヴァントの気配だ。この世界の聖杯戦争は花札だと知ったからか、先程よりは剣呑な空気を醸し出していない。それどころかむしろ呆れているようにも見えた。
湊はアーチャーの視線を辿る。その先には、銀髪美少女がパシャパシャと自撮りをしていた。……何してるんだ。

おそらく気配からしてサーヴァントだろうが、自撮りするサーヴァントなどいるのだろうか。いや、自分大好きマスター大好きセイバーなら知っているし、自撮りしそうだが、まさか本当に自撮りするサーヴァントと出会うとは思わなかった。っていうか携帯持ってるの?サーヴァントって。よく分からない。

マスターであろう癖毛の少年が急かすように足を鳴らし、厚着の少女を睨む。

「……キャスター、いい加減にしろ。そろそろ行かないと先を越される」
「もう少しくらいいいじゃない。誰もいないのだし……あら?」
「どうし、……」

二人の視線と湊たちの突き刺さるような視線が交わった。そして少年は顔を真っ赤にして少女へ叫ぶ。

「来たじゃないか!」
「仕方ないわ、カドック。どうせ誰にも会わずに温泉に入るなんて難しかったでしょうし」
「分かっている!というか、それより自分のサーヴァントが自撮りしているのを見られたのが嫌なんだ、僕は!」
「そうなの?」
「当たり前だろ!」

カドックと呼ばれた少年が頭を押さえた。随分苦労しているようだ。

深いクマ、少し猫背、ちょっとロックっぽい服装、クールに見えて苦労性。主人公のライバルポジション、もしくは結局やられてはしまうが序盤の強敵っぽくて、湊は妙に応援したくなってしまった。
アーチャーが小声で言う。

「お嬢、あんま生あたたかい目してやんなよ」
「いや、なんか応援したくなって……」
「労るならオレにしてほしいっつーの。お嬢のフォローどころか、BBやらパッションリップやらのもされるんだぜ?いやあほんと大へ……あいででで!!」

何だか苛立ったのでアーチャーの頬を引っ張った。

「何すんだよ、お嬢!」
「いや……事実だしアーチャーにはすごく感謝してるけど、言い方ってもんがあるかと」
「えぇ……横暴なのはBBだけにしてほしいもんだぜ、ったく」

確かに先程の湊は理不尽だったが、アーチャーの言い方が悪いのも本当だと思う。ただしこちらも悪かったので、多少不満げではあるが湊は素直にごめんと謝った。アーチャーはそれ以上言及せずに肩をすくめる。

再び新手のサーヴァントとマスターを見れば、キャスターは分かりにくいが穏やかに微笑んでいた。向けられているこちらは少しむず痒い。

「仲が良いのね」

仲が良い。自分とアーチャーが?湊は嫌そうに否定もしないが、照れるほど肯定もできない。仲が良い、のだろうか。よく分からない。
ちらりとアーチャーを見る。しばし見つめ合った後、アーチャーが頬をかいて言う。

「ま、悪くはないんじゃないですか。お嬢はお嬢でオレとしちゃ付き合いやすいしな」

そうだったのか。確かに楽しいと言ってくれたのは記憶している。だが、ひどい指揮をしてヒステリックに叫んでボロボロになってもいてくれて、正直面倒で疲れたろうに。もう一度そんな風に答えてくれるとは思わず、湊は驚いた。唇をほころばせ、すぐにその言葉を受け取る。

「……アーチャーが言ってくれるなら、そうかもね」

二人の回答にキャスターは再び口元を緩め、カドックへ言った。

「カドック、私たちも頑張りましょう」
「当たり前だろ。さっさと勝つぞ」

キャスターとカドックの間で少しすれ違いがあるように見受けられるが、指摘したところで直る気がしないし、面倒なことになる気がする。湊は黙っておくことにした。沈黙は金。

「こんなところで負けるわけにはいかない」

フラグ立てるなフラグを。湊としてはありがたいが、親近感すら湧いてきたのでハラハラしてしまう。
凛と違ってカドックはあまり運が良さそうに見えない。人のことを全く言えないが。湊は不敵に笑い、カドックたちへ宣言した。

「始めるよ、花札勝負!」



「やった!勝った!!」

結果としては、湊たちの大勝だった。月見で一杯、雨四光、猪鹿蝶と点数の高い札ばかり揃っていたのである。相手キャスターの技でいい役を奪われたりもしたがそれでも勝ててしまった。
消えかけのカドックは悔しいような呆れているような、そうでもないような表情で息を吐く。

「……ここでは勝てなかったかもしれないが、元の場所では勝ってやるさ」
「そうね。勝って、証明するって言ったものね」
「ああ」

頷くカドックの瞳は死んでなどいない。ギラギラと野望に満ちた人間の目だった。どんな聖杯戦争をしているかなど湊の知る由もないが、彼ら二人に勝ってほしい、と切に思った。ただそんなことを口にできるほど湊は彼と親密なわけではない。何も知らぬ相手からの「頑張れ」ほど鬱陶しいものはないと知っている。かと言って親密でないからこそ別れを告げることもできず、

「仲良いね」

そう言うだけに留めた。カドックは訝しげにしていたが、キャスターは緩やかに目を細める。そして、そのまま消えていった。

二人がどんな行く末を辿るのか気になる。しかし、所詮ここで出会った夢の住人である。

「アーチャー、行こう」
「あいよ」

二人が立っていた空間を少し見つめた後、湊は歩き出した。



嫌な、臭いがする。あのとき知ってしまった臭い。錆びた鉄のような、ぬるりとした臭い。すでに乾いていても湿った臭いは拭えない。そう、血の、臭いだ。

「さっきやられたばかりってわけでもなさそうだが、ひでえ臭いだな」
「そう、だね」

先程まで緩やかな空気だったというのに一変して状況が変わった。エネミーが急に現れたのか。それとも、唐突に本来の聖杯戦争が始まったのか。

それよりももっと何か別の不安が湊の心臓を締め付けていた。頭に警報が鳴っている。これ以上近付くな。早く戻れ。そのせいで頭も痛ければ息も苦しい。
一歩一歩進むたびに頭痛がひどくなっていく。拳を握って唾を飲み、震えそうになる脚を無理矢理動かす。
そして、臭いの元へ辿り着いた。

「あー、追いつかれちゃった」

山門の前にいた青年は気だるげに言う。湊を見た瞬間笑みを薄く浮かべた。爽やかそうな青年だ。……服がところどころ赤黒く血で汚れていなければ。

「少し時間をかけすぎたかもしれませんねぇ、リュウノスケ」
「でもさ旦那、イイ感じの子と会えないし作品にできないしで、やる気出なくてさー」
「それはそうですが……」

青年は湊たちを気にせずローブを着た長身痩躯の男と話している。

明るく染めたであろう髪。紫のジャケット。白いトップス。瞳の中に潜む暗い感情。幼い頃の記憶が鮮やかに浮かぶ。
――――友達と遊んで帰ったら家の中は血の海で。父や母や姉だったものはあたりに転がっていて。湊を瞳に映した青年はひどく楽しげに笑って。そうして逃げ出した湊を追いかけて。怖くて怖くて怖くてたまらなかった。恐怖が服を着て追いかけてきているようだった。

そうだ。あれは。あの格好は。あの背丈は。あの顔は。自分の家族を殺した人と、そっくりだ。

息を呑む湊の様子があからさまにおかしいからか、アーチャーに声をかけられた。

「お嬢、知り合いか?」
「……分からない。違う人、かも」

そうであってほしいと願う。けれど別人だと言い切るにはどうしても似通いすぎている。

「ん?どうしたの?具合でも悪い?」
「……おたくら、何人殺してきたんだよ。一人や二人の血の臭いじゃねえぞ」

湊に変わってアーチャーが言う。質問に質問を返されたことを特に気にせず、龍之介と呼ばれた青年は首を傾げてサーヴァントへ尋ねた。

「何人だっけ、旦那?」
「そうですねぇ、こちらに来るまで……十人程度でしょうか?子供がおりましたね」
「そうそう、あんなに材料調達したのに突然移動されて無駄になっちまったよなー。誰かに会って花札して勝ったらすぐ消えちまうし。解体して芸術にしようとか全然できねーの」

凄惨な内容を何てことないように二人は喋っている。

「最後にやべえ奴らに会っちまったな」
「うん……」
「……お嬢、さっきから大丈夫かよ。血、苦手なのか?」
「そういうわけじゃ、ないんだけど……」

聖杯戦争に参加してるのに、危ない存在に付け狙われていたのに、とでも付け加えたいのだろう。アーチャーの言うことは最もだ。
未だに苦手なのだ。少しくらいならまだしも大量の血はダメだ。どうしてもあの光景を思い出すから。血溜まりの中にいる恐ろしいものを、周りにいる肉の塊を、思い起こしてしまうから。
それに、青年があまりにも色褪せぬ記憶と同じものだから。大丈夫だと音にできなかった。いつもなら大丈夫だと強がれるのに。自分に嘘をつくのは得意なのに。体が強ばって、息が苦しくて。白野にぼろぼろにされたからだろうか。隣に名前のない青年がいるからだろうか。

俯く湊を龍之介は下から覗き込むように見る。そして今までは生気に欠けた瞳に少しだけ妖しい光が灯った。

「んー、君が小さかったらオレの芸術の一部になってほしかったなあ」
「ふむ。清楚かつ可憐なジャンヌには程遠すぎますが……リュウノスケはああいうのも好みなのですね。それでしたら、温泉に入って願えば良いのでは?」
「それいいかも!小さい頃のあの子が現れるようにってことだよな、旦那!もし何なら他の子の子供時代とかも現れてくれるようにした方がいいかな!?」
「それは素敵ですねぇ」

何を、言っているのか。どくんと湊の心臓が大きく脈打つ。
理解してはいけないものに出会ってしまったような感覚。人ならざるものならば何度も味わってきた。だが、目の前の存在は明らかに人間で、それでも倫理観や価値観は壊れている。共通認識が違うだけでこんなに肌が粟立つことがあるのだろうか。
何を言えばいいかすら混乱し、息が上がって眩暈すら感じてきたときだった。

「んなことさせるわけねえだろ」

低く怒りが凝縮された声が耳を抜ける。はっと顔をあげるよりも前に手を握られた。

「おら、ちゃんとしろ、マスター」

マスター。はっきりとそう呼んでくれた。ちょっと冷たいけれど、確かに感じる大きな手のぬくもりが嬉しくて。恐怖を吸い取ってくれている気がした。湊の胸がじんわり温まってゆく。

「……うん」

誰かが隣にいる安心感のおかげか、龍之介が先ほどよりもおぞましいものには見えない。ちゃんと過去の恐怖と立ち向かえる。手を握り返し、湊は青年を見据えて叫ぶ。

「ここまで来たら絶対勝つ!」
「そうこなくちゃな」
「よぉっし、テンション上がってきた!頑張ろうぜ、旦那!」
「ええ、もちろんですとも」



ちゃぷん。熱い湯が体を包む。疲労困憊の身が癒されるのを感じる。空には爽やかな青が続き、色深く染まった紅葉が温泉に落ちて流れていく。

「……なんで混浴なの、ここ」

そんな和やかな空間に、不機嫌な声が反響した。湊である。バスタオルで体を隠し、露出せざるをえない肩を手で覆っている。

湊とアーチャーは何とか龍之介と(おそらく)キャスター組に勝った。龍之介の運が良く負けそうだったが、巻き返したときに相手の必殺技が発動せずにぎりぎり押し勝った。しかも彼ら以外に後から誰かがくることもなく、一番乗りで温泉に入ることができたのである。ただし、湊にとって意味が不明なことに、願いが叶う温泉は混浴だった。

「だーからオレはいいっつったのに」
「アーチャーが頑張ってくれたから入らないでって言うのは変でしょ」
「そうっすか」

アーチャーは腰にタオルを巻き、湊の隣で湯を楽しんでいる。

当然湊は男性の裸をろくに見たことがない。それに加え、マントの軽装では分かりにくかったアーチャーの肉体は戦う弓兵に相応しい体をしており、湊は余計に直視ができなかった。腰は細いのに筋肉はちゃんと厚みがある。水……というか湯も滴るいい男である。心臓が跳ねまくってうるさい。

口元を結んで目を逸らし黙っていると、アーチャーがにやりと笑って言う。

「もしかしてお嬢ってば照れてんですか?ほんと初心だなあ」
「うっさい」

少し腕を伸ばし、細いが筋肉はしっかりついた逞しい脚を叩く。叩くと言ってもアーチャーは労わるべきなので軽く触れただけだ。それを分かっているのか、アーチャーは目をつむる。

「へえへえ。で、結局何にしたんすか、願い事」
「内緒」

顔を火照らせたまま、湊は人差し指を唇まで持ってくる。お嬢が最初に入れよと言うので、アーチャーの言葉に甘えて願い事を心に浮かべながら温泉へ入ったのだ。だが、それをアーチャーに言うつもりはない。アーチャーも言及する気はないらしく相槌を打っただけだった。

ちゃぷん。温泉に肩まで入り込む。普通の湯より少し高めの温泉が、湊の意地を少しずつ落としていく気がする。

「……あのさ、名前のないひと」
「あ?」

名前のない青年の瞳に湊が映る。美しい目をようやく見た。

「ありがと」

まだ頬に照れは残っている。すぐに湊は視線を逸らしてしまったが、何となく青年の目元が優しくなったような気がする。それがさらに湊の胸を不思議にさせる。

「気にすんなよ。ああいう手合いが怖いなんつーのはおかしくも何ともねえんだし」

手を繋いでくれたことだけでは、ないのだけど。そう思っているなら訂正する必要もない。もっと別の感情はいつか言えればいいから。その感情を名前のないひとに伝える勇気をください。湊はそう願った。叶うかは分からないけれど、温泉よりも熱い思いは胸の内に秘めているから。

「ありがと」

春のあたたかな日差しのように、もう一度湊は笑った。



二部一章やzeroを読み直したわけではないので、四人のキャラが多少おかしいのには目をつむっていただけると嬉しいです……。カドックとアナスタシアは藤丸立香(男)とマシュ、カウレスとバーサーカーと迷いましたが、藤丸だと白野とダブる、カウレスは原作を貸していることもありキャラがいまいちつかめない、この二点でやめました。あとカドックだとヒロインに似通う点がいくつかあるので……。
龍之介の扱いに心良く思わない方がいるかもしれません。注意書きをするか迷いましたがやめました、不快に思われたら申し訳ありません。キャラクターとしては私も好きです。お近づきにはなりたくありませんが。
名前のないおとぎ話で家族を殺した犯人を「通りすがりの殺人鬼」と表記したのは龍之介を想定していたからです。
ギャグを書きたくて書いたはずなのですが、やはり私はギャグが書けないようです。でもずっと花札温泉ネタがやりたかったので楽しかったです。