×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

ぶっとべ!超時空トラぶる花札大戦・前編

※「トラぶる花札道中記」ネタなので、分からない人も多いかもしれません。時間軸は「名前のないおとぎ話」10話後という設定です。



目が覚めたら、湊は見知らぬ場所にいた。戦争などとは無縁そうな、平和で退屈な日本の街並み。空気は冷たいが風は穏やかで、日はあたたかく感じる。いい日だ。
……ただ、周囲を歩いている人間が生気のない目をしていなければ。中にある魂も曖昧で、本当に人なのかすら疑いたくなる。
岸波白野とセイバーに敗れ、アーチャーの治療をして。その後一休みしようと眠って。そうしたらこれだ。

「どこ、ここ」

そんな状況下では湊の口から戸惑いの言葉が出てくるのも当然のことだ。

「BBの仕業、っつうわけじゃなさそうだな」

ある程度回復したらしい、いや、むしろ全回復していそうなアーチャーも困惑の表情を浮かべている。

そうだ。BBの甘ったるい声も聞こえない。初めて会った頃ならまだしも、今は余裕がないようだし、犯人がBBであると断言できなかった。ならば一体誰が、何が、何のために。何も分からない。

「とりあえず情報収集がてら歩いてみます?エネミーとかもいなそうだしな」
「そうだね。アーチャー、歩ける?なんか回復してるっぽいけど」
「そうなんすよね。なーんか知らねえうちにぴんぴんしてますわ。ま、ありがたいですけど」
「ふうん……?何だろ。怪我したままよりは安心だけど。治ったなら良かった。ひとまず探索しよっか」

不思議に思う二人は歩き出した。


しばらく歩き回ったものの、エネミーが現れることも危険そうなものがあることもなかった。サーヴァントと魔術師のような気配もなく、人間が虚ろな存在であること以外に不審点はない。

「なーんも手がかりないっすねえ。どこにでもありそうな地方都市っつー感じで。気ぃ抜いちまいそうになるな」

「うーん、範囲広げてアーチャーに調べてもらいたいけど……やめておいた方がいいかな」
「だな。情報収集も大事ですけど、オレはともかく今お嬢一人は避けておくべきでしょ」

だよねえ。湊はため息をつき、掲示板にもたれかかる。見知らぬ場所にトリップとか、どこのラノベなのだ。実際やられると不安になって浮かれてなどいられない。

何気なく視線を掲示板に移す。イベントのお知らせ、交通安全ポスター、商店街のチラシ……。平和そうなものが掲載されている。こういうの、昔はよく見たな。湊はもう戻れぬ地のことを思い返した。

「おい、お嬢。これ見てみ」
「何?」

ぼんやりしていると、同じように掲示板を見ていたアーチャーがあるポスターを指差した。そのポスターにはよく撮れた温泉の写真とともに明朝体でこう書かれている。『何でも願いが叶う温泉、ご存知ですか?ここ冬木市最古にして極上のホットスポット――――ただし、願いが叶うのは先着一組様のみ。覚悟してお越し下さい』。

「願いが叶う……聖杯?」
「胡散臭いけどな。真偽はともかく、この温泉目指すのはどうです?」
「分かった」

目標は決まった。ただ、先着一組のみという文言が引っかかる。他の参加者、つまりマスターとサーヴァントがいるかもしれない。緩みそうになった気を引き締め、山にあるという温泉へ向かった。



「――――お嬢」

住宅街で軽く言葉を交わして歩いていると、突然アーチャーの纏う空気が変わった。アーチャーは武器を手に取り身構えている。どうしたの、と尋ねる前に湊も気付く。――――サーヴァントの気配だ。
退くべきか否か。だがこちらも察知したということは向こうも同じこと。湊も懐にある札を手に取った。

坂の上には、少女とサーヴァントが立っていた。少女の姿を認識した途端、湊は目を丸くさせた。整った顔は勝気そうで、高く結った黒髪ツインテールは可愛らしい。まさに月の聖杯戦争で優勝候補と言われる遠坂凛そのものだった。

「……遠坂……?」

戸惑う湊はアーチャーへ目を配る。アーチャーも顔に困惑の色を浮かべていた。
しかし、凛の隣には赤い外套を身に纏った褐色の青年が弓を手にしている。湊の隣にいる緑衣の青年と同じくアーチャーなのだろうか。だが、月で凛が契約していたのは青いランサーだと噂で聞いたことがある。

「……アーチャー、聖杯戦争って、本来なら七騎のはずよね?でも見たことのないサーヴァントとマスターだわ。しかもあっちもアーチャーみたいだし」
「そのはずだが……何やらここはいつもの冬木市と違うようだからな。こういうこともあるのかもしれん」

小さく呟いた名前は相手に聞こえなかったようだ。あちらも多少の戸惑いが見える。

お嬢、動くか?アーチャーが目で伝える。湊は頷く。先手必勝、卑怯上等である。サーヴァントがいるなら戦いは避けられない。アーチャーが素早く移動して毒矢を構え、マスターである凛を撃とうと狙いを定めた。赤いアーチャーが身を挺して凛を庇おうと移動する。それに構わずアーチャーはそのまま発射した。

「あ?」

――――が、射られた矢は花札に変わって道路に落ちた。

沈黙。

「……花札か?」
「何で花札……?」

ますます混乱する湊たちへ、凛が呆れたように顔をしかめた。

「貴方たち、来たばかり?ここ、何でか知らないけど、戦闘できない代わりに勝負が花札になるのよね」
「……何、それ?意味不明すぎる」

戦闘よりマシだが、花札で勝負する理由も分からない。というか何故花札をチョイスした。誰が決めたんだそんなルール。湊は何だか頭が痛くなってきた。

「まあ、私たちも先ほど見知らぬセイバーたちと戦って知ったばかりだが……」
「アーチャー!余計なこと言わないの!」

凛の怒気がこもった言葉に赤いアーチャーが肩をすくめる。どうやらやはり他にもマスターとサーヴァントがいるらしい。先ほどの凛の言葉から、クラスやらは関係がないようだ。

湊とアーチャーの視線に気づいた凛がこちらを向き、咳をして向き直る。その様ですら可愛らしい。やっぱり遠坂って美少女だなあ。湊は冷めた目をしながら思う。

「と、とにかく。貴方たちも温泉を目指しているんでしょ?なら花札勝負よ!」
「だ、そうだが。どうします、お嬢?」

塀に立っていたアーチャーが湊の元へ戻った。緑の瞳は湊の答えるまでもなく分かっているようだ。

「やるに決まってるでしょ」
「ですよねえ」

やれやれと武器を下ろし、アーチャーが湊へ顔を近づける。そういう状況下でないことは承知しているが、何だかどきどきする。アーチャーの顔はともかく、声は湊のタイプにドストライクなのである。とはいえ、月の裏側でもそれなりに近かろうと意識することはなかったのに。それに気付かぬふりをして湊は胸元を軽く抑えた。

「ところで、お嬢は花札強いんです?」
「ルールは分かるけど、基本的に運良くはないから微妙。アーチャーは?」
「そこそこいい方だとは思ってますけどねえ。カードゲームは好きなんで」
「あー、好きそう。ってことで、頼りにしてるよ、アーチャー」
「どういう意味だよ、それは。……ま、あんま期待はしないでくださいよ」

改めて凛と赤いアーチャーへ向き直る。腕を組んで待っていた凛が声をかけた。

「準備はいい?」
「いいけど……ところで肝心の花札は?あるの?」

使用するはずの花札はない。というか、花札をするならテーブルが欲しい。まさかいちいち矢を撃ったり魔術を使ったりして花札を出すとか、直に道路に座ってやるとかそんな面倒なことはないだろう。

「あるわよ」

凛はあっけらかんと言う。持ってるの?そう尋ねようとしたところで、凛たちの隣にテーブルと椅子が現れた。凛がその上にあったらしい花札を手に取る。

「ほら」
「マスターとサーヴァント同士が出会って勝負ということになると、現れるらしい。原理は我々にも分からんが」

どういうシステムなんだマジで。ここの聖杯はどんなトンチキ聖杯になってるわけ?湊はBBの謎番組に似たものを感じていた。アーチャーも同じことを考えているのか、苦虫を噛み潰したような表情をしている。とりあえず席に向かうしかないようだ。

「行くわよ、アーチャー!」
「任せたまえ」

湊とアーチャーが席に座ったところで凛が拳を握り、赤いアーチャーがニヒルに笑う。こちらと向こうでは温度差があるようだ。湊はあまり事態を飲み込んでいないので、というか飲み込みたくないのだが、少し引き気味になってしまう。
湊はちらりとアーチャーを見る。アーチャーは少し楽しげだ。よほど好きなのだろうか。

そこで湊はそういえば、と思い返す。月の裏側でこの緑衣のアーチャーと組んでから負け続けである。負けっぱなしで何も感じないわけがない。たとえ殺し合いから花札にランクダウンしまくっても勝ちたいものは勝ちたい。そう思ったら俄然やる気が出てきた。

「アーチャー。私たちなんか負けてばっかだし、花札くらい勝とう!」
「そうっすね。帰るためにも頑張りますか」
「準備はいい?まず親と子を決めましょ」

凛が拳を湊へ向けて出した。湊も握った手を出し、口にする。

「「最初はグー、ジャンケン、ポン!」」

湊、グー。凛、パー。もはやお可愛い顔を殴る勢いで出したらさっそく負けた。

「ごめん……」
「気にすんなって。おら、配られたぞ、……って、何だこりゃ」

アーチャーの声に顔を上げれば、目の前に唐突に半透明のモニターが出現していた。MPやら宝具やらの項目がある。

「これ、普通の花札とは少し違うのよ。役を揃えばMPが溜まって、そのうち宝具や魔術にあたる技が使えるみたい。使用条件や効果は下に書いてあるでしょ?」
「ほ、本当だ……」

アーチャーの宝具や湊が使う魔術の下に消費MPや効果が書いてある。まるでRPGかシュミレーションゲーム、あるいはノベルゲームによくあるミニゲームだ。
湊とアーチャーが技の効果を確認していると、赤いアーチャーは何か言いたげな視線を凛へ向けた。

「凛、随分と親切だな」
「さすがに何も知らない相手にやるのはフェアじゃないわ。それに、そんな相手に勝っても気持ち良くないもの」
「それが仇とならないことを祈るよ」

赤いアーチャーがやれやれと目を瞑った。青年に皮肉られる少女の図に、湊は既視感を覚える。凛の方が怒りの沸点が高いのかそれ以上会話が続いていないが、湊とアーチャーに似通っているような気がする。特にアーチャー同士が。
湊は横目で右目を隠した自分のサーヴァントを見てぽつりとこぼす。

「……あっちのアーチャーもなんか一言多そうなところ、アーチャーに似てるね」
「は?あれと一緒にすんのはやめてもらえますかね、お嬢。おそらくあれはナルシスト、オレはニヒリスト。分かります?」

湊の言葉にアーチャーが心底嫌そうな顔をしている。あっちはナルシストなのか。そう言われるとそんな気もするが。
っていうか、自分が皮肉屋なのは自覚あったんだ。湊としてはむしろそちらに驚く。

「同感だな。そちらの男よりかは紳士的であると思うがね、お嬢さん」
「はァ?よく言うぜ。……つーか、そのムカつく面、なーんかおたくとはどっかで会ったことがないようなあるような気がするぜ」
「ほう。私には覚えがないが、まあ、そういうこともあったのかもしれんな」

アーチャーたちの間に一瞬熱い火花が散る。そのまま鋭い視線を互いに注ぐ。花札を始める前より空気は重くなり、湊の体が強ばっていく。どうやら相性が良くないらしい。
余計なこと言っちゃった。元凶である湊は二人を見比べることしかできない。

「ちょっとアーチャー、口喧嘩に白熱するのは後にして」

睨み合う二人に凛が言う。湊はほっと胸を撫で下ろした。だが、すぐに息を吸って凛へ向き直る。特別ルールの花札について教えてくれたことも険悪な空気を戻してくれたこともありがたいが、勝ちは譲れない。

「……教えてくれたのには感謝するけど、花札勝負は別だからね」
「いいわよ。私が勝手にやったことだもの。さ、続けましょ」

凛の言葉と同時にテーブルに置かれた花札の山がひとりでに動き、両チームへ配っていく。湊が配られた札を見る。芒に月、萩に猪がある。悪くはない。向かい側の凛と赤いアーチャーの表情は読めない。湊がポーカーフェイスなどできるわけもないし、アーチャーに任せたいところだ。

そして、花札が始まった。



『勝者、SPY×SERVANT』
「勝った……!やった、アーチャー!!」
「うおっと」

進行役の無機質な音声が告げる。途端に湊の顔がぱぁっと輝いた。喜びを隠しきれず、役を揃えて決めたアーチャーへ抱きつく。何だそのチーム名みたいなの、というツッコミも今は出ない。

ぎりぎりだった。そろそろ札もつき、もう1回戦かといったところで赤単である。引いてくれたアーチャーの幸運ステータスは確かB。幸運Bとは十分豪運なのかもしれない。
たかが花札とはいえ、別存在でもあの遠坂凛に勝てたことがさらに湊の喜びを大きくさせていた。
対して凛は大きな目を見開き、肩を落とし、わなわなと体を震わせている。

「負けた……せっかくlackあげようと思ってたのに……!」
「やはり彼女らに説明しない方が良かったのではないかね?」
「説明してもしなくても大して変わらないわよ!どうせ謎の機械音声が喋るんだから!」

教えてくれたんかい。心の中で突っ込む。それでもわざわざ律儀に説明してくれたあたり、凛の人間性が見える。

「お嬢、オレに抱きつくほど嬉しいのは分かったんで、もう少し腕の力緩めてくれます?」

二人の会話を眺めていると、アーチャーが言う。抱きついたことを完全に忘れていた。頬を朱に染め、慌てて離れた。

「ご、ごめん、嬉しくて……痛かった?」
「まあそれなりに。……冗談だっつの、んな顔すんな」

にかっと笑う。そんないたずらな笑みにもどきりとする。湊は眉を吊り上げながらもそれ以上は目で訴えるだけに留めた。

「ちょっと、人が消えかかってるときにいちゃつかないでくれる?」
「なっ、ちが……、って、消えてる?」

いつの間にか凛たちの体が薄く透けている。まさに月の聖杯戦争で負かした相手を、負けた自分を思い出す。体が「溶ける」感覚だった。こんな風に綺麗に消えて行かなかった。人が死ぬ光景を見るのは、何度見ても慣れるものではない。早くなってきた心臓を元に戻すために軽く息を吸う。
凛と赤いアーチャーは自分の体が霞のようになっても特に慌てた様子もない。

「負けたら消える仕組みのようだ。私たちのいた場所ではないようだし、元の世界に戻る……と言った方が正しいのかもしれんな。断言はできんが」
「なるほどな」
「それじゃあね、緑のアーチャーのマスター」

凛が気の良い笑顔をしたまま手を振る。赤いアーチャーも特に別れを惜しむようなこともなく、そのまま見えなくなった。

湊は凛と月で話したことがない。遠目に姿を見かけたくらいだ。月の裏側に至っては姿すら見かけていない。別存在らしい彼女とは一時間にも満たない会話だったが、遠坂凛という少女の人となりが見えた気がした。
突然凛たちが消えた空間を見つめるのをやめ、しんみりとした空気を断ち切るようにアーチャーへ声をかけた。

「あのさ、アーチャー」
「何すか?」
「思ったんだけど、もしかして負けたら戻れるんじゃない?」
「それ言っちまいますか」

湊の言葉にアーチャーが若干口元を引きつらせる。

確証はないとはいえ、負けたら元に戻れるのではないか。それなら戻れた方がいいに決まっている。平和そうな空間に身を置いても、長く居れば居ただけ戻ったときに虚しく苦しいだけだ。目を伏せて道路を見つめる。

そんな湊を映す青年の右目は何を思っているか分からない。

「……ま、負けるまでは花札しててもいいんじゃないっすか?願いが叶おうが叶うまいが温泉なら入ってもいいっしょ」

それもすぐに元の飄々とした顔に戻って体を伸ばす。少し沈んだ湊の顔も和らぎ、目を細めた。

「……それもそっか。じゃあせっかくだし頑張ろ、アーチャー!」
「はいはい」

ほんの少しだけ。夢の中でさらに夢を見るような、そんな感覚だけど。覚めた後がどれほど悲しくて切なくなったとしても。ほんの少しだけ、もう少しだけ。生きることができるなら。この優しい名前の無い青年と組むのを続けることができるなら。悲しみも切なさも受け入れられるような気がした。



どこに置くか迷うシリーズですが……後編に続きます。本来は対二組分のシナリオなのですが、もう二組出ます。もう一組迷っていますし、なんか長くなりそうなのでやっぱり一組になるかもしれませんが。
チーム名は「SPY×FAMILY」から来ています。迷いまくって未だに違和感があるので、知らないうちに変わっているかもしれません。
PChollowを持っていないので最初のとEXはやったことがないのですが、vita版に入っていた「とびたて! 超時空トラぶる花札大作戦」は結構やり込んだ記憶があります。今回もそんな感じでいろんな時空から来ています。
凛たちと戦ったセイバーはあんまり考えていません。ジークさんとかなら中の人が一緒なので面白いかもしれないですね。